09
アリアの母エリザベス様のこと。
そして、事態が思わぬ方向に動きだします。
その夜、帰ってきた公爵家のお祖父様とお祖母様に抱きしめられ泣かれてしまった。伯父様と伯母様にも優しく抱きしめられた。
伯母様はお母様と幼馴染みだったのですって。
私はそんなお母様の事も公爵家のことも何も知らなかった。
そんな私に、
「これからゆっくりお話していきましょう。エリザベス様のことも色々話したい想い出が沢山あるのよ」
そう優しく伯母様は微笑んだ。
夕食を囲んだ後、お祖父様と伯父様がお父様達の様子を教えてくれた。
本日取り調べの間中、お父様と義母は嵌められたと散々悪態をついて喚いていたようだ。エリナは、全く状況を理解せず、取り調べのため城に連れて行かれたのを何を勘違いしたのか、愛妾として城に入ったと思ったらしく大層不遜な態度だったと呆れながら伯父様が話していた。
…私もそんなエリナの様子には本当に驚いた。
「きっとあの子は、歪んだ伯爵家の世界を全てだと思っているんだろう。誰もが自分を愛して当然だと疑ってもいないようだ。」
「…伯爵家はどうなりますか?」
私が聞くと、伯父様は、
「…まだ初日の取り調べで、裁判はこれからだからはっきりとは言えない。ただ、これまでの不正の証拠、君への不当な扱いの証拠はあふれるほど出てきている。また、昨日の王太子殿下への侮辱と王家への反逆行為は誰の目にも明らかで証人に困らないほどいるし、夫人の身に付けていた髪飾りも王家の至宝に間違いないと認定された。
まぁ。有罪になるのは間違いない。
伯爵家は取り潰しになるだろう。身分剥奪ですむか、それ以上かはこれからの彼等の言動にもよるが、更に罪を重ねそうだ」
そう伯父様が話すと、それまで黙っていたお祖父様が、私の頭を撫でながら、
「アリア。彼等の罪は、彼等が自分達でしてきたことだ。お前が何かを思う事はない」
そう優しく語りかけてきた。
「私達はお前が徹底的な被害者であると周知させるように動いている。お前は伯爵家からずっと迫害されていて、伯爵家の事は何も知らなかったのだと。間違いなくそれは真実であるし、妻やお前の伯母のマリーはサロンで話を広めている。今の所お前への同情が大半だ。
妻達はその同情を更に集め、それ以上にアリアの素晴らしさをさりげなく伝えるためのサロン活動をこれからも続けると張り切っている。あれらは、社交界でそれなりの力を持っている。お前をフォローする強い味方になるだろう。
それでも、どうしてもアリア、お前を悪くいう者も出て来るだろう。これからのお前のほんの僅かの失敗も、やっぱりあの伯爵家の娘なのだといって貶め、悪くいう者はいる。」
真剣な目でお祖父様が私をみる。
「アリア、お前はこれまで以上に努力をしていかねばならない。
誰よりも気高く真っ直ぐに進まねばならない。
ただ、覚えておいてほしい。私達公爵家は今までもこれかもアリア、お前の味方だ。」
私はお祖父様の目をしっかりとみつめた。
「はい。お祖父様」
その言葉にお祖父様は目を細めた。
「お前は本当にエリザベスに似ているなぁ。私達は、エリザベスの心を読み間違え、見殺しにしてしまった。」
眉をひそめ苦しそうにお祖父様はいう。
「エリザベスは幼い頃から身体が弱く、私達はそれは大切に育ててきた。大人しくあまり表情豊かな娘ではなかったが、心優く、話せばユーモアに溢れ皆を惹き付けた。そんな私達の自慢の宝物だった。しかし、エリザベスが年頃になってもほとんど社交界にも出さず、きっと寂しい思いをさせていたのだろう。
そんな時、一番仲の良かった侍女、お前の乳母が嫁ぐことになり側を離れ、親友の王妃マリアンナ様がご懐妊され国中が喜びに溢れた。そして我が家でもマリーの妊娠が分かりそれは賑やかに盛り上がっていた。
エリザベスはいつものように静かな顔で祝ってくれていたが、その心は寂しかったのかもしれない。」
お祖父様はその当時を想い出すようにポツリポツリと話しだした。
「そんなある日の散歩中に伯爵とエリザベスは出会ったらしい。初めて浴びせるように愛を囁かれ、エリザベスはすっかり夢中になってしまった。私達は、伯爵家に多額の借金があること、社交界でもいい噂がないこと、何よりその当時から貧乏男爵家の娘と恋人であることを説明したが、エリザベスはまるで駆け落ちするかのように伯爵と婚姻してしまった。」
伯父様もその時のことを思い出したのか複雑な顔をしている。
「私達は勝手なエリザベスに怒りを覚え、またマリーが無事出産し家中が慌ただしかったこともあり、暫くはエリザベスを放っておいたのだ。
まさか、結婚後すぐにあの男が愛人を家にいれたり、エリザベスの名前を使って借金をしたりとやりたい放題だったとは思いもしなかった!
きっと私達の反対を押切り結婚したことで、エリザベスは私達にも誰にも言えなかったのだろう。私達が気付いた時には、エリザベスは出産間近。しかも出産にエリザベスは耐えられないだろうと言われるほど弱っていた。。」
お祖父様の顔が苦しげに歪む。
「お前の乳母が知らせてくれて、私達は初めてエリザベスの状況を知ったのだ。私達は、エリザベスの最後にも立ち会えなかった。エリザベスの最後は、伯爵にすら看取られず1人苦しみながら亡くなったのだと乳母から聞いている。私達は、エリザベスが苦しんでいた時、ローレンの誕生と成長を祝い喜びエリザベスの事など考えもしなかった。エリザベスはきっと私達をも恨み儚んでこの世を去ったのだ。」
お祖父様の言葉を私は黙って聞いていた。
「何とか伯爵家に掛け合い、産まれたばかりのお前をみにいったよ。伯爵家には、驚いたことに1ヶ月違いの赤ん坊がいて、見るからにお前と待遇が違った。私達は、なんとかお前を公爵家に入れようと画策したが、伯爵は絶対にお前を離さなかった。また、画策したことにより伯爵との関係は更に拗れ、お前と会う事はほとんど叶わなくなった。乳母が密かに流す情報だけが、あの閉じられた伯爵家の中を知る全てだった。」
お祖父様の顔が歪む。
「アリア、お前の母を見殺しにし、またお前に長年辛い思いをさせ、本当に申し訳なかった。」
厳格なお祖父様の顔に、長年の苦悩の痕が見えた。
「お祖父様。きっとお母様は恨んでなどおりません。確かに自分の愚かだった部分を嘆くことはあったかもしれません。それでも、きっとお母様は亡くなるその瞬間も、お祖父様達からの愛を思い出し旅立ったはずです。
私も、誰にも愛されないと1人殻にこもっていた愚かな未熟者です。でも、これほどにも愛されていたことは知り、私は今心から満たされているのです。感謝することはあっても、恨むことなど一つもありません」
私はきっぱりと言い切った。
そうか、そう頷くお祖父様の顔は少し穏やかだった。
翌朝、皆で朝食を囲んでいると、執事が慌てて手紙を持って食堂に現れた。
手紙を読んだお祖父様がため息をついた。
「エリナが消えた。小娘だと油断した隙に部屋を抜け出されたらしい…」
私はお祖父様の言葉に呆然とする。
「すぐ城に行く!」
伯父様とローレンが立ち上がる。
慌てて私も立ち上がった。
「私も!どうか私もお城に連れて行って下さい。」
私は、もう守られるだけは嫌だ。
エリナは私が向き合うべき存在なのだ。