05
「…もういいかな?」
そんな声が聞こえてきたのは、エディ様に何度も何度も口づけられ抱き締められていた頃。
ローレン!?えっ?いつからいたの?
声も出ず赤い顔で固まっていると、
「おっ!アリアの貴重な顔だなぁ。固まってる固まってる」
ニヤニヤそんな事をいうローレンの言葉に、更に私の顔は赤くなる。
「見るな。減る!」
そんな私をローレンから隠すようにしながらエディ様がいうと、
ローレンが一瞬むっとした表情をしながら
「減るわけないだろ。それにアリアは、今日から俺の義妹だからな!アリアにお兄様~って呼ばれるし、ご飯もあーんで食べさせっこだってしちゃうし~」
「そっ!そんな呼び方はしませんし、そんな事は致しません!!」
私が叫べばニヤニヤとローレンは笑った。
「さて。ローレン、中の様子は?」
エディ様の言葉に、私ははっと身を固くした。
そうだった。。エディ様の言葉に一瞬忘れてたけど、中は?エリナはどうなったの?
私が人形令嬢から、意地悪な冷酷令嬢へと名をかえたであろう中の様子を思うと気が重い。
こんな悪評高い王妃だなんて、エディ様にご迷惑をかけてしまう!私は唇を噛み締めた。
「ああ。とりあえず、エリナ嬢は王族への無礼な振る舞いで、伯爵夫妻には王家への反逆の疑いで拘束し別々の部屋に閉じ込めている。。それぞれの部屋に見張りを立てているが、喚きまくっているらしい。」
…えっ?
私はローレンの言葉に驚きを隠せなかった。
「とりあえず今は、公爵家が仕切り直してる。アリアには急いで身支度を整えて欲しいんだけど…」
ちらっと私をみるローレン。私はドレスもシワシワ、エディ様に抱き締められ髪も乱れ、メイクも涙で崩れていた。
そこへ、
「アリア様!」
アリーナが走ってきた。そしてエディ様達に一礼すると、私を引っ張るように庭に程近い部屋に連れ込んだ。
そこには、薄紫の素晴らしいドレスとそれに合わせたと思われる宝石をふんだんに使ったアクセサリー達。
「さぁ。アリア様急いでお着替え致しましょう。すぐにお髪とメイクもセットさせていただきます!」
アリーナにいわれるがまま着替えて椅子に座る。
「…アリーナ。このドレス達は何?私はこんなドレスや宝石は持っていないと思うのだけど。。」
ようやく声をだすと、私の髪を整えながらアリーナが笑った。
「このドレスは公爵様達からの贈り物です。念のためにと準備しておりました。」
まさか本当に使うとは思っていませんでしたけど…とぶつぶつ呟くアリーナの声を私は不思議な気持ちで聞いていた。
「…どうして公爵家が?」
「どうしてって。今日からアリア様は公爵家のご令嬢ですもの!公爵家の旦那様も奥方様も皆様この日を待ちわびておりました。今までもドレスも何もかも公爵家が陰から手配してましたが、これからは堂々と一緒に選べると、それは奥方様達が楽しみにされてましたよ」
「…」
私はアリーナの言葉に息を飲んだ。
どういうこと?公爵家にとって私はただの駒で、ただクワァントの名を名乗り王室に嫁ぐだけの存在で…
アリーナは少し涙ぐみながら言った。
「アリア様。私の母はもともとはアリア様の亡きお母様であられるエリザベス様の公爵家時代の侍女だったのです。しかしながら、エリザベス様が伯爵家に嫁がれる少し前に結婚し私を出産するためにお側を離れました。でも、エリザベス様が妊娠されて乳母を募集されていると知り、母は初めてエリザベス様にお会いするような素振りで伯爵家に入ったのです。公爵家と連絡をとりながら。」
私はその言葉に驚いた。
「伯爵は、エリザベス様が公爵家からお連れになった侍女を少しずつ辞めさせていました。母も離されることを懸念し、必死でエリザベス様と距離を置いたそうです。産まれる子のそばでずっと味方でいてやって欲しいと、それが母に願ったエリザベス様の願いだったそうです。母はその願いのため、孤独を深めるエリザベス様を少し離れて見守るしか出来なかった自分を、死ぬまで悔やんでおりました。」
そういって目を伏せるアリーナの言葉は初めてきく事実だった。
お父様達から睨まれても、常に優しく味方でいてくれた乳母を思い出すと今でも胸が締めつけられる。
あの家で、乳母とアリーナがいてくれなかったら自分は今の自分ではきっといられなかった。その存在は、亡き母が必死に繋いで遺してくれたものだったのだと初めて知った。
「公爵家の皆様もそれはそれはアリア様を気にかけ、取り戻されるために苦心されていました…」
アリーナは続ける。
「この国の法律では、親の存在は絶対で、実の父親の伯爵からアリア様を公爵家に取り戻すことはどうしても出来ませんでした。特に伯爵は、アリア様の価値をよくわかっておられて絶対に手放そうとはしなかった。当然ですよね?エリザベス様への仕打ちで伯爵家は、この国で一番とも言われる公爵家を敵に回したのですから。公爵家はどうしても伯爵家に手を出せなかった。。アリア様がいたからです。アリア様のために公爵家はエリザベス様を冒涜する愛人や伯爵を見逃すしかなかった。」
アリーナは悔しそうに唇をかむ。
「そんな中、エディ様がアリア様を見初め婚約者にと強く願い出られました。最初は伯爵家の娘を王妃には出来ないとされていたのですが、宰相様…つまり公爵家の旦那様が王家に頭を下げたのです。アリア様を公爵家にいれ伯爵家から離すため、エディ様の希望通り王太子の婚約者にアリア様を選んで欲しいと。そのため宰相様がかなりの策を講じ、他の貴族を納得させたことは今では有名な話です。」
にこりとアリーナが笑う。
「伯爵家としても自分の娘が王妃になるのであればかなりの力を持てるとして、16歳で公爵家に渡すことをようやく了承したのです。そして、王妃教育としてあの家から離し、十分な教育と健やかな成長を城で見守れるようになりました。何しろ伯爵は公爵家とアリア様の切り離しに必死で、それまでアリア様の姿は滅多に見ることは出来ませんでしたから。また、登城用との名目で、公爵家からドレスや宝石等の支援も行えるようになりました。そうでなければあのケチな伯爵家はアリア様に何もしませんでしたよ!」
私は、自分が今まで父親から贈られていたと思っていた、質のいいドレスや宝石達が公爵家からのものだったのだと、初めて知る。
「…どうして?どうしてアリーナは今までこれらの話を教えてくれなかったの?」
私は震える声でアリーナに問う。
「母からの厳命でした。伯爵は公爵家がアリア様に行ってる支援や贈り物を全て自分からだとして、アリア様に恩をうりつけていました。将来公爵家に行き王妃になっても、公爵家に心を開かず自分に恩を感じるようにと。その計画が少しでも上手くいかない懸念を伯爵が感じると、アリア様を公爵家にいれることをやめ、王太子様との婚約も取り止めさせる可能性がありました。伯爵は、アリア様がいなくなり公爵家から攻撃されることを何より恐れていましたから。アリア様が伯爵に恩を感じたまま王妃になることが、自分を守る術だとわかっていたのです。だから、アリア様が16歳を迎えられ正式に公爵家令嬢となられるその時まで、アリア様を騙してでも言わないように!それが母の言い付けでした。そして、余計なことをアリア様に伝えたことを伯爵に知られると間違いなく侍女を辞めさせられたでしょう。睨まれながらも侍女でいられたのは、最終的には伯爵家に仇をなさないと判断されていたから。侍女を辞めさせられお側にいられなくなることはどうしても避けたかったのです。アリア様!ずっと騙していて申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるアリーナをそっと抱き締めた。
「謝ることなどありません。アリーナ、ずっと守っていてくれて有難う」
そういうと私の目に涙が潤む。
それをみたアリーナは慌てて私の目に手を置いた。
「アリア様!せっかく直したメイクが崩れてしまいます。エディ様が待っています!」
その言葉に、私は瞬きを細かく繰り返す。
そんな私を優しく見つめてアリーナが言った。
「何度でもいいます。アリア様は私の自慢のお嬢様です。今日は本当にお綺麗です。エディ様がまた惚れ直します!」
その言葉に、私は微かに笑顔をみせた。
ずっと愛が欲しかった。
ずっと愛されていたこと、守られていたことを初めて知った。
見える世界が光で溢れているように感じた。




