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次で完結です。
もう書きあがっているので、最後までお付き合いいただければ幸いです。
私は、歩いていた。
王家にとって大切な儀式の間に向かって。
勿論、私の首に腕を回し、よく切れそうな破片を私の顔にあてているエリナも一緒に。
「くっついていて歩きにくいので、ゆっくり歩いて下さいね、お姉様。破片が顔や首筋に当たって少し傷になってますが、この位の切傷なら数日できっと治りますわ」
エリナが申し訳なさそうに言う。
申し訳なさそうにいう位なら離して欲しいが、そんな矛盾もエリナには通じないのだろう。
あのとき、エリナに破片を突きつけられた私を見て、護衛の1人は走り救援の要請と報告に向かった。
もう1人の護衛は、エリナを睨みながらも、一定の距離を保ちながらついてきている。
…エリナは何を考えているの?
私はわからないままエリナの指示にしたがって、儀式の間にたどり着いた。
するとそこへ、
「アリア!」
護衛達を引き連れてエディ様が現れた。青い顔をしたお祖父様と伯父様も後ろにいる。
「エディ様!来て下さったのね!」
やっと会えたと満面の笑顔でエリナが声をあげた。
次の瞬間悲しそうな顔をして、
「せっかくエディ様が私に会いにきて下さったのに、こんなドレスで申し訳ありません。使用人達に、昨日何度も申し入れたのに聞いてもらえなかったのです。きっと私がお城にきていることもエディ様はご存知なかったのですよね?本当に使えない使用人達!後できちんと処罰致しましょうね。」
ぷりぷりと可愛いらしく怒りながら、まるで場違いなことを言う。
「…エリナ嬢。とりあえずアリアを離してくれないかい?」
エディ様が穏やかにエリナに話しかけた。
「くすくす。だぁめ。お姉様にはもうしばらくこうしていて貰わないと。ねぇ、エディ様。私、エディ様にお願い事があるの!それが叶ったらすぐにお姉様を離すわ」
甘えるような口調でそうエリナはエディ様を見上げる。
「ここは、王家にとって特別な儀式の間なんでしょう?教会で式をあげるのと同じ意味を持つ特別な場所だと聞いたわ。」
ゆっくりエリナはエディ様を見つめる。
「今からここで、私と結婚の誓いをして口付けをして欲しいの。そうしたら、すぐにお姉様を解放するわ!」
エリナの言葉に、エディ様含め皆の顔色が変わる。
「…ダメ!ダメよ。やめて!」
私はエリナから離れようと暴れた。
破片が頬にあたり、真っ赤な血が流れる。
それをみて、はっとエディ様達の顔が歪む。
「もう!お姉様が暴れるから綺麗なお顔に傷がついてよ?ねぇ。エディ様。この破片、どこに刺すのがお好きかしら?綺麗な紫の瞳?それとも、顔の真ん中に深々と刺すのがいいかしら?」
そんな事をいうエリナに、エディ様の顔に隠しきれない焦りが表れる。
でも、ダメなのだ。
エリナのいう通りにすることはエリナを妻に迎えるということ。
この国では、正式な教会で、お互いに結婚の宣誓をして誓いの口付けをかわすことで夫婦となる。
神の前で口付け、自らの口で語った誓いは生涯をかけて守るべきことだとされている。
そのため、一度婚姻を結ぶと離縁するのが難しいのがこの国だ。
そして、ここは、王家にとって特別な場所。
代々の王はこの場所で、よき王になることを誓い、妻を娶る。
その誓いは、どの貴族よりも強く重い。
そんな重荷を背負う王を、生涯をかけて支える事をまた妻となる王妃も誓う。そんな神聖な場所なのだ。
ここでエディ様に結婚の誓いをさせるなんて絶対にダメ!
絶対に嫌だ!
考えろ。考えろ。私は必死に逃げる策を考えるが、首を圧迫するように腕を回され、息をするのも苦しい。何も思い浮かばない。
「ねぇ、エディ様。私はお姉様のこと好きなの。だから、お姉様は正妃のままでいいと思っていたのよ?毎日正妃になる努力をされていて、私は本当に尊敬しているの。」
そこでエリナは言葉を切った。
「だから、私は愛妾でいいと言ったのに、お城の人達皆が愛妾などありえない。愛妾はダメだというの。」
ちょっと悲しそうにエリナは目を伏せる。
「私は考えたわ。それなら仕方がないわよね?愛妾がだめなら正妃になるしかないじゃない。愛する2人は絶対に離れてはいけないのよ。お父様とお母様のように。」
キラキラとエリナの瞳が輝く。
「お母様がよく言っていたわ。お父様との間にお姉様のお母様が障害として意地悪く立ち塞がったけど、最後には真実の愛が勝ったのですって。だから、私もどうすればいいのか必死で考えたわ。あのね、お姉様より先に結婚してしまえばいいのよ!そうすれば誰も、もう文句はいえないわ。最高のハッピーエンドでしょ?」
うふふとエリナがエディ様を見つめる。
「さぁ。エディ様、私と真実の愛を成就しましょう?こちらにきてくださいな。」
エリナはにっこりとエディ様をみるが、エディ様の足は動かない。
すると、エリナは憎々しげに私に向かって叫ぶ。
「やっぱりお姉様が邪魔をしているのね!私はお姉様のことを信じていたのに、お母様のいう通りだったわ。お姉様のお母様は本当に意地の悪い人だったと聞いているわ。その娘であるお姉様も、真実の愛を阻む、酷い人だったのね!」
そういうと私の首に破片を這わせる。
「ここに破片を突き刺しても面白そうね?そろそろ腕が疲れてきちゃった。早くしないと、思いがけない場所に刺してしまいそう」
そういいながらエリナはエディ様をじっとみつめた。
「…やめてくれ」
そんな弱々しいエディ様の声が聞こえてきた。
そして、エディ様がエリナにむかってゆっくり歩いてくる。
エリナが目を輝かせる。
「やめて!」
必死に声を出す私にエディ様は、(愛してる)声に出さず、そう唇の動きだけで伝えてきた。
「エリナ、君に生涯の愛を誓おう。だから、アリアをこれ以上傷付けないでくれ。」
そんなエディ様の台詞に、お祖父様から焦ったように、
「殿下、いけません!」
そんな声が飛ぶ。
しかし、エリナも誓いを返す。
「エディ様嬉しい!私も永遠の愛を誓いますわ。さぁ。誓いの口付けを」
ゆっくりエディ様が近づいてくる。
エリナは私が少しも動けないよう更にがっちりと首を締めるように腕を絡め、破片を強く押し当ててきた。
私の顔のまさに横で、二人の唇が近づいている。
やめて!
やめてやめて!
そんな、唇が触れるかにみえたその瞬間、一瞬でエディ様がエリナの腕を掴み、躊躇うことなく破片を自分の体に差し込んだ。
それとほぼ同時にエリナの体が吹っ飛んだ。
「…遅いぞ。」
血を流しながらも私を抱きしめ、エディ様がそう声をかけた先には、
「バカ野郎!俺が気配を消してエリナの後ろに辿り着いたことに気付いていただろう!なぜ自分の体を刺した!」
怒り狂うローレンがいた。
ローレンがいつの間にか隠れながら、エリナの後ろにまわり、エリナを後ろから引き倒していた。
「万が一にもアリアに破片が刺さるのが嫌だったんだ。先に俺に刺しておけば万が一もなくなるだろ?心配するな。ちゃんと急所は外してある」
そういってニヤリとエディ様が笑った。
「殿下!」
護衛が走りよってくる。
エリナは何人もの衛兵に取り押さえられていた。
「酷い!騙したのね!」
そうエディ様に叫ぶエリナにむかって、エディ様はいった。
「私と貴様が真実の愛だというが、私が心から愛するのはアリアだけだ。私は心からアリアを愛している。」
「嘘よ!お姉様は誰にも愛されないのよ!あんな表情のない人が愛されるわけないじゃない!今だってエディ様が怪我をしているのに、全く表情を変えないだなんて、お姉様には心がないのね。恐ろしいわ!」
エリナは、叫ぶ。
私は、エディ様の血をみて血の気がひき、全く表情が動かなくなっていた。
そんな私の傷の出来た頬に優しく触れながら、
「アリア。大丈夫だ。それほど傷は深くない」
そういって、エディ様は私の手を握る。
「貴様にはわからないんだな。アリアは確かに表情豊かではない。でも、よくみてみろ。この紫の瞳の奥はとても感情豊かで美しい。今も私を誰よりも心配しているのが、瞳をのぞきこめばよく分かる。」
そうエディ様は私に微笑み、口付ける。
「嘘よ!お姉様は誰にも愛されない!だから私が時々微笑んで憐れんであげるの。お父様もお母様もそんな私をみてなんて優しい子だろうといったわ。私の方がずっとかけがえのない存在なのに、どうしてわからないの!」
叫ぶエリナに静かにローレンがいった。
「いい加減気付いているんだろう。お前の世界はあのちっぽけでみっともない伯爵家だけだったんだよ。世間では、アリアは美しく気高い令嬢だと評判だ。人形令嬢…それは無表情だからとついただけの名前じゃない。この美しい顔と瞳が手の込んだ人形のようだと褒め称えられて名付けられたんだよ。」
その言葉に、呆然としたエリナが
「嘘よ。。じゃあ私はなんなの?私は誰からも愛され、誰よりも幸せになれる存在でしょう?違うの?違わないわよね?お姉様が私より愛されるわけないじゃない。ない。。」
ぶつぶつと呟くエリナは乱暴に衛兵に連れていかれた。
入れ替わるように侍医が駆け込んできて、エディ様の怪我の治療を始める。
そして私の顔にも傷があるのに気付き、慌てて手当てをしてくれる。
私は、エディ様の手を握り返しながら、
「エディ様。エディ様。」
そう名前を呼ぶことしかできなかった。
結局何も出来なかった自分が情けない。
そんな私の頭をローレンがポンポンとする。
「後でがっつりエディを叱っておくよ」
そういいながらエディ様を睨むローレンの後には
「ええ。きっちりとお立場をわからせないといけませんね」
そう怖い顔で立つお祖父様と伯父様がいた。
顔をひきつらせるエディ様をみて、
私はようやく、強ばった表情が緩むのを感じた。
きっとエリナもあの閉じられた伯爵家という鳥篭に囲われ、私とは違う形で、狂わされた1人だったのだろう。
でも、それでも同情はできない。
誰かを傷つける事を当たり前とするその心は、けっして許されることではないのだから。




