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ブクマに心からの感謝を。
お城につくと、ざわざわと慌ただしい気配がした。
「エリナが消えたとは何があった!説明しろ!」
伯父様が声を荒げると、文官と項垂れた衛兵が前に進み出た。
「申し訳ございません。私が目を離してしまったばかりにこのような事態に…」
衛兵はまだ若く、見るからに蒼白だった。
そんな衛兵に代わり、ベテランらしい文官が昨日の様子を説明した。
城に入ったエリナは、まず、着替えが酷いと文句をいってなかなか取り調べが進まなかったらしい。。
「いつもお城に行くお姉様は素敵なドレスを身に付けていたのに、どーして私のドレスはこんなに簡素なものなのよ!私は将来の愛妾よ!エディ様にこんな姿じゃお会い出来ないじゃない!
早くドレスとアクセサリーを持って来なさい!」
それがエリナの言い分だったらしい。
「…ですから、我が国は愛妾を認めるような事はあり得ないのです。アリア様は王妃教育として登城なさっていましたが、貴方は罪人としてここにいるのです。そう何度も立場が全く違うのだとお伝えしたのですが、不思議な者をみるようにこちらをみてくるばかりで、全く話になりませんでした。」
衣装も、一応社交間近の令嬢ということで、きちんと清潔な着替えを準備していたのですが、パーティードレスのようなものをご所望のようで全く噛み合わなかったのです。
そう文官は淡々と語る。
「そんなわけで全く取り調べが進まなかった頃、伯爵夫妻を取り調べてる担当からあまりに伯爵夫妻が暴れる、また、次々に重大な証拠が上がっているから手が足りない!と要請がはいりました。そこで、エリナ嬢より伯爵夫妻だということで、人員を割いて、伯爵夫妻側に回しました。」
弱々しく、その後を衛兵が引き継ぐ。
「令嬢が後回しになったので、取り調べを終え、部屋に戻しました。人員が割かれたので私が見張りとして1人立っておりました。その間も、部屋が狭く汚いだの、食事が美味しくないだの勝手なこと言っておりました。最後には、可愛いナイトウェアを持ってこいだの、その…殿下が夜くるものと信じて疑わず、いつエディ様は来るのかしら?と散々妄想話をいわれるので、頭のおかしな娘なのだろうと思っていたのです。」
衛兵は、ごくんと息を飲んで、
「当然ですが、殿下が会いに来る事などなく、またエリナ嬢の要求は一切通らず、早朝には、エリナ嬢の怒り声とぶつぶつ呟く声が聞こえてきたのです。そして、何かがガシャンと壊れる音と、痛い!と突然叫び声が聞こえたので部屋に入ると、壊れた花瓶と腕から血を流し蹲るエリナ嬢がいたのです。痛い痛いと喚くので、慌てて侍医を呼びに出た一瞬の隙にエリナ嬢は消えてしまったのです。誠に申し訳ございません!」
深々と頭を下げる衛兵に、私は言葉がなかった。
お祖父様と伯父様は話を聞きながらあまりの杜撰さに怒りで震えていたが、
「とりあえず状況はわかった。門番に確認したが、早朝から今までおかしな出入りはなく城の外には出ていないと思われる。城の中にいるはずだ。一つ一つの部屋を念入りに探せ!ローレンは捜索の指揮をとれ!」
そう叫ぶと私を振り返った。
「アリア。エリナは今までは、頭の弱いただの令嬢だと思っていたが、こうなっては彼女が何をしようとしているのかさっぱり予測出来ない。とりあえず、1人にはならないように。」
お祖父様の言葉に私は頷く。
「お祖父様。このままお祖父様達と一緒にいても私は何も出来ません。私はエディ様のお側に行きたいのですが。」
そう言うと、
「…そうだな。そこが一番安全だろう。護衛をつける。気を付けて行きなさい。」
私は2名の護衛に挟まれるように、慣れた城の中を歩く。
歩きながら、エリナの事を考えていた。
私とエリナは仲の良い姉妹ということは決してない。
私は毎日日中はお城にいたし、食事も1人だった。
義母は私を嫌いエリナが私に近づくことを良しとしなかったので、ほとんど接点はなかった。
それでも、あの家で私に笑いかけるのは、乳母とアリーナ、そして、エリナだけだった。
顔を合わせれば、にっこりと笑い、「お姉様」と甘えてきた。
物心ついたときには、家中の愛はエリナにのみ注がれていた。
私は、どうしてもそんなエリナを羨む気持ちを捨てることが出来なかった。屈託なく笑顔を向けてくれるエリナに、そんな気持ちを持つ自分が情けなくて嫌いだった。だから、私の物を勝手に持っていっても強く出れなかったのかもしれない。
私に笑顔を向けてくれるエリナを有難いと思いつつ、エリナが近づいてきて言葉をかわした後には、義母や父から徹底的に比較された。「本当にお前は顔も心も可愛いくない。心優しいエリナを見倣うがいい!」そう散々に悪しく言われるのが辛く、出来るだけ避けるようになっていった。
だから、私はエリナの事をほとんど知らないのだ。
ただ、誰からもその笑顔で愛され、誰よりも心美しく穢れなき存在がエリナなのだと思っていた。
でも、それは違ったのだとようやく気づいた。
あの義母と父が、あの伯爵家のみで許されたそんなエリナ像を作りあげていたのだ。
エリナは、幼い頃から義母にそれこそ溺愛され、外へのお茶会等にもほとんど参加していなかった。
今ならわかる。外の世界と伯爵家はズレすぎていたのだ。
だからこそ、エリナを家に閉じ込め、それこそ蝶よ華よと自分達の思い通りに育てていたのだろう。
そして、義母もあまり社交的な人ではなく、屋敷でエリナとべったりとくっついて過ごしていた。
だから、義母もだんだんと自分達に都合のよい伯爵家のみの真実を、この国全ての真実であると盲信するようになったのだ。
「アリアですら王妃になれるのなら、エリナならそれ以上の愛を得られる。身分がないなら、愛妾として、アリアより愛され最終的に国母としてより高見にいけばいい」そんな、夢みることも許されないような事が、義母達の中ではいつの間にか真実となっていたのだろう。
はぁ。とため息をついた。
そして、通い慣れた道にふと違和感を感じた。
普段は誰も足を踏み入れない、城の奥まった場所にある扉。
そこは、結婚式や戴冠式など特別な時にのみ開かれる特別な儀式の間に続く通路の扉。
普段は閉められているそこの扉が少し開いていることに。
まさか、エリナ?
私は足をとめた。
護衛が、何か?と聞いてくる。
私が奥の扉を指さすと、護衛も扉の隙間に気づき顔をこわばらせた。
「アリア様。近づくのは危険です。
私が様子をみて参りますので、この者とここでお待ち下さい。」
そういって、護衛の1人が側から離れた。
しばらくすると、バサバサッと倒れる音とうわっという声がした。
残された護衛がすかさず、私を庇うように前にたつ。
「ここでお待ちを。」
そういうと私を背中に隠し剣を構え、私から数歩前に進み扉の奥に鋭い視線を放つ。
すると、
「…残念でした。私はここよ。」
そういうと、私の体を抱き締めるように、血がこびりついたドレスを着たエリナが私の後ろに現れた。
私の背中にぴったりとくっつき、何か尖ったものを私の顔にあてる。
「私は、この立像の後ろにずっといたのよ。扉の奥は、人が中に入ると荷物が倒れるようにしてただけ。」
その言葉の通り、扉の中から、中に入っていった護衛がひょっこり出てきて、私達を見て足をとめる。
「チャンスがくるまでいくらでも待つつもりだったのに、こんなに早くチャンスが来るなんて。やっぱり私は愛されてるのね。」
くすくすとエリナが笑った。
「さぁ。近づかないでね?私の手にあるのは、花瓶の割れた破片よ。私に近づいたらお姉様のお顔に突き刺してしまうかもしれないわ。私の力でもお姉様のお顔に一生消えない傷をつける位は出来るでしょうね?」
にっこりと無邪気にエリナは笑った。
「エディ様を呼んで?」
そんなエリナの声が聞こえる。
私は罠にかかった事を悟った。
エリナは、私がエディ様の側にいくため、この通路を通ることを知っていた。
そう、いつか話した事があったもの。
お城の中の事を知りたがるエリナにせがまれ、昔何度か城の事を話したことがある。
エディ様の部屋にいく途中に、特別な儀式の間があることを。
エリナはその時、目を輝せて聞いていたもの。
「特別な儀式の時にのみ開かれる扉!素敵ねお姉様」
そううっとりと言った昔と同じように、エリナがうっとりとした口調で私に語りかけてくる。
「特別な儀式の時にのみ開かれる扉!素敵ねお姉様。私とエディ様のためにあるような場所ね?」
とても可愛い笑顔でエリナが微笑んだ。




