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転校生は美人さん

作者: 円キンク

それは冬の寒い日だった。

寝起きの気だるさと、座席を確保出来なかった運の悪さに、扉の前を陣取ってだらしなく寄り掛かる。

それなりに混んでるラッシュの電車とはいえ、彼の回りには一定の空間が空いている。

着崩した制服と、目立つ髪色が周りの人間の警戒心を煽る。傷だらけで大きめのエナメルのバックを床に置くスペースを確保できるなら、そんな周りの反応も対して気にならない。


「かったるい…」


呟きが聞こえたのか、何人かがこちらの様子を伺ってすぐに視線を反らす。

こう寒くては登校後屋上で二度寝というわけにもいかないだろう。今日は真面目に出席する事に決める。

前の駅を出てから暫く経つのに車内に人の流れが出来る。

混んでるのに迷惑だなと思っていると、対面の扉の前に他校の女生徒が早足に滑り込み、その後に男子生徒がついてくる。

男女の制服が違う事から、男が他校に絡んでいるのだろうと予測する。

絡まれている女生徒が同じ学校なら直ぐに男を追い払っただろうが、他校同士なら暫く様子をみて、目に余るようなら手助けしてやろうと算段する。

車内放送がもうすぐ駅だと告げている。駅に降りて駅員に助けを求めるのもありだ。遅刻の覚悟があるのならば。

電車は減速し、もうすぐ駅に停車する。男のしつこさに女生徒が少し目を潤ませ始めた頃、怒鳴り声が響く。


「いってー! 誰だよ今殴ったの!!」


後頭部を押さえて辺りを見回す男子生徒。

停車した電車が出入り口を開放するが、その声を聞いて外で待っていた人の列が他の入り口へ散っていく。


「誰だって言ってんだよ!!」


間近で叫ばれて萎縮した女生徒の腕を髪の長い女が自分の方に引き寄せる。

そのまま左腕の時計をじっと見て、ぶつぶつと何かを呟いている。

怒りが収まらない男子生徒の叫び声に、少しずつロングヘアの女の声が混ざる。


「6…5…4…」


カウントダウンの声は数が少なくなる程鮮明になる。


「出てこいって言ってんだよ!!」


「3…2…1、私だっ!!」


ゼロのタイミングと同時に男子生徒の尻を蹴り出す。

足裏で押されて、前のめりに転んだと同時に電車の扉が閉まる。振り返ってホームから電車を睨んだ男子生徒。しかし車内の全員が目を反らした状態では誰が犯人かは判らないだろう。

電車はそのままゆっくりと動き出す。

対面の位置に陣取った彼は一部始終を目撃していた。

女生徒が泣き出しそうになると同時に、シートから腰をあげたロングヘアの女は、トートバックの中から取り出した物で男子生徒の頭を背後から盛大に殴りつけたのだ。

イボイボつきの健康サンダルで。

振り抜くと同時にすかさずバックにしまい、後は素知らぬ顔で時計とにらめっこ。

時間に正確な日本の電車だからこそ出来た作戦だろう。


「ぁの、ありがとうござ…」


当然女生徒は自分を救ってくれた女にお礼を言おうとした。

しかし言い終わる前に、女の方から手を握られる。


「ありがとう」


何故、と車内が固まる。


「どうやらこの車両はこれ以上混まなくて済むらしい」


え?と女生徒が戸惑う。


「混むと制服にシワが寄るだろう?」


ああ、と戸惑いが納得に換わる。

自分に気を遣わせないようにそんな風に言ってくれているのだなという思いは、次の台詞で吹き飛ぶ。


「きれいな私は制服もきれいじゃないと釣り合いがとれないだろう」


ポカンとする女生徒。

無表情のままじっと女生徒を見つめるロングヘアの女。

返事はどうしたとその目が語っている。


「確かに混んでると大変ですよね…」


愛想笑いを浮かべながら答えた女生徒に周りは同情する。


更に面倒なのに捕まっちゃったんじゃないの、と。


助けられた弱味からか、曖昧な相槌を打ちながらも話に付き合っていた女生徒は、次の駅に電車が停車するとホームに降りていく。

着ていた制服から学校最寄りの駅じゃない事が伺えて逃走を謀ったのが判るが、降りる前にもう一度お礼をしていく辺り、感謝の気持ちは本物らしい。

自己評価の通り、黒髪で艶々としたストレートヘアの彼女は確かに美人だった。白いセミマットの肌、すらりと通った鼻筋、唇は冬の荒れとは無縁にふっくらとしていて、はっきりとした二重の目は少し切れ長で涼しさを感じさせる。

色っぽさというよりは清廉さを含んだ日本人形のようだ。

一仕事終えた感じを出しながらふーっと息を吐いて、自分の席に座ろうとしたロングヘアの女は、そこに小学生位の男の子が腰かけているのを認めると、じっと見詰めてから年上には席を譲るものだと切々と語り始める。

延々と続く彼女独自の理論に辟易とした男の子は、もういいと席を立ち、去り際に譲ってやるよババアと暴言を吐く。

言われた彼女はショックのあまり呆然と立ち尽くし、脱け殻のよう。

座りにくいと、ラッシュの車内で一席空けたまま電車は走り続ける。

そこに座って彼女と語らおうとする猛者はこの車両にはいない。

彼は面白いと彼女を観察し続ける。

見た目のきれいさとは相反する変人ぶり。しかし根本的なところは全うなだけに、独特な言い回しと発想力が周りを戸惑わせる。

そして彼女の纏っている制服。

前を開けているコートから見えるそれは、彼が一度も見たことがないもので、他学区のものだと判断する。

朝の通学時間にこの電車に乗っているのを不思議に思い、今日は朝から出席すると決めた予定を変更して、少し後をつけてみるかと考える。

ショックを引きずっているのか、ヨロヨロと彼女が降りたのは彼の学校の最寄りの駅で、意外に思いながらも距離を空けて彼女の後ろを歩く。

今はしっかりと前を閉めたコートを着込んで、姿勢正しく歩く彼女を、彼と同じ制服を纏った生徒がちらりと見ながらヒソヒソと噂している。

謀らずも通いなれた道を学校に向かう事になった彼も、この時間に登校は珍しいと噂の半分をさらっていることには気付かない。

結局登校する事になった彼は、戸惑わずに門を潜った彼女を追って昇降口で靴を履きかる。

彼女は、トートバックから電車で見せた健康サンダルを取り出すとそれに履き替えて、ヒールの高いローファーを記名のない空いている靴箱に入れる。


「いてて、…いて…、」


今彼女に多大な痛みを与えているイボイボサンダルを見て思う。


何でそれにしたの?と


生まれたての小鹿のようにふるふると震えながら歩く彼女を気味悪そうに見ている生徒の一人を捕まえて何事かを話すと、向かったのは職員室。

彼にとってあまり居心地の良い場所ではないそこに近付くのは得策ではないと、スルーして向こうの階段を上がろうとそのまま足を進める。


「珍しいな高梨!」


ガラス越しに彼の姿を認めた教師が職員室から出てくる。

名前を呼ばれては仕方ないと足を止めると、ジャージ姿の教師は彼の肩に手をおいて今日は遅刻は無しかと大声で語るものだから、周りの注目に居心地が悪い。


「あまり他の先生に迷惑をかけるんじゃないぞ!」


声をもっと押さえろと内心思いつつ、はあと曖昧に返す。

俺の授業は真面目に出ているから良いけどなと笑う教師は体育教諭で、体を動かすのが嫌いではない高梨は体育の授業だけは率先して顔を出していた。

職員室で女性教諭と話していた彼女は、笑い声が気になったようで、ちらりとこちらに視線をよこす。

その際目があったような気がしたが、気のせいかと思い直すと、それを見ていた体育教諭が気になるかと、今度は肩を組んでくる。


「あのこ目立つよな。今日から転校したんだけど美人だからさぞモテるだろうな」


楽しみだと教師にあるまじき台詞を吐いて職員室に戻っていく。

開放された高梨はそのまま階段を上がり教室に向かう。

転校生だと言っていた。

冬のこの時期に珍しいとはいえ、無いこともないだろう。

学年もクラスも分からないが、同じ学校にいるのなら姿を見る機会は恵まれるだろうし、あの容姿と奇行ぶりなら噂話には事欠かないはずだ。

面白い事になりそうだと体育教諭と同じ思いを浮かべる。

予鈴が鳴ると、担任が教室に入ってくる。


「皆席につけぇ」


いつもより早い時間の登場に生徒達は文句を言いながらも着席する。

入室の際に、開けたままだった扉から続けて入ってきた人物を認めると、そのまま騒然さが増す。


「騒がしいと紹介できないだろ」


興味を誘う言い方で生徒達を黙らせる。

ソワソワと落ち着かない様子を知っていながらも自分のペースを崩さない担任教諭。


「今日からこのクラスに転入してきた駿河(するが)だ。今から自己紹介してもらうぞ」


歓声が上がって、歓迎ムードが漂う。

黒板に縦書きで自分の名前を書き始めた彼女の背中を眺めながら、まさかの同じクラスかよと高梨は思う。

頬杖をついて、驚きを表情に出さないまま彼女の名前を読む。


駿河妙美(するがたみ)です。よろしく」


会釈程度に頭を下げると、おー!と男子から歓声が上がり、女子からは古風な名前だねと囁きが聞こえてくる。


「静かにしろよぉ。じゃあ駿河、これからよろしくな」


爽やかに言った担任に、妙美ははいと返す。


「先生もこれから私に教鞭を振るう事を重荷に思わず、しっかり指導に励むようお願いします」


さらりと言われた台詞に担任は思わずはいと答え、生徒達の熱が冷えていく。

あれは狙って言っているのだろうかと、笑って良いのか、引くのが正解なのか判断がつかない。

何も言われないまま自ら空いている席に着いた妙美。


「す、駿河、そこは今日欠席なんだ。そっちに座ってくれるか」


座ったまま担任が指差した方を確認すると、一度下ろしたバックを持ち直して、正しい位置に移動する。

可笑しくてたまらないというクスクス笑いに分かると高梨は思う。

通学から今までの時間、退屈とは無縁の時間を過ごした。

自己紹介だけでこれだけの笑いと影響を与える妙美と同じクラスなら、きっとこれからの学生生活で退屈を感じることはないだろう。


「いてて…、いて…」


席に着いたまま、学校指定のスリッパから健康サンダルに履き替えた妙美を見て、堪らないと高梨は腕で顔を覆って机に突っ伏す。

揺れている肩が笑いを誤魔化しているのは一目瞭然だが、それを突っ込む者は周りにはいない。

平和な日常に波紋どころか波乱を起こしてくれそうな彼女。

顔をあげて妙美を見ると、姿勢を正しながらも置き場の定まらない足をモゾモゾと動かしている。

今日から目立つ行動は控えなければならない。


この日から始まる。


美人な転校生の観察日記。




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