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製造人間十三号  作者: ノナカ マサミツ
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記憶の中へ……

「ちょっと、行ってきますね」


「ああ、行ってこい! 」


 この言葉を最後に私の意識は遠のく。この時、意識が起動したSOMにアクセスする際のこのまどろむような感じが私にとって実に心地のよいものであった。SOMの起動が完了し、徐々に意識がハッキリとしてくる。そして気が付くと私は古い映画館のエントランスの真ん中に立っていた。


「今回は映画館かぁ」


 そんな事を口走りながら受付へと向かう。このSOMでは、記憶を見る際に必ず通るエントランスがあり、毎回形状が変わる。前など“駄菓子屋”とかいう、よく知らない場所の前であった事もある。どうもそれは低確率で出現するらしく、周囲から甘い匂いのする部屋の奥にいた、いかにもこの空間にぴったりな受付けになぜか


「当たりだよ」


 と言われたものの、私にはいまいちピンとこなかった。おそらく製作者のイタズラ心かなにかで創られたものなのだろう。そんな事を思いだしながら受付の前までくる。受付は軽い会釈をすると、いつものようにプログラムに沿った台詞を言う。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。本日の上映は一本です。御覧になられますか? アイカ様」


……いつもと違い最後に聞き覚えのない言葉が聞こえたような気が。


「え、最後の……えっ? 」


「どうかなさいましたか? アイカ様? 」


二度も聞こえたところをみると、どうやら聞き間違いではなさそうだ。


「私がアイカ?AI8055じゃなくて? 」


「はい。アイカ様」


どういう事だろう、初めて聞く名前なんですけど……


「いつ頃SOMが自動更新をおこなったのかを知りたい 」


とりあえず更新日を聞いてみないと話にならない。


「今日、先ほど行われた定期更新が最新です。その際に使用者名が変更されました。これは正規に変更されています」


何かの手違いなのか、それとも私が……いや、しかし失っている記憶は一週間前のはずだから、流石に申請には早すぎるので違うだろう。そういえば前々から編集長が “お前の名前は呼びにくい”とか言っていたような気が


「……まさかね」


いくら顔の広い編集長だからって他人の名前を勝手に変えられない……はず。


「御覧になられますか。アイカ様? 」


さっきから同じ言葉を繰り返され、よい考えが浮かばない。取りあえずこの事はあと回しにしよう。今の私が一番優先しなければならないのは、一刻も早くココにある記憶を“体感”すること。


「御覧になられますか。ア――」


「今すぐ観覧します! 」


「承知しました、では奥へどうぞ」


 そう言うと受付からメモリーカード型のチケットを受け取る。すると受付の隣にあるゲートが開き、奥へと進む。すると、従来の映画館のように巨大スクリーンと、沢山の椅子が雛壇のように並んでいた。正直、こんなにもリアルに作らなくてもいいような気がするのだが。


 しかしそんな事を考えている暇はない、そう自分に言い聞かせると、とりあえず適当に真ん中辺りの席に座る。すると辺りの照明は消え、まわりの席は見えなくなった。そしてスクリーンだけが輝きだし上映が開始された。すると同時に、まるでスクリーンの中へと吸い込まれるような感覚に襲われる。もうココまで来たからにはもう後戻りは出来ない。これから私の失われた記憶への散歩が始まるのだから。




 ヒト通りがそれなりにある公園に一人、ベンチに座ってアイツを待つ。約束の時間から、もうかれこれ一時間程度経つだろうか。普段ならば苛立ちの一つも起きるだろう。しかしココ何ヶ月、まるで何かに追われているような多忙の日々を過ごしていると、こうやってベンチに座りながらゆっくりとまわりの情景を眺める事がとてつもない贅沢に感じるのだ。


 この時間が緩やかに進む感覚、実にすばらしいじゃあないか。そんな素晴らしい時間を終わらせる奴が一時間遅れでこちらの方へ向かって来るのを遠目から確認する。遠くからやってくるそれは、キョロキョロと周りを確認しながら近づいて来たかと思うと、ベンチに座る俺を見つけるな否や、まっすぐこちらの方へと走ってくる。先程まで豆粒に見えたそれが自分の目の前までやってきた時に言い放つ。


「それにしても、随分と遅かったじゃないか?体感屋」


体感屋は申し訳なさそうな顔をしながら、手を合わせて謝る。


「遅れてすみません!あの、結構待ったでしょう? 」


「ん。ああ、まぁ一時間くらいかなぁ」


「本当にすみません、なかなか編集長が解放してくれなくて……」


 そっちから誘っておいて遅れてきた事ではあるが、大して気にはしていないのにこんなにも平謝りされると逆に困るのはこちらの方である。こういう時はどう返すのがベストなのだろうか?


「ホバックス、そんなに待つの……嫌でしたか?」


そんな事を考えていたのを不機嫌になったと思ったのか、上目遣いでおそるおそる聞いてくる。


「い、いやそんなことはない、そんなことはないって! 」


何故か必死に否定する自分がいた。


「ああ、よかった。不機嫌になって取材、つき合ってもらえないかと思いましたよ~」


 ほっと一息する体感屋。その安堵な顔から、恐らく今回も取材という名目の買い物となるのだろう……前がそうだったし。せっかくの非番が荷物持ちとは俺は一体何をしているのだろう。


「で、今日はどこにいくんだ?」


「うーん……とりあえず歩いている間に決めますよ」


「おい、随分と行き当たりばったりな取材だな」


「ま、まぁいいじゃないですか……ね?」


あまり釈然とはしないのだが。だがまぁ……


「お前とはもうパートナーだからなぁ」


ため息混じりにもらすと、すかず体感屋が口を挟む。


「そうです、この前の捜査、手伝ったんですからコレくらいの事は当然ですよね。パートナー間の協定にも書かれているじゃないですか、“双方、可能なかぎり協力は惜しむべからず”う~ん実に良い言葉ですよねぇ」


 俺はそれを考えた奴に、今日ほど文句を言ってやりたいと思ったことはなかった。と言うか、一番悪いのは明らかにその協定を悪用しているコイツなんじゃないのか?今更ながらなぜこんな奴をパートナーにしてしまったのだろう、考えただけで頭が痛い。そう思うとだんだんと腹が立ってきた。


「大体、それは取材じゃないだろ。それは只の買い物――」


「いいえ、取材です」


 何という切り返しの早さか。顔は笑っているのにまるで心がこもっていないその台詞は、さしずめ自動返信のメールのようであった。ある意味ココまできっぱりと言える所は凄いと思う。そんなことを思いながら体感屋とたわいのない話をしながら歩いていると、体感屋はハッと何かをと思い出したような顔をして急停止する。少し行きすぎた道を少し戻りながら何か思い出したのかと聞くと


「そういえば今日からO3(オースリー)が開催されているんですよ!」


そう体感屋は満面の笑みで答えた。O3……どこかで聞いたことがあるような気がする。


「たしかやたら大規模なマーケットイベントだったな。オークションとかもやっている……」


「そうです!主に取り扱われるのは個人で制作された“オリジナルパーツ”今ではなかなか手に入らない旧基準規格の“オールドパーツ”そして、正真正銘の失われた技術から生み出された"Oパーツ”これらが一堂に集まる一大マーケット、それがO3です!」


「しかしなぁ、オールドパーツとその、Oパーツだっけ?これらの差がイマイチよくわからないのだが、結局は両方とも古いパーツだろ?」


 ホバックスはその質問を何気なくしたことをすぐに後悔した。

体感屋は“はぁ――”とため息をつくと、ひとつひとつ丁寧に違いを説明する。今ではできない廃れた技術がどうとか、昔の接続部分の形など、一度説明しだすと止まらなくなるのが体感屋の悪い癖であった。これからは気をつけよう、そう自分に言い聞かせると体感屋のノリ始めた説明を聞き流しながらO3会場へと足を進めるのであった。


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