その名はエイミ
『さてと、色々と脱線はしたがそろそろ話を戻そうじゃないか。そうだ、犯人の目星はついてはいるのかな?』
しょっぱなから機密事項かよ、そう思いながらも約束がてらにその問いに答える。
『まぁ、一応目星だけは』
この事に関してはこれ以上話すつもりは無かったが次の編集長の言葉で事態は一変する。
『犯人は本当に彼女なのか?あの車のついた椅子にのった―』
ガタッ!
その言葉に思わず立ち上がると二三歩後退りしてしまった。
「驚きました……もうそこまで調べられたのですか!」
つい普通に発言してしまうほど驚いても無理はない。容疑者に関しては関係者以外には極秘とされていたため、ホバックスもさすがに絶対話さないつもりでいたのだが……。その驚異の情報収集能力に素直に感心すると編集長は笑いながら答える。
『ははは、さっきも言っただろぅ?この職業はね“繋がり”が一番大事なんだって。長年かけて拡げた繋がり、舐めてもらっては困るよ』
どうやらウチのかなり上層とのパイプを持っているようだ。これなら俺のような一介の刑事に情報を聞く必要は無いんじゃないのか? そんなことを考えながら椅子に座り直し、それに合わせて編集長も話を再開する。
『そう、車椅子のようなものに乗るここ最近では1、2を争うと言われている賞金稼ぎ、その名をエイミ。彼女は今回この事件でモトビトの護衛をしていたそうじゃあないか』
『……どうやらそうらしいです。ただ俺は実際にこの眼では見てはいないので 』
あまりその話しはしたくないのか、ぶっきらぼうに答える。
『ふむ、しかしなぜ君たち警察が護衛につかず、一番近くの身辺警護が賞金稼ぎのエイミだったのだ?』
この質問にホバックスは少々言葉をつまらせると、バツが悪そうな雰囲気で答えた。
『それは我々の警護はモトビト自らに断られたのです……“お前たちのようなモノはいらない”とね。こちらも反論しましたがしかし相手が相手のため、強く出ることはできなかったのです……』
うつむきながら答える。
『なるほどな、そして自ら護衛を彼女に依頼した。だから一番身近にいたエイミが犯人として浮かび上がったというわけか。しかしいくら何でもそれだけでは断定はできないだろ?』
『モトビトとエイミが最後にいたと思われる場所からぷっつりとどちらの行き先も解らなくなりましたからおのずとそうなります。そしてもう一つその現場には……』
ここでホバックスは喋るのをやめてしまった。その事に続きを察したのか編集長はぽつりとつぶやく。
『そうか……ウチの子が倒れていたのだな』
そのつぶやきに反応したのか
『修理ができたとはいえ、俺はアイツを救えなかった』
うつむいたままやるせない思いを吐き出す。そんなホバックスに編集長はやさしく語り掛けた。
『君はその時その場に居なかった、仕方の無いことだったのだよ。気を落さないで』
『……』
『僕はね、あの子の友人であり、その現場を誰よりも早く目の当たりにした君の“本音”を聞きたいんだ。もし仮に犯人がエイミだったとしたら……君はどうするつもりなんだい?』
本音とはそう言う意味か。今まで問いにはそれなりに考えて答えてきたが、質問を理解したホバックスは吹っ切れたのか即答する。
『決まっている。その場で同じ苦しみを与えてやる。俺には理由も、権利も、権限もあるのだから』
もちろん本音とはいえ、刑事という役職の自分が怒りに任せてこのような事を口に出してはいけないということは頭では判っている。記録に残らないからこそ言える言葉であり、ホバックスにとってはこのような心境は初めての経験であった。
じわじわとこみあがる怒りのためか、淡々と語る声色とは裏腹に徐々に粗暴な口振りへと変わっていく。同時にこれは仕様なのか、顔周囲の外装が少し開き、隠れていたフェイスガード部分が露出する。
『落ち着いて、そのようなことを考えてはダメだ。最初から破壊しようと思うなんて恨みを買うだけだぞ』
先程の発言に編集長は静かながらも対称的に感情を込めた口振りで返す。それはまるで諭そうとするような口調であった。しかしホバックスは止まらない。
『アナタには悪いが、正直意味が解らない。逮捕する際の破壊行為などは日常茶飯事のこと、何を言っているのだか。どうせ皆壊れても再生出来るのだから――体感屋のようにな』
そう言いながら座った状態で編集長の前に顔を近づける。近付けた顔をよく見ると、フェイスガード奥の通常ならば一つの光球が二つに、時には三つへと増減を繰り返しながらフェイスガード内を流動的に動いていて、これが実に印象深いものであった。この行動は無意識に編集長に対して威圧をかけているようにも見えた。そんな緊迫した状態のなか、編集長は静かに座っているものの、動じる素振りを微塵もみせなかった。
『……君のそう言う考えが根本的に間違っているのだよ。とは言っても“今の世代”に口だけで言っても解らないか』
そう一言漏らすと編集長はゆっくりと帽子とマフラーを外す。結わえていた髪が帽子を取る際にほどけて下へと広がっていく。この時点で編集長は体感屋と同じタイプであることがわかった。
次にマフラーを外し、乱れた髪を整えて表れた素顔は、明らかに幼年期に使用するボディの幼い顔であった。纏めていたためか、少しウェーブのかかった美しい銀髪が背中の中間辺りまで伸びており、長い前髪のために、右目は隠れてしまっている。その幼い容姿にもかかわらずどこか大人びている、そんな顔つきであった。
『ふふ、ビックリしただろ。大体皆、君と同じような反応するよ。実はあの子も僕の素顔は知らないんだぞ?』
呆気にとられ言葉を失ったホバックスをよそに、編集長は笑顔のまま話を続ける。しかしその笑顔はどこか薄幸そうな雰囲気でもあった。
『キミも昔そうだったように僕達は生まれたときはこのタイプでこのサイズのボディだ。力は一般的なボディの約十分の一程度、色々とこの身体では規制も多い。まぁ社会の道徳を知識として持っていたとしても、まだ経験としては知らないのだから当然といえば当然だな』
先程の怒りは影を潜め、元の姿に戻ったホバックスはただ静かに話を聞いていた。
『そして普通ならば約三年で経験も蓄積され、切り替え可とみなされる。今の君達と同様の一般的に使用されているボディ規格へと変えるわけだが……残念ながら僕は切り替える事が出来なかった。なぜだと思う?』
ホバックスは少し考えると一つの答えを導き、答える。
『恐らく……編集長の切り換え時期はまだ統一された互換基準が確立されていなかった、まさに群雄割拠な時期なのでは?』
その質問にホバックスは冷静に答えた。その答えに編集長は拍手で応える。
『ご名答。そう、当時は様々なメーカーが立ち並び、皆がシェア一位を目指してシノギを削っていたからね。結果的には大変な技術的進歩を促した。そしてメーカー達は合併を繰り返し、終期には今日のような四つのグループと、取り決めで決められたすべてのヒトに互換できるよう、互換基準も設けられたワケだが。しかしだ、そこに至るために礎となったモノも決して少なくはなかったんだ』
その言葉にすかさずホバックスは突っ込みをいれる。
『しかしその基準が設けられた後、そのような取り残されたヒトを対象とした“切り換え”が政府主体で大々的行なわれたではないですか。モチロン今でもまだ間に合います。にもかかわらず切り換えずにいるのは、アナタのような方が自らの意志でしていることなのでは?』
『ああ、あの政府が先導してやっているアレか。あんなものは政府がさも働いているように見せるための“まやかし”だよ。それに自分の記憶を他人に見られコピーされた挙げ句、今さら規格に対応しているだけの貧相な思考回路と、最低限のパーツで構成されたボディに押し込まれることを一体誰が喜ぶのか』
あきれ顔でその意見を否定する。
『たしかに、ボディはまだしも思考回路はおいそれと交換する事は出来ませんからね。しかし、これからの世の中、古い規格にしがみつかずに今の規格に切り替えなければならないのも事実でしょう?』
『たしかに一理あるな』
素直に頷きながら編集長は答えた。
『今までの話から言わせてもらいますけどね、正直“生産終了で換えのパーツがない、でも今の身体からは切り替えたくないヒトがいるかもしれないから極力逮捕時の破壊をやめろ”あなたはそう言っているとしか思えませんな。もしその通りならば、そいつは今日日無理な単なる甘えた考えです』
編集長の意見をバッサリと切った。
『そういう事を言いたいわけではなくてだな、根本的な倫理のことで……ああ、まどろっこしい!とどのつまり、簡単にヒトを壊して捕まえるという考えを止めろと言っているのだ!それに君は知らないかもしれんがね、そんな政府の切り換え政策にも対象外な実験機や試作機がそこいらじゅうにまだゴロゴロいるんだよ!切り換えるための機材にすら対応していない……僕のような奴等がね。そして僕達のようなモノはもちろん外部サーバーにも対応していない。それがどういう意味かわかるか?』
感極まった口調で話す編集長。しかし最後の一言辺りでは声は震え、目は少し潤んでいるように見えた。ホバックスはその問いに否定も肯定もしなかった。世の中には二度と再生できないヒトもいる。自らがそうだから他人ごとに対してでも破壊行動はして欲しくはない、そう言いたい編集長の気持ちもわからなくはない。が、破壊しなければならない時もあるのだ。
『……貴方は一体何の試作機だったのですか?』
深い意味はなく何となく聞いてみる。
『まさにこの姿の通りさ。そういう“ワンクッションを置く”という条例が確立した頃に僕は生まれたんだ。まあ、切り替えが出来ないと知らされた時点でこの身体に詰め込めるだけの改造を施して貰ってはいるがね』
この後二人の間に重い沈黙の空気が流れる。そんな中しばらくして編集長がふぅ、と一息ついた。
「いやはや、こうやって長々と話すのは久し振りだったから疲れるよ。さっきはすまなかったね、取り乱してしまって。でも君には……君たちの世代には知っていて欲しかったんだ」
そう言いながらにじんだ目を必死に擦っていた。そんな編集長を見ないようにホバックスは取り敢えず何かエネルギーでも買ってきますよ、と言うと立ち上がりドアへと向かう。まあ、缶系でいいだろう。そう思いながらドアノブに手をかけると
「キセル型のやつだ」
振り返るとまだ目を擦ってはいるものの、いつもの落ち着いた口調であった。
「キ、キセル型ですか?」
「うむ、長年愛用している奴があるからそいつを頼む。あ、カートリッジだけでいいぞ。マイキセルがあるからね」
そう言うと上着のポケットから愛用のカートリッジの空き箱を取り出すとホバックスに渡す。結構値の張る銘柄だな、そう思いながらそれらを受け取る。その中には明らかに値段にしては過剰な金額が混じっていた。いわゆる“残りで好きなものを買っていい”という奴だろう。流石にこれは受け取れない。そう断りを入れようとしたそのとき
『黙って年長者らしいことをさせてくれ、子供のわがままだから 』
そう笑顔で即席回線でコメントした編集長はすでに先程のような平静を保っていた。
「……はい、わかりました。」
なんだか色々と逆転している気がして、とても複雑な気分だがまた揉めるのも面倒だ。ここは年長者?の顔を立てることにしよう。
「そう言えば聞きたいことがあるのですが」
「なにかな?」
「どうして過去のことをココまで話してくれたのです?恐らく思いだしたくもなかったでしょうに。」
そう言われ、編集長は口だけでフッと笑うと
「きみは本音で僕の質問に答えてくれた。だから僕もそうしたまでさ」
『なるほど、それともう一つ、せめて体感屋にはその顔を見せたらどうですか?せっかくかわいいんですから』
そんなホバックスの何気ない一言でみるみる顔が赤くなる。
「ば、バカ者!年上をからかうんじゃない!それにな、あの子に顔を隠す事には理由があるんだよ」
動揺してつい声を出してしまったその表情は、やっとその容姿に相応した顔であった。
「理由があるのですか?コイツは是非とも聴きたいですなぁ〜」
意地悪そうに聞くと、編集長は目を逸らせて即席回線で小声で答える。
『こんな姿を見せてみろ……あの子を叱っても全く威厳が無いじゃあないか……』
ああ確かに。編集長が素顔で怒鳴ったときの体感屋の反応をホバックスには容易に想像することができた。納得したところで、そろそろ買い物に行こうと軽く挨拶して外に出る。出る際に
『まだ話はおわってないからな!帰ってきたらきみたち二人の話を聞かせてもらおう』
ドアの隙間から見える先程のお返しとばかりのにやけ面とその言葉に、二度三度頭を掻くと、ホバックスは部屋を出ていった。
部屋に自分一人となり、何気なくベッドで眠るAI8055……いや、アイカを見る。あどけない表情で眠る姿を眺めながら編集長は訊ねるようにつぶやいた
「今頃、お前はどんな記憶を歩いているんだい? 」