体感屋とホバックス
「よう、一度完全に機能停止したって割には元気そうだなぁ、体感屋」
まったくあらゆる意味で鈍感な奴が来たなぁ……そう思いながら私は体を起こす。ここに来て十日目、はれて個室ではあるが一般病棟に移されることになり、面会を許可された。
そして私を初めて訪ねてきた声の主は、昔から付き合いのある刑事であった。全身が白銀の装甲で、顔全体は薄い黒色のフェイスガードで覆われている。その奥で一つの白い光球を光らせていた。そして、正直私は似合っていないと思う本人お気に入りのトレンチコートを今日も身に付けていた。
「ホバックス、私は体感記者ですって何十回言えばわかるんですか!」
「いまさら別にいいじゃないか。大して変わらんだろう?それにだ、折角面会できるようになったから……こうしてわざわざ見舞いに来てやったというのに」
そう言いながらお見舞い品をベッドの脇に置くと、近くの椅子にどかっと座る。
「ホント、全然違うんですよ?体感記者と体感屋。職種の違いを詳しく説明しますとね、まず――」
「あー、正直どうでもいいわ体感屋。長くなりそうだしな」
「……ところで本当のところ、何しに来たんですか?どうせ、お見舞いだけじゃないのでしょう?」
少々呆れながら聞くと、ホバックスはニヤリとした雰囲気を身体と光球の動きで醸し出すと、
「流石に察しがいいな。ちょっと聞きたいことがあるんだわ、モトビト……とアイツの行方のことなんだがなぁ」
そう言うと、おもむろに懐からレコーダーとメモリ-カードを取り出す。私にはホバックスの言っていることがさっぱりわからなかった――が、しかし私とあのモトビトとの間に何かしら接点があるということが、何も覚えていない自分には実に衝撃的なことであった。
「モトビトってあのモトビトですか!」
「バカ、声が大きいって……他に何があるっていうんだよ?」
「というか、そもそも何で私がモトビトと関係があるのですか?」
私が今一番知りたい事を聞き返すと一転、呆気にとられたような声で、
「おまえさ、まだ寝呆けてるの?まさかモトビトが何者ってことも忘れてはいないよな?」
「流石にそれは覚えてますよ!限りなく創造主に近いといわれていて、この惑星を管理していると言う第一世代に造られた方々でしょ?」
どうやらホバックスは私の現在の事情を詳しくは知らないようであった。まずは今自分の置かれている状況を知ってもらうことから始めた方が良いだろう。私は自分が破壊され、その結果一週間分の記憶を失ったということを簡単に話すと、最初は悪い冗談だと思って笑って聞いていたホバックスではあったが、私の様子を見ているうちにそれがまぎれもない事実であると認識すると笑い声は消え、そこには真剣に話を聞く刑事の姿があった。
何だかんだでプロなんだなぁと思いながら話を続けていると、途中でホバックスは突然何を思ったかスッと立ち上がる。そしていつの間にか入れていたレコーダーのスイッチを切る。
「なんだか辛気臭い雰囲気になっちまったなぁ、どうだ?気分転換に場所を変えて改めて話さないか?もし一人で立てないなら手伝うよ」
珍しくやさしい言葉をかけるじゃないの、そう思い大丈夫と言おうとした瞬間、ホバックスはおもむろに重心を低くしていわゆる “おんぶ” する態勢となった。私は何だかとても気恥ずかしくなり、さっと立ち上がる。
「ほ、ほらもうぜんぜんだいじょうぶですよ!もうよゆうであるけちゃったりしますから!」
そう言ってほぼ完治したことをアピールするかのように身体を動かしてみせた。
「おいおい、本当に大丈夫か?」
「大丈夫です!」
「いや、身体じゃなくて思考回路のほうとか……」
「……え? 」
面食らったのも無理はない。しかしホバックスは私に構わず追い討ちをかける。
「何だかいつもと様子が違うぞ?やはり医者を呼んだほうが――」
ガンッ!
不意討ちで放った拳は見事にホバックスに直撃!しかし……
「ッ~~!」
「手、大丈夫か?この程度の力だと殴っても痛いのはそっちだろうに」
やっぱりいつものホバックスだった。この余裕な態度が余計に腹が立つ。
「さ、さっさといくよ!」
痛む右手をさすりながら体感屋が叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待てって。さっきから何怒ってるんだよ?」
「うるさいバカ!ココは私のほうが詳しいんだから……さっさとついてくる!」
そう言い放つと体感屋は足早に505号病室から出ていってしまった。周りの目も気になるし、どうやら素直に付いていったほうが良さそうだな。俺の刑事としてのカンがそう言っていた。
それにても後ろからポニーテールを揺らして歩く体感屋の姿を見ていると無事に修理できたみたいで本当によかったと思う。何だかんだで長い付き合い、修理は可能だったとはいえもうあの光景を見るのは二度とごめんだ。
しかしどうする?頼みの綱の体感屋が記憶を失っているとなると捜査は振り出しに戻ってしまう。やはりあの時強引にでも護衛に入るべきであった。果たしてあの“モトビト”はどこへ消えてしまったのだろうか。いや、まさか……
『いい加減にぼーっとしてないで何か言いなさい!』
気がつくと、眉間にしわを寄せてジト目、明らかに不機嫌そうな顔を目の前に近付けている体感屋がいた。
「おわっ!ビックリした……個人コード知ってるからって大声で直接回線で怒鳴るなよ」
「だって、何度呼んでも反応無いんだもの。まったく、自動追尾で付いてくるなんて一体別で何を考えてたんだか。」
「なんだよ、気になるのか?」
「べーつーにー」
少々トゲのある返答に内心苦笑いしたところで、辺りを見渡す。とても見晴らしは良く、天気もいい。気分転換には実に最適な場所であった――が
「ところで、なんで屋上なんだ?テラスがあるんだからそっちでいいじゃないか」
すると体感屋は得意げにニンマリするやいなや、俺に指を差すと
「理由としてまずひとつ、先程の話がホバックスにとって他のヒトに聞かれたく無いような内容だと思ったから。テラスだと少なからずヒトがくるじゃないですか」
まぁたしかに、そこそこ的を射た答えだ。
「ほほぅ。で、その周りに聞かれたくない理由は?最初俺はレコーダーを出したんだぞ?直接回線で話してそいつを録音すればいいのにだ。誰かに聴かれても文句は言えない」
「おそらくそれは“発言者本人の個人番号を含む、外部ツールで録音した音声データ”でなくては事件の物的な証言としての価値がつかないためでしょう。それ、一度録音すると編集できないようロックがかかるレコーダーですよね?編集すると逆に怪しまれますから。それにクリアな音声が録りたかったら静かな病室は最適ですし」
そこまで語り終えると、いつの間に買ったのだろうか手に持っていたエネルギー缶をグビっと飲み干す。そしてほっと一息つくと、再び続きを話しはじめた。
「もし私に記憶が残っていればうまく掻い摘んで話してもらえるだろうと踏んだのでしょうけど誤算が起きてしまった。そう、私が記憶を失っていたということです。これでは証拠にはならないので仕方なく途中でレコーダーを切った――そんな所なんじゃないんですか?」
胸を張って言う事でも無いと思うがまぁ……
「なかなか鋭いところをついてくるじゃあないか」
ほめられてエンジンが掛かってきたのか、どうやらこの推理ごっこはまだ続くらしい。
「では次に何故あの病室を出ようとしたか」
「そりゃあ、気分転換になると思って――」
すると体感屋はフッと笑うと、どこかの推理物語の主役のように無駄に歩きながら話しだす。もちろん腕を組みながら顎を触って考えているあの“探偵の構え”だ。
「実はなにかに気付いたからじゃないですか?」
「気付いたもの?」
「たとえばそう、盗聴器とか!」
何の根拠もなさそうな割には、無駄に自信満々の笑顔がこちらに向けられる。
「流石だな名探偵。良い感じに的外れだ」
「ち、違うんですか!?」
どうやらかなり自信があったらしい。
「そもそも病院が自分の所の病人に盗聴機仕込んで何のメリットがあるんだよ。バレた時のデメリットの方が明らかにでかいだろ。まぁ本当に気分転換ということもあったんだが要は単純、さっきの話を聞いていて今の体感屋を病院以外のヒトに会わせてはまずいなって思っただけさ。しかしたまたま俺が一番乗りしてよかったよ」
体感屋は素直に頷くものの、まだ納得はしていないようであった。どうやら間違えたことで少し凹んだようだ。まぁ肝心なトコロで正解のナナメ上をいくのは昔からなのだが。それでも必死で考える体感屋に、
「ヒント一、今のお前の状態は?」
「え?元気ですけど……」
「違う!今オマエが置かれている立場はどんな状況なんだ?」
「えぇと、記憶を失っている?」
「そう、記憶を失っているという事だ。考えてもみろよ、例えば今の何も知らない状態で犯人と出会ったらどうするんだ?顔もわからないというのに。それこそさも記憶がない時に出会ったと偽って近づき、盗聴機を取り付ける輩もいるかもしれないだろ?」
「あ!」
「だから、少しはお前のためになると思ってこいつを渡しておく」
そう言ってホバックスはさっき取り出していたメモリーカードを体感屋に手渡した。
「これは?」
「オマエが喉から手が出るほど知りたがってる情報の一部だよ」
「まさか私の失った一週間の記憶ですか!?」
「まあまあ、落ち着け。こいつは俺の記憶だよ。あの一週間のうち、体感屋と行動を共にしていた三日間だけだけどな。これで少なくとも三日間の間にあったこと、面識はわかるだろ?それと、残りの四日の間で起こった事を報道した情報もいれてある。結構大々的に報道されたんだぜ?このモトビト失踪事件はな」
「失踪!?あのモトビトがですか?」
「あれ、話してたと思っていたけど言ってなかったか。知ってる前提で話していたんだがまぁいいか、ココまで言っちゃったしなぁ。オマエ、その事件の関係者だよ」
やたらと重大な事をさらりといわれ、流石にもう驚かないだろう、そう思っていた体感屋ではあったが、危うくまた混乱しそうになった。しかし心を落ち着かせることにも慣れたのか、すぐに冷静さを取り戻すことができた。慣れというものは怖いものである。
「まったくの初耳ですよ……私の部屋、テレビ無いんですからね。今の話で多分病院側の配慮だろうとは思いましたけどね。それにしてもホバックス、ずいぶんと用意がいいんですね。自分の記憶が入ったメモリーカードを持ってるなんて」
そう言って疑いの眼差しを向ける。
「ちょ、勘弁してくれよ。元々これはオマエの証言と一緒に提出するつもりで持ってきたんだって!本当は第三者には見せてはいけないんだがお前のは関係者だし、困ってるみたいだから仕方なく――」
あたふたするホバックスを見て、体感屋はクスッと笑うと、うそですよ♪と答えた。体感屋はそれほどホバックスに信頼をおいていた。ホバックスなら信用できる、と。そんな彼はゴホンッとせきばらいすると、改めて話を進めた。
「と、とりあえずは報道機関に名称は伏せてあるから安心しな。退院するまでゆっくりするといい」
なるほど、有名人の気持ちが今ならわかるような気がする。しかしそれを追う者と同じ業界に身を置く立場としてはなんだか複雑な気分でもあった。それにしてもこうして貰った記憶の断片をまじまじと見つめていると色々と考えてしまう。もしはじめにコレを貰っていたら私はどうしていただろうか?おそらく知るということに対して、戸惑いを感じていたであろうなと思う。
知りたい、でも知らないほうがいいかもしれない。コレの繰り返しで一向に前に進まないループに陥っていたかもしれない。しかし今は違う、私は真実が知りたい!私は覚悟を決めると、恐る恐るカードを自分のスロットに近付ける。
「それじゃあ、入れますよ……」
「ああ」
カードを挿入する、まさにそのときであった。
ガチャ!
屋上の出入口が勢い良く開くと、やたらと大きな声が屋上に響く。
「ここに体感記者のAI8055はおるか!」
「!?」
おそらく誰もこないと思われていた屋上にヒトがきた。しかも名指しときている。二人は、すかさずドアの方角に注目するとそこには体感屋よりもずっと小柄ながらも、どこか威厳の漂う空気の持ち主が立っていた。大きめの帽子を深く被り、黒い大きめのダッフルコートにマフラーを巻いていて、顔は見えないがその姿には見覚えがある。あのヒトは……
「へ、編集長!」
体感記者という職業は後々説明がありますので、今はそういう仕事があるんだな程度に思っていただければ幸いです。




