おわりではじまり
あの日、私が破壊されてから二週間が経とうとしていた。この日担当医から念願となる
「明日には退院できますよ、おめでとうございます」
という言葉を告げられた時、嬉しさのあまり笑顔と共に安堵感に包まれた。私はその余韻に浸ったまま、医者に少し眠りますと返し、医者が部屋から退出するのを見届けてからゆっくりと仰向けに寝転がった。すると先程の余韻が程よく抜け物思いにふけていく。
なぜ私は破壊されたのだろうか……と。
目を閉じてこの日までのことをたどってみれば、まずはじめに浮かぶのは眩く照り続ける巨大なライトであった。
おそらく病院の修理台の上であったのだと思う。しばらくまわりの様子をぼーっと眺めていると、影らしきものが私が意識を回復したことに気付き、必死に何かを語り掛けているように見えていた気ような気がする。しかし、ソレが正直何を言っていたのかはよくは憶えていない。そしてまた何気なく真上のライトに目を向けると、私はまたゆっくりと深い眠りに落ちていった。
次に目覚めた時は、私はすでに病院のベッドの上であった。寝たままで軽く見回すと私のいる病室は全体的に真っ白で窓のないこざっぱりした個室である。身体をゆっくりと起き上がらせると、どうやらこの部屋は監視されていたらしく、私が呼んでもいないのに数分とたたずして部屋のドアから医者と二人の看護師が入ってきた。
医者の見た目は、最近流行りのいわゆる “次世代的”なボディといわれるやつで、多脚をはじめ、明らかに機能美優先という姿をしていた。
看護師二人の方はというと、私と似た基本タイプのボディではあるものの、見たところ医療看護に特化した改造が施されているように見受けられる。もしかしたら仕事用のボディなのかもしれない。
自分の仕事柄そのようなことを考えている間にも医者からの説明は進んでいた。幸いボディの損傷は胸以外ほぼかすり傷に等しかったということ、数日間は様子を見ながらの調整を行うということを一通り告げられると、医者から出されるいくつかの質問に素直に答える。しかし最後の質問になると、さきほどまでやさしい口調であった医者が突然真剣な声で尋ねた。
「最後に一つ聞いても良いでしょうか?アナタはなぜセーブを怠ったのですか?」
この医者はいったい何を言っているのだろう、そう思ったが一応答える。
「セーブってあの自分の記憶を外部サーバーや自分の記憶中枢に保存する行為ですよね?普通は怠ることなど無いと思いますが……」
そう、怠ることなどあるはずがない。そもそもセーブなんてモノは自発的に行うような行為ではないのだから。しかし医者は、
「実はアナタの記憶には残念ながらここ一週間の記憶が書き込まれていなかったのです」
私はその言葉に耳を疑った。
「ちょっと待ってください!記憶は記憶中枢に自動的に書き込まれるはずでは?それに外部サーバーにだって――」
「その外部サーバーの記録に存在しないのです、アナタのここ一週間の記憶がね。結果としてアナタは一週間の記憶を丸ごと失った事になります。」
「な……!?」
医者が淡々と発する衝撃的事実は、さっきまであった勢いは鳴りを潜め、私を完全に黙らせてしまった。医者はそんな私などお構い無しに相変わらずの口調で語り続ける。
「アナタの損傷した主な部分は胸の左中央部、記憶を保存する記憶中枢だったのです。まるでそこを狙いすましたかのようにね。 その損傷のためにアナタは緊急停止してしまったのでしょう」
「記憶中枢、ですか……」
私は試しに最近一週間の記憶の検索を試みてみたものの、出てくる記憶はやはりあの大きなライトが最初であった。どうやら医者の言っていることは本当みたい、私はそう思いながら、医者の言葉に耳を傾けていた。
「幸い、そこだけがあまりにも綺麗に抜かれていたものですから、アナタの身体の製造元から同じ型の記憶中枢を直接、外部サーバーの管理機関に送ってもらい、そこで保存されていたあなた記憶、及び今まで使用していたプログラムを入れたうえでこちらに送ってもらったのです」
そしてそれをそのまま私に組み込み、本体に反映させる際に、確認のため記憶の履歴を見た時、記憶が間抜け落ちていることが発覚したようである。
「あの、聞きたいことがあるのですが……」
「なんでしょうか?」
「私の……私の壊れた原因はなんだったのですか?単なる事故でしたらこんな個室ではなく、普通の病室ですよね?それに――」
この時、なぜか私は狂ったように喋り続けた。なぜなら喋り続けなければおかしくなってしまいそうであったのだ。今まで奥底に眠っていた様々な感情が、突然ふつふつと沸き上がり身体にまとわりついてくるような感覚。記憶のないことも相まってなのかこれまでに無い不安が、恐怖が、身体を駆け巡り、まるでそのまま飲み込まれて私が消えてしまうようなこの負の暴走を、私は抑えることができなかった。しかしこれが何故どこから沸き上がってくるのか……私自身にはわからなかった。
「落ち着いてください!」
私の両肩を掴み、初めて医者は感情的に声を小さくも荒げる。わたしはその小さきながら強い気迫に押されると、その隙に打たれた鎮静プログラムによって何とか正気を取り戻すことができた。その後医者はすぐに平静な口調で私に対して平謝りをした。私もすかさず同じように医者に平謝りし返す。冷静に考えればどう考えたって私が悪い。先程まで一人でヒステリックになっていたのを思い出すと情けなくなる。その思いを感じ取ったのか、
「誰もがこのような立場になればそのような行動をとってしまいますよ。おそらく、ワタシでもね。だから気にしないでください」
と励まされてしまった。二人が平静に戻ったところで、医者は失礼と一言いうと、どこかと連絡を取りはじめた。
直接回線という個人との無線のような会話であったので何を話しているのかはわからなかったが、おそらく私のことなのだろう。連絡は五分程続き、医者はいままで私の補佐をしてくれていた看護師を病室から出るように指示すると、医者と二人だけになったところで医者が告げる。
私はここで初めて自分が他人によって破壊されたことを知った。
破壊直後から白い個室にいた記憶を一通り振り返ってみて目を開くと、先ほどの余韻はとっくになくなっていた。それにしても当時の私はなぜか驚くほど冷静にこの事実を受け止めたと思う。恐らくあの時使用された鎮静プログラムのおかげもあるのだろうが……一番の原因はイマイチ実感がわいてこないからであろう。
まぁそもそも破壊されたことを覚えていないのだから当たり前なのだが。ではあの時の負の暴走は一体何だったのだろうか?一瞬考えたが見慣れない場所で不安になったからだろう、そう思い込み自己完結した。
それにしても、私達ヒトは記憶が外部サーバーに残ってさえいれば何度でも再生することができるというのに、犯人はなぜ破壊するというような行動をとったのかがわからない。むしろこういった破壊行動は足が非常につきやすい行為であることは相手も十分判っているはずだ。もしも犯行時の記憶をサーバーにセーブでもされたならまさに百害あって一利なし。だがしかし私の場合は
「先に記憶中枢をやられている――」
実際実行しようとする者なら誰もがその考えに至る。通常、記憶は記憶中枢内の記憶が外部サーバーへと送信されてセーブされている。ならば先に記憶中枢を破壊することでサーバーにセーブすることを阻止することができるのだ。これでもまだリスクは高いとは思うが、破壊するつもりならまずはそこを狙うだろう。何にしても私は殺意をもたれて破壊されたことは間違いなさそうだ。
しかし最大の問題点として、私はなぜ一週間という長い期間もの間、一度もセーブを行わなかったのかということだ。どう考えても意図的に止めていたとしか考えられない。何故そのようなことを?幸いこの前にある友人から貰ったもので失った頃の事を少しだけ知ることは出来たものの、この事に関しては結局解らなかった。あれこれと考えているうちに私はまたゆっくりと眠りへと落ちていった。
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「どうも、改めましてこんにちは」
「お、なんだ新しいお仲間になるのか?」
「……」
「こ、こんにちは……」
「お、なんだなんだ?キンチョーしてるのか?」
「普通“なら”この状況は緊張すると思いますけどねぇ」
「オレのときは全くもってしなかったぞ?」
「なるほど、確かにそうですね。何ていったって単細胞ですものねぇ~」
「なんだと?もういっぺん言ってみろ!」
「さぁさ、ここの席が空いておりますよ。どうぞこちらにお座り下さい」
「おい、無視しやがって訂正しろよ!」
「すみませんねぇ、うちのがうるさくて」
「やんのかコラァ!」
「ほう、わたくしに勝てるとでも?」
「あの、すみませんっ!私のせいで……二人とも落ち着いてください……落ち着いてください~」
「……」
「てめぇ、今日こそ決着つけてやっかんなぁ!」
「はぁ……仕方ありませんわね」
「喧嘩がはじまっちゃいますよ、いいんですか?」
「……」
「……うぅ」
「前々からてめぇのそのスマシタ態度が気に食わなかったんだよ!」
「わたくしは常に冷静なだけです。それにしてもこの辺り妙に暑くないですかぁ? あぁそうです、一人温度上げているヒトがいますものねぇ」
「……オレのことか! オレのことなのか!?」
「他に誰がおられます?」
「温度なんて上がる訳ねぇだろが! バカかてめぇは」
「!?」
「あ。」
「ど、どうしたんですか?」(しゃべった!)
「禁句」
「……え?」
「バカじゃない!撤回しろ!」
「てめぇも訂正しやがれ!」
「あわわわ、一体どうしたら――」
スッ、ビシ!ビシ!
「そこまで」
「間に入って二人の頭に手刀を!」
「いたたた……」
「いっつ~、いきなり何しやがる!」
「上。これから起きてくる……」
「やべぇ、マジかよ今日だったのか!」
「わたくしとしたことが自分を見失うなんて……」
「上?」
「オレ達の上、見てみろよ」
「あれはヒト?眠っているみたいですけど」
「そう、あの子こそが」
「オレ達がどのようなモノからも守らなければいけないものだ」
「……」
手記七日目
私がこれまでの中で一番感動した瞬間に立ち会った日。今日のことはたとえ、どのようなことがあったとしても忘れる事はないだろう、私は今でもそう思う。