第一話:非日常的な俺の日常
“都市伝説”とは、都市化が進んだ現代に生まれる根拠のない噂話のことを指すらしい。
「口裂け女」や「トイレの花子さん」「人面犬」など、有名な都市伝説を挙げればキリが無いが、どれも人が創り出した現代版の“おとぎばなし”だと俺は思っている。
要するに、人は自分の身近に起こる……いや、起こりそうな不可解な謎めく逸話に「恐怖」というスパイスを加えて楽しんでいるのだ。
そして大半の人間は「そんなものが在るはずが無い」とちゃんと心の中で理解している。 だから、霊感なんて非現実的な力を信じる奴らは、超常現象に縋りたいだけのカルト信者かオカルトマニアくらいだろう。 たぶん。
このように長々とした前説を添えて、俺が今から話す事を信じるか否かは皆様方にお任せするとして、率直に言う。
俺、浦市真矢には霊感がある。
漢字の読み方は「うらいちしんや」だ。 くれぐれも「うらしまや」なんて馬鹿な読み方はしないで頂きたい。
話しを戻そう。
俺には霊感がある。それも強いか弱いかで言えば、かなり強い類だと思っている。
そう。俺は霊が視えるのだ。街中のいたる場所で、人に紛れて浮遊する形無き存在を、俺は常に目にしている。
幼い頃は「視える」という現象が、呼吸をするのと同じくらいに当たり前の事なのだと思っていた。
だから誰にでもこれ(霊感)は備わっているものだと信じて疑わなかったし、皆も自分と同じものが視えていると勘違いしていた。
しかし、小学校に入学した頃から俺の所謂「視える」という発言が、周囲の人間から痛い視線を注がれる原因になっているのだという事に、俺はとうとう気付いてしまったのだ。
俺にとっての日常的な生理現象は、どうやら俺以外の人間にとっては非日常的な異常現象でしか無いらしい。
「真矢、お母さんそういう冗談は嫌いなのよ」
「霊なんて居るはずねぇだろばーか」
「私に何か憑いてる?」
「分かるー、俺は見えないけど感じる派なんだわ」
「自分でお祓いとかもできたりするの?」
俺の霊感発言を聞いた人間は、大抵がこの手のお決まりパターンの台詞を返してくるわけだ。
もういい加減聞き飽きた。
ついでに言わせて頂くと、俺は除霊なんて高度なスキルは持ち合わせちゃいない。あくまで視えるだけだ。
中学生になって、俺はついにこの力(霊感)を心の奥底に封印することにした。
視えるって言ったって、それらに対して恐怖を感じる性格じゃなければ、そいつらを救ってやろうという聖人要素を備えているわけでもない。残念ながら。
俺は面倒な事にはなるべく巻き込まれたくない。
ただただ静かに人生を全うしたいのだ。
という事で、俺は霊が見えてもしらんぷりを決め込むことにしている。どんな悪霊が居ようが呪縛霊が居ようが知ったこっちゃない。八月の盆に死んだ爺ちゃん婆ちゃんが帰還したとてフルシカトだ。
そんな涙ぐましい努力により、俺の月日は穏やかに流れている…… かの様に思えた。いや、思ってた。
しかしだ。高校一年生の春を迎えたある日。その事件は突如として起こってしまったのだ。
あれは入学式の帰り道。麗らかな春の陽気に誘われて、散歩がてら遠回りをして帰ろうか…… なんて考えに至ったのが、そもそもの間違いだったのだろう。
今なら思う。 あの道さえ通らなければ、 俺はきっと世間一般の健全な高校男児で在ることが、現在でも出来ていただろうにと。
その道は、信号機やミラーさえも設置されていない、見通しの悪い三斜路だった。
恐らく死亡事故が起こったのだろう。道の脇には真新しい花束が手向けられていた。 そしてその花を見下ろすようじっと佇む、長い黒髪の女。
その女は、この世の者では無かった。
ホラー映画の主人公なんかだと、ここいらで悲鳴のひとつでもあげるのがお決まりなのだろう。 くどい様だがもう一度確認しておこう。霊が視えるのは俺にとっちゃ呼吸するのと同じ生理現象だ。何が視えようが何とも思わない。
…… と言う事で、俺は女の霊をスルーして、 その横を通りすぎようとした。
『あの』
女の霊が言葉を発した。 俺は反応することなく足を進める。 独り言か恨み言でも言っているのだろうが、俺には関係ない。
ヒタヒタ。 音の無い足音を響かせながら、 そいつは俺の背後を追ってきた。 まぁこんな事は日常茶飯事だ。 コバエが鬱陶しいくらいの感覚だ。
『あの…… あの…… 』
ぶつぶつと小さな声で囁きながら、女は俺の背後をキープする。
このまま家まで憑いてくるつもりだろうか。 まぁ枕元に立たれても何とも思わないのでご自由に、というやつだが。
そういや、今晩の献立はなんだろうか。 いや、昨日の夕飯がカレーだったから今日もカレーの可能性が高い気が……
『あのッ…… !』
夕飯に気を取られている一瞬の隙に、その霊は俺の前にぬっと回りこんできた。
両手を広げて通せんぼをしながら、 女が真っ直ぐ、 俺の目を見据えた。
霊とは思えない、 堂々とした態度だった。
予期せぬ女の行動に動揺したのだろうか。
俺は事もあろうか、そいつとまともに目を合わせてしまったのだ。
クソ、しくじった。
そんな後悔も既に遅し。
『あの…… わたしのこと、視えてますよね?』
こうして非日常的な俺の日常が、静かに幕を開いた。