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1話 「助け舟に乗った爆弾」

授業終了のチャイムが鳴り響く。

時間は10時40分。いつもならこの後さらに授業があるのだが、今日は新クラス一日目ということもあり放課となった。

個人的には後ろから突き刺さる視線に目を合わせない為にもずっと授業をして欲しかったが時間は無慈悲に過ぎていった。

しかし、何も手を打っていないわけではない。

先生の目を避けつつ机の下でSOSをスマホを使い発信していた。

校則的には確実にアウトだがバレなきゃ犯罪じゃないとどこかの邪神も言っていた。

今だけは見逃してほしい。また今度ボランティアに参加しますから。

「ねーテル。もういいでしょ」

後ろから這い寄られるように声が響く。

早く。頼むから一対一じゃどうにもならない。ヘルプミー。

ヨウを無視するわけにもいかないのでゆっくりと本当にゆっくりと振り返るが心の中は救いを求める声でいっぱいだった。

振り向いた先には想像通りの面持ちのヨウがいた。

世に言うところのジト目とやらをした彼女はイヤラしい微笑みをもって片手を突き出している。

彼女が何を欲しているかは言わずとも分かっていた。

「おっテルどうしたんだ?顔が青いぞ」

どうやら神は僕を見捨てていなかった。

待ち望んだ助けはやっと来た、と喜ぶ一方彼について色々と思うこともあった。

というのも彼は同じクラスで、もっと言うならさっき振り返る時に優雅にアクビをしつつ筆箱を片付けているのがはっきりと見えていたことや、さらに一瞬目があったのち悪戯に微笑まれたということや、そもそも彼が無駄に高身長で糸目のまずまず整った顔立ちをしていることもあり、僕は彼に全力で感謝をすることができない。

最後のはただの私怨だったが気にしない。まずはこの状況を抜け出そう。

「いや特に大したことは無いよ。ただホームルームが退屈だなーって」

口ではそう言うが全ての事情は事前に伝達済みである。

彼も、ああそういう設定なと分かりきったような顔をしている。

「紹介するよ去年同じクラスだった友達、名前は」

桃井ももい 剣太けんたさん、だったけ」

紹介しているとヨウに話を打ち切られた。

ホームルームの時間に一人一人自己紹介をしたから分かって当然といえば当然だった。

僕は休み時間のことで動揺してほとんど頭に入ってこなかったが。

「ああ、テルから話はよく聞いているよ。こいつの幼馴染なんだって」

「まあずっと一緒っちゃ一緒ね」

ヨウとケンタが話している。

僕はその会話を見ながら驚愕を隠せないでいた。

先ほどまで半月状だったヨウの目が今ではかつてのように満月のように丸くなっていた。

しかも精気に満ち溢れた瞳が爛々と輝いている。

そうだよな、さっきまでのあれは思い違いだよなと訪れた平和に安堵する。

しかしその平和も長くは続かなかった。

「やーやーケンター。ゲーセン行こうぜー」

不意に横から幼い子供のような声が聞こえた。

隣を向くとそこにいた女の子と目があった。

座っている僕と同じ高さに立ったままの状態で視線を合わすブラウンの髪をポニーテールにまとめた幼い顔立ちの彼女は一見小学生にも見えた。

そうだと言われれば疑う人はいないだろう。

しかし彼女の身を包む制服とおぼろげながらに覚えていた自己紹介で彼女がそうで無いことが分かる。

えっと、確か名前は。

「おーがみ、さきさん?でしたっけ?」

「違うわ!」

小さな体を円を描くようにひねり、勢いをつけた彼女の右手が僕のおでこにぶち当たる。

ぺちっ。

「いたっ……くない」

大きな挙動の割に威力はそこまでなかった。

彼女は右手を抑えぷるぷると震えていた。額の骨は堅いと聞くがどうやら本当だったようだ。

彼女は僕の視線に気づいたのかフンッと小さく息を吐き胸を張った。

「私の名前は大賀おおが みさき!区切るところが違うわよ!」

「ごめんなさい」

「わかりゃいいのよわかりゃ」

素直に謝ると彼女は首を少し上に傾け、どこか自慢げな顔をした。

動作の一つ一つが身長と相まってかとても幼く見える。

鼻を高くした彼女にケンタが話しかける。

「そんな出会っていきなりで人叩くなってオーガ。落ち着けもっと」

「だ・か・ら!そのオーガっていうのやめてっていっつも言ってでしょ!」

大賀さんはそう言いつつ手をグーに握りしめケンタに飛びかかる。

威力のない攻撃は無駄に背の高いケンタの胸元辺りをぽかぽかと可愛い擬音が似合いそうな感じで叩くだけで、一切痛そうになかった。

ケンタは穏やかな顔をして大賀さんを見ていた。そこには母性のような何かすら感じられる。

彼らはどういった関係なのだろう。

そういえばさっきゲームセンターに誘っていたような。

僕とヨウのみたいに幼馴染なのだろうか。聞いてみよう。

「ケンタ、大賀さんは幼馴染なの?」

「いや、彼女だよ。言ってなかったっけ」

その時僕の世界は一瞬止まった。

ケンタの発する言葉の意味が理解できなかった。

ディープなオタク層にもアクティブなリア充層にも馴染むことのできなかった僕らだったんじゃないのか。……ケンタは普通にどこの層とも仲よかったけど。

休み時間、放課後、休日。いろんなところへ行ったじゃないか。……ケンタは放課後は基本手に部活に行っていたけど。

あれ?もしかして僕ひとりぼっちなのかな、って、え⁉︎

急激に動き始める僕の世界。

僕をこの精神の呪縛から解き放ったのは自我の崩壊でもケンタの救いでもなかった。

それは刺し殺すような鋭い視線。

感情を全てを消し去った半月状の目。

そしてなによりも全てを飲み込むブラックホールの瞳。

ヨウはただ僕を見ているだけだった。

しかし、その威圧感はその場一帯を飲み込み沈黙が訪れた。

ヨウから視線を少しそらし大賀さんの方を見る。

彼女の全身は先ほどとは比べものにならないくらい震え、怯えた目をしてケンタに隠れるようにひっついていた。

ケンタはそんな彼女を守るように背中に手を回し、僕になんとかしろと言わんばかりの視線を送ってくる。

そんな彼の検討も虚しく、威圧感はさらに増す。

視線を戻すとヨウの周りにはドス黒い黒色のオーラが見えそうだった。

原因はあれだろうか。

ヨウがヤンデレ化しているという事が自分自身でまだしっかりと把握しきれていなかった。

自分で蒔いた種は自分でなんとかしないと。

泥沼のように重たい空気の中僕は口を開く。

「な、なあヨウ、ケンタ達はゲーセンに行くみたいだし、ぼ僕達もどっか行かないか。まだ昼前だし」

「テル、無理しなくていいよ。みさきちゃんと遊びたければ私なんてほっておいていってきたら」

即座にヨウから重たい返事が返ってくる。

ゆっくりとねっとりと発せられる言葉の一つ一つが銃弾のように心をえぐる。

しかしこれで原因は確定した。予想どうりだ。

僕がヨウ以外の女子と話したから、たった一つのシンプルな答えだった。

「……あんなヨウちゃんみたことない」

大賀さんの震える声が聞こえる。

僕はどうすればヨウを救えるだろうか。

一年会わない間に病んでしまった彼女を救うため僕は何ができるだろうか。

彼女は何を望み求めているんだ。

テル成分。

一つの単語が脳内をよぎる。

そうか、それでいいんだ。

僕が彼女にしてあげれることもたった一つしかないシンプルな答えだった。

思い立ったら体はもうすでに動き出していた。

僕は着ている薄手のブレザーを脱ぎそっと彼女の前に差し出した。

「あげる」

側から見れば一体何が起こっているのかわからないだろう。

実際ケンタ達は目を丸くしてこちらを眺めていた。

効果は抜群だった。

ヨウが差し出された制服を見るや否やあたりに立ち込めていた黒色のオーラと威圧感は消えた。

そしてヨウは迷うことなく僕の制服に頭からダイブした。

その勢いは凄まじく服を支える僕の手に重い負荷がかかる。

「はぁ、はぁ、はぁ」

顔をうずめたヨウの荒い息遣いが聞こえる。

耳や首筋など僕の確認できる肌がどんどん赤に染まっていく。

「すぅーー、はぁ、すぅーーー、はぁ、すぅぅーーーー、はぁ」

深呼吸が聞こえる。絶対に吸う量の方が多い気がするが気にしない。

僕にできることはこれだけだ。

そうこれしかできない。

でもこれでいい。

ヨウが幸せになればきっとヨウの不安定な気持ちは安定する。

そのために僕ができることがこれなら僕はそうしよう。

ただひたすらにテル成分とやらを補給しよう。

ヨウが正気に戻ったら、その時は……。

シリアスな考え事とは裏腹にヨウは僕の手の上に乗った制服を蹂躙している。

そう思った途端、ヨウは勢いよくバッと顔を上げた。

その瞳に闇はなく、瞳は綺麗な円を描き、肌は紅潮していた。

「……ひとまずテル成分補給完了」

誰に言うわけでもなく彼女はそう呟くと、こちらを見つめてこう言った。

「ゲームセンター行くわよ」

「うん」

ヨウがそれを望むなら僕はそれに従おう。

笑顔で席を立つヨウを追いかけるように僕も席を立ちあがる。

治療はまだ始まったばかりだ。

いつまた発症するかも分からない。

それでもいつかヨウが前みたいに心の底から笑ってくれる日が来たら、その時は、その時はこれまで溜めてきた想いを伝えよう。

強い日差しが差し込む中、僕たちは二人笑顔で教室を後にした。




「僕たちも行く?」

「う、うん」

取り残された教室でケンタとみさきは戸惑いながらも彼らの後に続いた。

この微妙は空気は学校を出てもしばらく消えなかったらしい。

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