●第1章 瑠璃色の乙女 ~2話 冒険者ギルド
「おはようございます。フェインさん」
「ああ……おはよう。えっと~、ニモカさん?」
酒場の看板娘であるニモカは2階にある宿屋から酒場に続く階段を降りてきたフェインへ笑顔で挨拶をした。窓から零れた日の光がモニカの淡い栗色の髪をキラキラと輝かせている。
フェインは軽く挨拶を返し、眠そうな目を擦りながら、酒場の席についた。
朝の酒場は夜の喧騒が嘘のようにシンとしている。意外にも酒精の匂いはせずにどこか澄んだ空気がするのはモニカの清掃の賜物だろう。
「朝食のセットをひとつ」
「はい。わかりました。朝食セットですね」
ニモカはクスリと笑い自分の頭を指さす。
「フェインさん。寝ぐせ、ついてますよ」
厨房へ向かい、「おとーさーん。朝食セットひとつね~」と注文を伝えるとすぐにフェインのテーブルに戻ってきた。
コトリとニモカはコップを置く。クリクリとした大きな目にほんのりとソバカスがある可愛らしい笑顔が眩しい。
コップの中のミルクが揺れる。朝食のセットにミルクが付いていたかと首を捻るフェイン。
「これ昨日のお礼。サービスです」
「…………あ~。別に気にしなくてもいいのに。ありがとう。それじゃあ、頂くね」
フェインは手櫛で寝ぐせを直しながら、苦笑いを浮かべて礼を言う。
昨夜酒場でニモカにちょっかいを出した若い冒険者3人に、先輩冒険者として優しく指導したのである。
その時にお礼を言われ、お互い自己紹介を行ったのだが、酔っていたフェインは頬を赤くして少し熱のこもったニモカの視線に気が付くことは無く、すぐに部屋で寝てしまったのだ。
残念ながらフェインの春は遠そうである。
しばらくして出てきた朝食のセットでお腹を満たした後は、身支度を整えて冒険者ギルドに向かった。
「あ! フェインさ~ん」
冒険者ギルドにつくと馴染の受付嬢である獣人のラファがカウンターの向こうから元気よくブンブンと手を振る。手と一緒に長い耳が揺れている。同時に大きな胸も揺れていた、他の男性冒険者の視線を集めていた。
「おう。おはよう。どうした?」
「おはよございます。フェインさんが来たらギルド長が部屋に来るように言付かってます~」
「ガルドさんが?わかった。行ってくるよ。伝言ありがとう」
フェインは軽く手をあげてお礼を言うと、慣れた様子でギルド長の執務室がある2階に向かった。
ドアをノックすると、すぐに「おう。入れや」と野太い声で返事があった。
「失礼します。フェインです。」
部屋に入ると机で書類を睨んでいた男が顔をあげる。
「フェインか。ちょとそこで待ってろ」
しばらく書類と睨めっこをしていた男はフェインの座る応接用のソファーの向かい側に首を回して肩を揉みながら座る。
「お疲れですね。ガルドさん」
「ああ。最近めんどくせえことが多くてな」
グルーテン領セラリル交易都市。
そこにある冒険者ギルドのギルド長がガルドである。
元A級冒険者であり、60を過ぎて現役を引退した今にあっても2メートル近い身長と衰えることのない筋肉、隙の無い佇まいは、流石というべき迫力である。
何より、顔が怖い。
「フェイン。お前この街にきてどれくらいになる」
「セラリルに来てからですか?・・・・・あと少しで2年と半分ですね」
転生前の世界と異なり、1年が515日。
そこそこ長い間、この街で活動していることになる。
「結構なるな。もうこの街に馴染んだだろ?」
「ええ。まあ」
ガルドはスキンヘッドの頭を掻きながら少し身を乗り出す。
歴戦の冒険者らしく傷跡だらけの顔近づけてくる。
「どうだ。この機会にこのギルドで職員として働かねえか」
突然の申し出にフェインは驚きながら聞き返す。
「えっ。突然どうしたんです。ギルドの職員にですか?」
「おうよ。しっっかりと経験や知識がある冒険者で、更に文字の読み書きと算術ができる。これまでも時々ギルドを手伝ってもらったから、人柄だってわかってる。それに……」
「それに?」
「まあ、なんだ、あれだ、パーティー解散したんだろ?」
どうやらガルドは冒険者パーティーを解散したフェインを心配してくれているようであった。
顔は怖いが、情には熱い男なのだ。
2年ほど前、流行熱で職員が大勢休んだ時に冒険者ギルドを裏方として手伝ったのが切っ掛けでガルドとフェインは個人的に知り合った。その後も、現場を知っていて書類仕事ができる点が重宝されて、時折ガルドを直接手伝ったり、お互い酒が好きなため飲み仲間でもあった。
しばらく話をした後「すぐには決められねえだろうから、考えて返事してくれや」と言われフェインは部屋を後にした。
ガルドはソファーの背にもたれなが首を回す。
書類仕事で肩こりが酷いのだ。やはり自分は現場があっているんだが。
(それにしても、アイツは自分の価値がいまいち判ってねえんじゃねえか? 読み書きが出来て算術も完璧。依頼人やここの職員からの評判もいい。人脈も豊富そうだし、頭の回転も速けりゃ、教養も悪くない。いずれは俺の右腕になって欲しいんだがなあ)
そんなガルドの評価も知らずにフェインは「職員か? 給料は幾ら位なんだろ」と考えながら、1階に降りる。
冒険者ギルドにはランク・内容毎に掲示板があり、依頼が張り出される。ぼんやりとそれぞれの依頼を眺めていると、併設された休憩所の方から、少し困った様子の声が聞こえてきた。
掲示板を離れ、話をしている男たちの席に近づいて声を掛ける。
「よお。おまえら悪さしてねえだろうな」
「うお!! フェ、フェインの兄貴」
驚いた様子で、声を掛けたフェインに振り向いたのはD級冒険者パーティー『緑の旋風』。
彼らこそ何を隠そう、昨晩、酒場で優しく指導された男たちであった。
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