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●第1章 瑠璃色の乙女  ~1話 B級冒険者フェイン 

 ぐびりとエールを流し込む。


「…………おいしくない」


 フェインは誰にも聞こえないように小声で毒づいて、木製のジョッキをテーブルに置いた。


 安くて懐に優しいエールであったが、転生する前のキンキンに冷えたビールの味を知っているフェインにとっては、味もキレも喉ごしも何もかも物足りなかった。周囲ではおいしそうにエールを飲む客たちがある意味羨ましい。せめてぬるく無ければと思うが、エールに氷の魔法を使う魔術師などいない。


「お嬢さん。エールをもう一杯」


 酒場の看板娘であろう若い娘に右手を軽く上げて声を掛ける。


「はい! エールをおひとつですね」


 看板娘が弾むような声で注文を繰り返し、厨房に戻っていくのを見ながらため息をつく。




 フェインは異世界からの転生者である。



加賀真司(かが しんじ)


 それがこの世界に来る前の名前であった。


 それほど有名ではない大学を卒業した独身サラリーマン。ちょうど30歳の誕生日に事故にあったと思ったら、赤ん坊になっていた。おそらく死んでしまったのだろう。両親も真司が26歳の時に事故で無くなっているので2世代で事故死という悲しい偶然ではあるが、一人っ子で元の世界に悲しませる人が余りいないだろうというのが救いか。



「お待たせしました~! エールです」



 元気で笑顔がかわいらしい看板娘がエールをテーブルに置いた。



 新しいエールに口をつけるが、生ぬるい。ため息が零れる。


 フォークで刺した豚の腸詰を齧る。


「なんなんだろうな~」




 異世界に転生した加賀真司もといフェインは辺境にある小さな村で人族として生まれた。


 父親は村の警備隊の隊長。母親は村共同の畑で働く農婦。


 そんな二人の間でフェインは『神童』として育った。


 それも当然であろう。なにせ異世界の知識と大人の理性を持っていたのだから。


 けれど、残念ながらその後が続かなかったのだ。


 決して努力を怠ったわけではない。


 フェインは警備隊の隊長であるどこかひょうひょうとした父からは剣技を、元冒険者の膝に矢を受けて引退した道具屋のおちゃんからはこの世界で必要となる技能を、魔法が使える博識のロリ老婆であるハーフエルフの村長からは、魔法と知識を必死に学んだ。


 道具や武器、はたまた農耕などに元の世界の知識が活かせないか、色々と挑戦もしたのだが結果はついてこなかった。


 元はただのサラリーマンである。それ程に異世界で活かせる知識は持ち合わせていなかったのだ。


 それでも、15歳で村を出て、近くの街で冒険者になった時は順調であった。


 18歳でC級にランクが上がった時は、街の冒険者ギルドでは記録に残る速さでのランクアップだともてはやされた。


 見たことも無い植物や生き物たち。不思議な魔法や道具の数々。元の世界では考えられなかった身体能力。見事な剣や鎧。危険な魔獣に心躍る冒険。


 その時はただただこの世界が楽しかった。


 が、フェインの前には才能という名の壁が立ちふさがった。


 23歳でB級の冒険者になった。


 人族の年齢で見れば早いほうであったが、26歳の時に偶然街に立ち寄った一人のA級冒険者を目にして、フェインは乗り越えられない壁を理解してしまったのだ。相手の力を理解できる程には実力があったのである。


 しかもA級冒険者はフェインと同じ人族で年下であった。


 けれど、才能の壁にぶつかりながらも、フェインは腐ることはだけは無かった。



『紅鉄の戦牙』


 フェインが所属していた冒険者パーティーの名前である。


 19歳の時に仲の良かった同年代の冒険者達と立ちあげた。


 紅鉄にも戦牙にも特に意味は無かったが、仲間とあーだ、こーだと悩みながら考えた大切な名前であった。苦難を乗り越え、笑い合える仲間達がいたからこそ、がむしゃらに冒険者として突き進むことができたのだ。


けれど――――



「あ~あ。まじかよ~。これからどうするか……はあ~」



 エールの酒精で顔を赤くしたフェインはテーブルに突っ伏した。拗ねているのだ。それには理由があった。



 3日前に『紅鉄の戦牙』は解散したのである。


「う~。俺を置いていきやがって~。あんちきしょうめ~」


 涙を浮かべて寂しそうにつぶやくが、仲間が死んだわけでも、裏切って別のパーティーに行った訳ではない。


 なんとフェインを除く他の3人の仲間がそれぞれ結婚したのである。同じメンバーの剣士のロスリックと魔法使いのエルラ、そして弓使いのガリンは街の食事処の娘と。同じタイミングでだ!祝いの金が飛んでいきやがった!!


「う~。くそ~」


 突っ伏したままエールの入った木製のコップを手に取り、顔だけをあげる。


 赤い顔をあげた先、木の格子がはめられたの窓からは青い月が覗いている。


「おまえら、絶対に幸せになれよ。こんちくしょ~。そして…………俺30歳おめでとう」


 フェインは月に向かってジョッキを掲げてひとり乾杯した。



 ただただ月は何も言わず、青く優しくそこにあった。


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