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●第2章 悪意と乙女  ~5話 歩く法の書said


「それで、これから何をしようというのかな~」


 糸のような細い目のホルスは楽しそうな声色でフェインに尋ねる。


 なぜなら、目の前の光景がすでに突飛で面白いのだ。


 宿屋の一室には3脚の丸椅子が並び、布をマントの様に巻いた3人の少女がちょこんと座っている。背の高い椅子に3人共同じように足をぶらぶらしている様子にクスッと笑ってしまう。緊張した様子の3人の少女たちが、A級冒険者『瑠璃色の乙女』だとは、その容姿だけでは全く分からない。


 匿っているククルフィールも見た目だけならば幼いエルフの少女であった。


 まあ、そのうちに宿る強大な魔素が、ただの少女達ではないことを物語っているのだが。




 テーブルの上には砕かれて、粉になった鉱石や、潰された草花、果物、よくわからない色取り取りな液体が瓶に入れられて並べられている。


 エプロンをしたフェインが腕を組んで宣言する。


「では、これから化粧、まあ特殊メイクをしていくぞ!!」


「「お、おー?」」


 フェインはガチガチの『瑠璃色の乙女』に告げるが、3人はよく意味が分かっていないようすである。


(ケショウって何なのかな? とくしゅめいくて何かの魔法かな~?)



 エプロン姿のフェインは不思議そうな表情を浮かべる3人の少女プラス1名の性別不明者に苦笑いを浮かべた。意外とエプロンが似合っている。


「今日はそこまで手の込んだことはしないから安心しろ」


 この世界には化粧という概念がほとんどない。祝い事の際に女性が紅を少し塗るくることはあるが、皆すっぴんなのだ。


 そして、すっぴんでも整った顔立ちが多い。美男子が美女が美少年が美少女が盛りだくさん。


 まさに異世界クオリティーである。








「よし! これで、完了だ」


 フェインは一仕事やり終えた、いい笑顔で額の汗を拭った。


「どうなったのかな~。楽し――――」


 ホルスは絶句した。


 どの様な魔法、いや呪いを掛けられたのか、生気に溢れていた少女たちの

顔は疲れ果て、それぞれに個性的で可愛らしかった目には隈ができている。


 鏡を見せられた少女たちもギャーと楽しそうに叫んでいた。


(いったい……どうやったらこんなことが)


 ホルスは細い目をさらに細めて思案する。





 数日後、マルタリオ商会に向かうということで、第2回目の化粧会が開かれた。


「…………」


 ホルスは軽口を叩くことなく、ジッと手を動かすフェインを観察する。


 前回化粧についてフェインに質問したホルスではあるが、フェインからは「まあ、昔仕事で、顔に絵を描く感じですかね」とはっきりしない返事が返ってくるだけであったのだ。


「よし、いい出来だぞ。完了だぞ」


 ホルスは意を決して少女たちの顔を覗き込んで、「ひっ」と声を出した。


 前回よりも酷い顔をした少女たち。


 何か本当に悪い病気に掛かてしまったのではと心配してしまう程の変わりようであった。顔色悪く肌はかさつき、まるで幽鬼の様子。ひどい。


「…………」


 少女たちも今回は流石に自分の姿に引いてしまった様子である。唯一フェインのみが満足そうに「演技指導もするからな~」といい笑顔であった。それ程の会心の出来である。





 少女たちの変わりようを確認したホルスはそっと宿屋を抜け出すと、街外れの食堂に入る。


 幾つかの料理を頼んでしばらくすると、ホルスの座る向かいに中年の女性が迷うことなく腰をおろした。ホルスは世間話でもするように中年女性に話しかける。


「ネネルちゃん。例のアレどうだったかな~」


 ネネルちゃんと呼ばれた中年の女性は、嫌な顔を隠すことなく、吐き捨てるように言う。


「ありゃ、酷い代物だよ。あれを人間に、あんな女の子に飲ませようなんて、外道の所業だよ」


「やっぱりな~」


「確かに魔素に反応して、身体能力や反射速度なんかは向上するだろうよ。でも普通の人間なら、ひと瓶で廃人確定って代物さ。A級冒険者のあの子達であったとしても、数本飲んでしまえば、中毒まっしぐらだよ」


 怒りのこもった言葉を吐くネネル。それ程に酷い代物であった。


 ホルスは「あんまり、怒ると皺が増えるよ」と失礼なセリフを吐くと同時に店員が料理を運んでくる。


「まあ、相手さんには、きちんと法の下に責任をとってもらうよ」


 料理をものすごい速さで口に運びながらホルスは話を続ける。


「ところで、あの子達の顔見たかな~」


「ああ、あれは凄かったね。けど本当に大丈夫なんだろうね。あの子たちの顔、どう見てもアレを飲んでしまった風にしか見えなかったよ」


遠見の魔法でフェイン達を監視していたネネルは苦笑いしながらも感心した口調だ。


「あはは。確かにね~。私もちょと不安になるくらい凄いよね。うん、やっぱりウチに欲しい人材だよな~」


「ウチにかい? まあおもしろい青年だとは思うがね」


 青年っていうには少し年かな~と失礼な発言をした後、ホルスは小声で、食堂の隅の揺らめく影にだけ聞こえるように呟く。


「安心していいよ~。無理やり仲間になんてしないから。嫌われたくないからね~。何にもしないよ。彼が敵に、法の道を外れない限りはね。私たち歩く法の書は法を守るのがお仕事だからね~」


 食堂の影はゆらりとその存在を消す。


「今のは何だい?」


「フェイン君のお友達だよ。たぶんフェイン君が情報取集をお願いしている人じゃないかな。彼を心配して私たちの様子を窺っていたんだと思うよ~監視とかしてるからね」



揺らめく影が、いつの間にか人の形に浮かび上がった。


『夜の白霧』は食堂から少し離れた所で汗を拭いて、呼吸を整える。


(フェイン様もお人が悪い。法の書なんて、またとんでもないご友人をお持ちで)





『歩く法の書』またはただ『法の書』と呼ばれる彼らは、国王より直々に法の執行権を戴く、法の守護者であり、政治の腐敗を打ち払う役目を持った者たちである。


 構成数や詳細なメンバー、その実力は不明であるが、活動範囲は広く、また貴族のみならず、王族すらも裁く権利と力を持っている。


 本来ならば知り合うことすらままならない組織ではあるが、『マグザ魔草』関係でフェインとホルスは知己を結んでいたのであった。


(まあ、私がフェイン君の才能に目を付けただけなんだけどね)


ホルスは皿に残ったソースをパンできれいに掬い取り平らげた。



 第3回目の化粧会の日。


 ホルスはフェインにお願いされていた道具を準備していた。


 この世界では、強力な犯罪者を拘束する際に使用するか、特殊な性癖があるモノたちが使う道具であった。


 元の世界でも同じではあるが。


「助かる。ホルスさん」


 細い目で分かりにくいがジト目で見つめるホルスから、フェインは、元の世界でいうところの手錠とボールギャグ、いわゆる口枷を受け取った。



「よ~し。今日はたぶん仕上げに入るからな。『瑠璃色の乙女』の皆も、ホルスさんもよろしくな」



 そして3度目の化粧と悪意退治が幕を開けた。








「さすがに! これは酷いな!!! フェイン君!!!!」


 化粧の出来を見てホルス叫び、鏡を見ながら乙女達は怯えて少し泣いていた。


 しかし、彼女たちの悲劇はまだ始まったばかりであった。







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