●第2章 悪意と乙女 ~2話 計画の終了
再び、瑠璃色の乙女の面々がマルタリオ商会を訪問してくるのに時間は掛からなかった。
「おや。どうされましたか。皆さま」
マルタリオは人の好い笑顔で瑠璃色の乙女を迎え入れた。
「ああ……。す、すまない………………実は先日頂いたポーションなのだが」
言い淀むシルファは落ち着かない様子で視線を泳がしながら呟く。
光沢の無い髪にこけた頬。健康的で白くきめ細かな肌は、今はどこかくすんでかさついていた。
「ポーションがどうされましたか?」
一方瑠璃色の乙女と異なりニコニコと血色の良いマルタリオは、なんと素晴らしいと笑みを深くする。
「その、つ、都合を……つけて頂けぬだろうか」
少しの時間も待てないと、上目遣いに媚びるように見つめる瞳はギラギラと異様な熱を帯びている。
「ええ。かまいませんよ。今回までは特別にご用意しましょう。しかしながら特製のポーションのなので、数に限りが御座います。次からはしっかりとお支払い頂けますでしょうか」
「か、構わない。早くポーションを!」
大事そうにポーションの入った革袋を抱えて速足で帰っていく瑠璃色の乙女達の姿を窓から眺めるマルタリオ。
(自由に使えるA級冒険者が手に入れば、怖いものなどありません。それに美しい少女たちです。色々な事にも使えるでしょう。ああ、本当に素晴らしい!)
「次で手に入れましょうか」と呟いて窓から離れる。
計画の終わりは近い。
そしてついに計画の最終段階。その日がやってきた。
汚れて少し異臭のする衣類に身を包んだ『瑠璃色の乙女』を前に、わざと不機嫌な蔑むような表情をしてみせるマルタリオ。けれどもその心中は暗い快感に支配されている。
「私も忙しい身でしてね。このように何度も来られましても、困ってしまいますのですが」
「も、も、申し訳ない。だが、どうしてもポーションが欲しいのだ」
「ん。はあ、はあ。ひ、必要」
「お願いしますわ。アレを、アレが無いと。……さ、寒いのですわ」
誰が見てみても尋常な様子ではない3人。それはまるで飢えてやせ細った狼、いや豚であった。
「そうですか。では、対価は頂きましょう」
愉悦に溢れる心情とは異なり、うんざりした表情のマルタリオが金額を伝えると、3人は驚きの声をあげる。
「そんな!! ただでさえ貴殿に借金があるのに。そんな金額払えるはずがない」
荒れた手で顔を覆うシルファの歯がカチカチと音を鳴らす。他の二人も充血した目を見開いている。
(いよいよですねえ)
「では、商談は不成立ということで……。と言いたいところですが」
マルタリオを3人の前に獣皮紙を差し出した。
「こちらにサインを頂けましたら、ええ、ええ、皆様を私の仲間として無料でポーションを差し上げましょう」
3人は差し出された契約書を手に取り眺める。
裏側には契約の魔法陣。
「――――つまり、マルタリオさんの命令に対して逆らわず、そして傷つけることを禁止するという内容でよろしいのでしょうか」
エリメラが契約書の内容を確認する。
「はい。そうですよ。その内容を守るだけでよいのです」
「ん。サイン……する」
表情を無くし、けれども狂気が見え隠れする瞳で契約書を眺めていたモモは躊躇うことなくサインを行い、そして次にシルファがペンを取った。
「し、シルファ。い、いいんですの?」
エリメラはカタカタと震えながらシルファに問う。
「ポーションが、あのポーションが手に入るのだぞ」
顔色悪くやつれた中に、どこか恍惚の表情を浮かべてシルファが答えた。そして、同時にエリメラも震える手を何とか押さえてサインを行う。
「素晴らしい!!」
マルタリオはサインを確認すると、目尻を下げて大事そうに懐にしまった。
「ところで、マルタリオさん。本当にあのポーションはあるのだろうな。特別制で数に限りがあるといっていたが」
「マルタリオ様です」
「え?」
「マルタリオ様と呼びなさい」
突然優し気な笑顔から、醜く歪んだ笑みを浮かべるマルタリオに、シルファ、モモ、エリメラは息を呑む。急な変化に理解できない。
「いったい、何を突然――」
「ポーションが欲しいのでしょう。ならば従いなさい」
「……そ、そんな。わ、わたくしたちは」
「契約を破棄しましょうか。そうなれば二度とポーションは手に入りませんよ。私は構いませんが」
室内に重たく澱んだ空気が流れる。
聞こえるのは荒い呼吸音。歯が噛み合う音。そしてカタカタと膝を揺する音。ぼそりと呟いた言葉。「マルタリオ様」と誰かが言った。ついに悪魔の誘惑に屈してしまったのだ。
「は…………はい。ま、マルタリオ様。それでポーションは」
マルタリオは満足そうに頷いた。
これでA級冒険者を手に入れるという計画が身を結んだのだ。
「いいでしょう。私も今日は気分がとても良い。ついてきなさい」
商店からマルタリオの屋敷に移動した3人は、マルタリオの書斎に案内された。
「ここに、ポーションがあるのですか」
焦れる三人の様子を気にすることも、問いに答える事もなく、無言でマルタリオは部屋の壁に掛かっている大きな飾りに力を掛けると重たい音と共に部屋の壁が動き出す。仕掛け扉だ。
マルタリオは大げさな動作で手を広げていざなう。
「それでは、参りましょう。ようこそ!! 楽園へ」
時は数日前に遡る。
バルバリア城塞都市の地下に造られた小さな酒場。
フェインの元の世界ではBARといったほうが近い。
「ダメ、だったか」
フェインは手にした紙切れを一目すると呟いた。
カウンター席に座るフェインの目の前には琥珀色のお酒の入ったグラスがあるが、今だ口をつけることなく放置されている。
A級冒険者『瑠璃色の乙女』のメンバーであるククルフィールの葬儀が今日行われたのだ。
当然フェインが参加することなどできなかった。
「あの子たちは、大丈夫だろうか」
つい零れてしまう。不安に彩られた言葉をフェインが呟くと同時に、酒場の入口の扉に付けられたベルが来客を告げた。
「いや~、酷い雨だぞ。すまないが、店主何か衣類を拭く布はないかい?」
酷い雨に降られたとは思えない、明るく陽気な声で来店した客は、濡れたマントを脱ぐと、店員から受け取った布で雨を拭ってマント掛けに掛ける。
灰色の少し長い髪すこし濡れている、糸のような細い目の客。ニコニコと笑顔を崩さないがどこか嘘くさい。
「お客様、おひとり様で――――」
「いやいや、待ち人がいてね~。ああ、そこ、そこなんだ」
目ざとくフェインを見つけた客は軽い足取りで右隣も席に腰を下ろす。
「久しぶりだね~。フェイン君」
「申し訳ないな。呼び出しってしまって。ホルスさん」
フェインにホルスと呼ばれた人物は「ホルスでいいよ。僕と君との仲じゃないか~」と言いながら、フェインと同じお酒を注文した。
「なんたって、フェイン君からのお願いだからね~。王都からだろうが、大雨だろうが、馬を飛ばして会いにくるよ~」
糸のように細い目をさらに細くして笑顔のホルスはニンマリと笑う。まるで喜劇使用される仮面の様だとフェインは思う。
「いや。本当に申し訳ない」
ニコニコともニヤニヤともつかない笑顔でホルスは話し続ける。ある意味ここまで表情が変わらないのも凄い。
「それにしても、バルバリアに来ていたんだね。てっきりセラリルで活動しているかと思っていたよ~。ああ、でも紅鉄の戦牙は解散したんだよね。今度3人にあったら、おめでとうと伝えておいてよ」
一体なぜ『紅鉄の戦牙』の解散について知っているのかと一瞬疑問に思ったが、同時にホルスなら当然か、と納得もする。
「ええ。伝えておきます」
「よろしくね~」
ホルスは店主がカウンターに置いたお酒をちびりと舐めた。
「それで~。ただ世間話をするために呼んだわけじゃないよね~。それでもいいんだけどね~。あ~もしかしてソロになったから引き抜きの誘いに乗ってくれる感じ? えっ、うそもしかして夜のお誘いとか」
「いえ。まだ冒険者を続けるつもりなので、引き抜きには答えられないんだがな。夜のお誘いも同じだ。」
「ぶ~」
ホルスとは、そこそこ長い付き合いになるが、声も容姿も中世的で男性か女性か不明で年齢も不詳なのだ。どこにでもいる男性にも見えることがあれば、振り返りたくなる美女に見えることもある。時にはフェインと同年代にも、年下の若者にも見える。
「じゃあ、何なのよ~」
「これを」
布に包んだソレをカウンターの上に置いた。
「も、もしかして、結婚ネックレ――――」
フェインはホルスの言葉を無視して布をめくった。
「ス……って、何これ、お菓子?」
カウンターの上、包まれていた布の中から出てきたのは2本の細長い形のきつね色をしたブロック状の食べ物で1本は少し齧った跡があった。
カロリーメイ〇トに似た、フェインが初めて『瑠璃色の乙女』から貰った食料である。
「まあ、一口食べて見てくれ」
「なになのかな~。パクリ」
わざわざパクリと口に出してホルスが齧る。今日はどうやら陽気であざとい女性のようだ。
「もぐもぐもぐ………………ぺっ!!」
もごもごと口を動かしていたホルスだが、すぐに吐き出すと、これまでとは異なる鋭い目つきでフェインを見つめてきた。がすぐに元の笑顔の仮面をかぶる。
「なるほどね~。確かに私を呼ぶわけだね~。所でフェイン君」
「何だ?」
「君の隣に座っているお連れさんをね~、そろそろ紹介してほしいんだけど」
フェインの左隣に座っている、果汁水をジョッキで飲んでいるフードを被った人物。
目の前には空のジョッキが大量に並んでいる。
「そうだな。そのお菓子と関係して、実はホルスさんにお願いしたいことがあってだな」
「なんだい?」
「彼女を少し匿ってくれないか」
「ふ~ん」
ホルスに見られていることに、気が付いたのか果汁水のジョッキを置いて、フードをわずかに捲る。
「僕は――」
剣の様に尖った耳が見える。
「A級冒険者瑠璃色の乙女のククルフィールです」
本日葬儀が行われたはずの、死人がそこにいた。




