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●第2章 悪意と乙女  ~1話 思惑

 陰鬱な空から零れ落ちる雨粒は、次第に勢いを増していく。


(まるで……泣いているようですわね)


 雨のベールによって世界は薄っすらと白く染まり、雨音によって周囲の雑音はかき消されていく。


(冷たい……雨)


 エリメラは右隣に佇むシルファに視線を向ける。


 自分より遥かに背の低い、幼い顔立ちのリーダーでもある少女は、けれども俯きエリメラからその表情を窺うことはできない。


(シルファ……)


 顔をあげることなくただ小さな肩を震わせている。



 エリメラの左隣りでは、モモが静かにまっすぐ前を見つめていた。


 いつも気だるげで、それでいて魅力的な瞳には何の感情も表すことはない。


(モモ……)


 雨によって体温を奪われただけではないのだろう。強く握りしめられた手は血の気が失せて白くなっていた。


 エリメラはひとり灰色の空を見上げる。金の美しい髪が雨によって重たく肌に張り付き、頬を濡らすのは果たして雨の雫だけなのか。



 雨の勢いは更に強まり、最初は十数人いた他の人々も帰宅の途に就いていった。


 けれどもシルファ、モモ、エリメラはその場から動こうとはしない。


 エリメラはそっとシルファとモモの体温の奪われた手を取った。


(ああ……わたくし達は……こんなにも弱い)


 彼女たちの腕には葬儀の際に使用される黒い巻かれている。



 そして目の前の地面に建つ石の板。


『瑠璃色の乙女 冒険者 ククルフィール この地に眠る』



 闇夜と混じり見えない雨が彼女たちを包み込む。


 いつまでも。


 いつまでも。







 同日の夜、ある屋敷の一室。


 室内は様々な魔道具によって明るく快適に整えられており、一級品の家具達が絢爛に色を添え、そこにどれだけのお金がかかっているのか伺いしれない。


 そして豪華な造りの椅子に座る屋敷の主である男と、その男の前に膝をついてをする男が話をしていた。


「――――ということで、A級冒険者のククルフィールは死亡した模様です」


 どこか卑屈な雰囲気の男が遠見の魔法で見てきたことを、陰鬱な声色で静かに主に向かい報告する。



 報告を受けた、椅子に座っている中年の男は、整えられた顎髭に手をやりながら、悲しそうに顔を歪めた。


「そうですか、何とも痛ましいことです。前途ある若者が命を散らすというのは」



 上質な衣類に身を包み、嫌味な程に高価な貴金属を纏った男は、大げさな身振りで少女の死を嘆いて呟いた。


「ねえ、ラナガ。愛しい大切な駒が減ってしまったではありませんか」


 卑屈な雰囲気の男、ラナガは身を震わせる。


 ラナガの主である男は悲しそうな表情、身振り、声色をしているが、その瞳に悲しみの色はなく、ただ冷たく暗い色に濁っている。


「マルタリオ様、次はいかがいたしましょうか」


「そうですね。……しばらくは何もしなくて結構です。彼女たちの食料も底をついているでしょうし、向こうからこちらに来るでしょう。それよりも、ポーションを用意しておいてください」


「ポーションを……でしょうか」


「ええ。そろそろいいでしょう。大切な仲間を失った彼女たちですからね。彼女たちの心を私が救って差し上げましょう」


 屋敷の主であるマルタリオ先ほどの悲しそうな表情からは一転してニンマリと笑う。舞台役者の様に両手を広げて大げさな仕草。


 マルタリオの冷たく暗い瞳が愉悦に揺らめいた。



 

 


 まるで神に愛されたかのように、マルタリオの計画は順調に進んだ。


「大旦那様。瑠璃色の乙女の皆様がいらしゃいました」


 翌々日には、マルタリオの元に店の従業員から『瑠璃色の乙女』来店の報告がなされたのだ。


 運命の歯車は滞ることなく、マルタリオの望むように回っていく。



『マルタリオ商会』


 武器や道具、一般の生活用品まで手広く扱う、新興ではあるが勢いのある大商店であり、その影響力は下級貴族では相手にならないほどである。そして、常に黒い噂が絶えない。




「この度は……誠に残念です。……何もお力になることが出来ず…………ただただこの身の無力に打ちひしがれる思いに御座います」


 見ただけで高級品だと分かる、滑らかな光沢を放つソファーに座ったシルファ、モモ、エリメラに向かいマルタリオは然も悲しそうに顔を歪めて頭を下げた。その姿は、心から無念に震えている様にも見える。


 けれども伏せたその目は3人の少女をそっと観察していた。


(なんとも、なんとも痛ましいではありませんか…………素晴らしい!)


 心の中で喜びの声をあげるマルタリオとは異なり、視線の先にいる『瑠璃色の乙女』の面々は酷い有様であった。


 悄然と疲れ切った表情に、眠れていないのか皆、虚ろな目の下には濃い隈ができている。


「冒険者はいつ命を失うかわからない職業。けれどそのお言葉ククルフィールにも届けておく。感謝する」


 覇気のない声でシルファが頭を下げると残りの二人もそれに続いた。


「頭をあげてください。依頼品は無事受けてりましたが、マグザ魔草は手に入らなかったご様子。本当に力になれませんで――――」


「マルタリオ殿からマグザ魔草について情報を頂いておきながら、探せなかったのは我々の力不足。貴殿が頭を下げる必要などありますまい」


「そう言って頂けるのであれば……」




 お金や次の依頼についてなど、必要な話も終わったが、シルファ達は中々帰ろうとはしない。


 その様子を見てマルタリオは自分の計画が最終段階に進んでいることを実感した。


「どうなされましたかな。皆さん」


「いや。あの、いつもの――――」


「ああ。すみません。私としたことが」


 マルタリオはベルで従業員を呼ぶと、耳打ちをすると、すぐに従業員は革袋を2つ持ってきた。


「では、まずこれを」


 シルファは少し震える手で革袋を受け取ると、大事そうに胸に抱きしめる。モモとエリメラの視線も革袋に注がれている。


「あとは、こちらをどうぞ」


「これは?」


 人の好い笑顔でマルタリオは答える。


「特製のポーションに御座います。ぜひ皆様のお役に立てて頂ければ幸いです」




 マルタリオの計画は順調に進んでいくのであった。

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