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第1章⑧

 ドアを開けると、入店を伝えるウェルカムベルが申し訳程度に鳴り響く。

 店内を照らす暖色系の灯りの下には、こじんまりとしたバーカウンターとボックスの席が三つ。

 客は二人しかおらず、各々離れた場所で静かに酒を飲んでいるようだった。

「いらっしゃ~い。どうぞ~」

 入り口でまごついていると、カウンターの向こう側にいた五十代くらいの派手目な格好をした女性がそれに気づき、手招きをしてきた。

 浅川は少し迷ったが、静かにドアを閉めると、促されるようにカウンターの一席に座った。

「ご新規さまね。ようこそ~」

 いわゆる、スナックの『ママ』が、酒焼けした声とともに、おしぼりを差し出してくる。

「何にします?」

 効きの悪い冷房が肌を撫でる中、浅川は手を拭きながら、とりあえず馴染みがあるビールを一杯頼んだ。

 壁際のスピーカーからは聞き慣れない演歌が流れ、垂れ下がるカラフルなガラス装飾が、昭和調な店内の天井をきらびやかに彩る。

 慣れない空間……。それに伴う居心地の悪さを消し去るように、浅川はカウンター越しに出されたビールを一気で飲み干した。

「若いのに、いい飲みっぷりねえ~。惚れ惚れしちゃうわあ」

 ママがパチパチと手を叩く。

 お世辞だろうと思っても、褒められると、なんだか自分が認められたような気分になってくる。

「お代わりは如何?」

「……オススメは?」

「そうねえ……これなんてどうかしら? ドリーマーっていう名前のウイスキー。なかなか度数が高いんだけど、おいしいわよ~」

 酒が得意というわけではない浅川だったが、今のメンタル状況ならば、どんなものでも飲める気がした。

「じゃあ、それを」

「ロックでいい?」

「……おまかせで」

 にこりと目尻に深い皺を寄せたママによって、ウイスキーが作られる。

 大きく割られた氷がカラリとグラスに響き、重厚感あるボトルから飴色の液体が注がれる。

「はい、どうぞ~」

 かき混ぜられたグラスの中では、氷とウイスキーがダンスを踊るようにゆらりと渦を巻く。それを口元に近付ければ、蠱惑こわく的な香りが鼻に抜けた。

「…………」

 浅川は臆す気持ちを振り払い、口をつける。含んだときは凍りそうなほどに冷たい液体だったにも関わらず、嚥下した瞬間から燃え上がるような感覚が、臓器に染み渡っていく。

 初めて体験する度数の高さ。思わずえづきそうになりながらも、一気に飲み干した。

「ぷはあっ!」

 大きく息を吐くと、どうだといわんばかりに氷だけとなったグラスをカウンターテーブルに置く。

 その後も、一段と機嫌を良くしたママに勧められるまま、浅川は酒を飲み続けると、一時間もしないうちにすっかり出来上がってしまったのだった。

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