第1章⑦
「とはいえ……」
ゴールを決めるなんて大口叩いてみたものの、現状の苦しい状況は変わらない。
選手としての評価が一日の練習だけで決まらないということはよく言われるが、それは逆にレギュラーとサブの関係性も、簡単にはひっくり返すことが出来ないということだ。
とりわけ浅川は3年目でリーグ戦ノーゴール。肩身の狭い状態である。
――そのあたりは、きっと圭人だって気づいているだろうな。
通常、新人選手は2年から3年契約だ。それに違わずというべきか、今季で浅川の契約も切れる。今の成績で来シーズンも契約を更新してもらえる可能性は、低いと言わざるを得ないだろう。
目に見える結果を出せなければ、最悪、『クビ』だ。
仮にそうなったとしても、J3やJFLという下のカテゴリーにレベルを落とせば拾ってくれるクラブもあるかもしれない。だが、そこから再び這い上がった選手など、ほとんど聞いたことが無い。これでは、お互いがJ1のピッチで戦うなんて、夢のまた夢。
――もちろん圭人なら、病気が治れば充分可能性はある。けど俺は?
病気どころか、怪我すらしていないのに、J2のベンチに食い込むのが精一杯……ベンチ外だって珍しくない。今や残りの契約期間を待つ身だ。それを思うと、途端にやるせなくなる。
車に戻った浅川は運転席のシートにもたれかかると、沈み始めた太陽の眩しさに目頭を押さえた。日除けのサンシェードを下ろし、エアコンの風が車内に行き渡るまでの時間つぶしに、携帯を操作し、何気なくネットの掲示板にアクセスする。
サッカー板にあるマッドスターズのスレッドを開いてみると、想像通り、チーム状況への憤懣で溢れていた。
それをスクロールしていった中で見つけた浅川に関する書き込みは、たったの一つ。
『決定力のあるFW求む! ……浅川? だれそれ?』
なんとも辛辣なコメントだった。
蝋燭の火を吹き消すかのような、姿の見えない暴言……。
「ちっ……」
見るんじゃなかったと後悔しつつ携帯をポケットへしまうが、そのショックは中々離れなかった。
病院の敷地を出た浅川は、繁華街の有料立体駐車場に車を移動させると、そこから裏手通りを歩いて飲み屋を探した。明日はオフ。頭の中のネガティブな葛藤や嫌な記憶を、今のうちに消し去っておきたいと思ったのだ。
けれど、幾分まだ早い時刻ということもあってか、目ぼしい店には『準備中』の札ばかり。
元々酒を飲む習慣もそれほどなく、行きつけの店があったわけでも無かった浅川は、目的地も決めずうろついているうちに、薄暗い路地へと迷い込んでしまう。
壁には怪しげな広告がびっしりと貼り付けられ、ビールケースなどが無造作に転がっている。
――……なんか、変なとこ来ちまったかも。
こんなところに飲み屋なんて……。
そう思い、諦めて戻ろうかというとき――、枝分かれした道の一つを曲がった先に、看板の電飾が光る、レトロなスナックを見つけたのだった。