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第5章⑫

 練習試合の相手は、地元の大学生チーム。三十分×三本という変則マッチのゲームで選手の入れ替えも自由。ゴールキーパーは一本、三十分ずつで交代し、フィールドプレイヤーは四十五分前後で適宜交代していくと決まった。監督からの主立った指示はこれといって無し。闘争本能を呼び起すためのゲームにしようという考えを前日のミーティングで交わしていたため、保守的にならず、各々が声を出しながらベストなプレーをしていこうという考えを持って、試合に臨んだ。

 キャンプ中ということで全体的に動きが重くても、相手は学生。序盤からフィジカルの強さや、展開の読みなどで随所に違いを見せつけた。とりわけ右サイドハーフに入った新加入の三島が輝きを見せていたのは、J1で長年やってきたプレイヤーとして流石といえた。対面していた背番号11の相手アタッカーはエースと思われ、中々にテクニックとスピードを持っていたが、三島の絶妙な対応がそれを満足に発揮させない。縦パスに対しては、いち早く反応することで、相手の進行ラインに身体を割り込ませ、ボールをタッチラインの外へ流させる。あるいは、味方サイドバックにケアをさせ、ルーズボール回収してキーパーへ戻させる。フェイントを織り交ぜた一対一のドリブルの仕掛けにもしっかりと対応し、相手が横を抜き去ろうとするところにスッと足首を出して、ボールだけを刈り取る。ファールにならない絶妙なディフェンス技術で、敵にとって思い通りのチャンスを作らせない。見かねた相手チームの監督から「もっとパスで崩せ!」と声が飛ぶと、サイドに張っていた11番は中央よりにポジションを取り始める。だがそれも、三島が中心となって隣接する味方選手たちにコーチングを飛ばし、緩んでいるスペースを素早く消していくことで安定感をキープして見せた。その姿は、とても加入したばかりの選手とは思えないくらいの存在感であり、浅川も舌を巻くものだった。攻撃でも、一たびチャンスを感じれば、迷い無く最前線まで駆け上がっていく。そんな動きがチームにリズムを作れば、一本目の三十分の間に、チームの中心的ストライカー、ラファエルが二ゴール、高村が一ゴールをしっかりとマークして、実力差を見せつけた。

 その後、マッドスターズは二本目の半ばでメンバーを八人程交代させた。主力の大半が下がり、次点と目される選手たちが入る。浅川の出番もここから。先発出場していた高村と入れ替わる形で、ツートップの右に入る。フォーメーションは慣れ親しんでいる4‐4‐2とはいえ、新シーズン一発目。交代で入った選手はフレッシュな新加入組に加え、昨シーズンはあまり出場出来なかった者などが多くいて、一本目と比べると、コンビネーションで精彩を欠く部分も多々あった。それでも今はそれぞれが持つストロングポイントをアピールしようと、各選手、積極的なプレーに余念がなかった。浅川もファーストタッチからシュートを狙っていく。

 すると二本目の二十九分、

 大村をベースとした中盤でのボール回しから、左サイドを崩すと、

 新加入のルーキー間曽が、相手陣内バックスタンド側の深めの位置からセンタリングをエリア内へ蹴りこむ。

 相手ディフェンスや浅川らが空中で競り合うと、逆サイドのペナルティエリア角付近にこぼれたボールを、これまた広島から新加入の相原が胸トラップで納め、相手がブロックに入るより前に、ハーフバウンドのボールを得意の左足で斜めに振り抜いて、弾丸シュートをゴールに叩き込む。

 流れが一方的になったこともあって、三本目はゴールラッシュになった。

 相原がペナルティエリア手前からのフリーキックを直接決めて自身二点目を取ると、その数分後には、左サイドバックに入っていた中橋が、バックスタンドのハーフウェーライン傍からクロスに蹴りこんだボールを浅川が中央で起点となって上手く落とし、二年目のミッドフィルダーである加藤がそれを足元で納めると、ツータッチで相手ディフェンスの間を通すショートパスを送る。それを乱れていたオフサイドラインの外側から走りこんで来た近藤が流れるように受ければ、キーパーとの一対一を右足インサイドで落ち着いて決める。残り時間三分を切った際には、カウンターの流れから、左のミッドフィルダーとしてピッチに入っていた水戸の新加入、山本が、バイタルエリアの手前からフリーの状態でミドルシュートを放ち、相手キーパーが弾いたところに浅川が詰め、零れ球を蹴り込む形でトドメのゴールをゲット。七対〇の大勝で試合を終えた――。

 浅川の出場時間はきっかり四十五分。最終ラインから中央でのポゼッションの時間が長く、ボールに触れる機会は多かったとはいえないが、得点には絡んだし、自分でもゴールを決めたことは、とりあえずの収穫といえた。出来は五十~六十点といったところだったが、ガムを使わなかったことを考えても、出だしとしては悪くないと思っていた。

 だが試合後、監督はあまり満足していなかったようで、ロッカールームで選手たちに苦言を呈した。

 確かにスコアは大勝といえた。ただ果たして、それでよいのかと。その大部分は、後半メンバーの試合の進め方にあったらしい。

 相手のプレスが緩かったからといって、安直なパス、トラップが多すぎるということ。ボールを奪われた後のファーストディフェンスも遅いと指摘された。

 点差がついたからといって隙を見せれば、一突きされる。たかが一点と思うな。勝負には流れがある。甘いプレーをすれば、勝利の神はあっという間に逃げていくぞ、と。

 だが浅川は、監督の言うことをあまり深く考えていなかった。この手の話はよくあることだから。おおかた、監督という立場から何かを指摘しなければならなかったため、重箱の隅をつついたというだけだろう。そんなふうに考えながら、タオルで汗を拭き、翌日のオフはどうしようかと心を飛ばしていた。

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