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第5章⑪

 開放感のある大きな窓。そこから差し込む朝日によって目を覚ました。四国の温暖な気候を一年通して作り出す燦燦たる太陽の光は、自然の目覚まし時計だ。機械的なベルの音がなくとも覚醒出来てしまうのは、精神面でも健康的だと思う。けれど、この日に待っていたのは清清しさではなく、不快感。理由は分かりきっている。少し身じろぎしただけで、身体の節々に奔る鈍痛せいだ。

 昨夜はこの展開を予測して、夕飯ではとにかく肉を食べていた。筋肉疲労には豚肉が有効だという知識があったので、バイキングメニューの中から豚肉を使っている料理――酢豚や角煮、豚汁など――を中心に選び、食後は風呂にもしっかり入ったし、トレーナーにもマッサージをしてもらった。それでもこのありさまだ。どこがどう痛いのかも判別出来ない。まさに全身筋肉痛。

 許されるのならばこの痛みが治まるまで眠っていたいが、まさかそんなことでキャンプをリタイアするわけにはいかないので、どうにか気合を込めてベッドから出ると、浅川は筋肉痛に対抗するような気持ちで身体を伸ばした。

 部屋を見渡せば、高村は既に起床していて、バスルームの洗面台で髭を剃っていた。

「あ~、イテテ……おはようございます、ゴウさん」

 肩を擦りながら声を掛ければ、高村はシェービングクリームのついた顔で鏡越しに返事をする。

「おはよう。寝癖凄いぞ」

「すんません……。それよりゴウさん、身体平気すか?」

 彼の平然とした所作を見て思わず訊ねれば、高村は僅かに鼻を鳴らし、「全然」と、笑みを浮かべて言う。しかしすぐさま自嘲気味になって――、

「…………なんてな。痛いにきまってるだろうが」

「マジっすか? 普通に見えるんすけど……」

「我慢してんだよ、これでも。後輩に情けねえとこ見せたくねーし」

 プライドなのだろが、練習中でもないのにそこまで意地を張らなくてもと、浅川は髪の毛がが不規則に跳ねた頭を掻く。

 一方、顔を洗い終えた高村は、首に掛けたタオルで滴る水を拭き取ると、こちらを振り返り、

「よっし、今日も張り切っていこうぜ」

 ニヤリと白い歯を見せた。


 キャンプ二日目のトレーニングは、ウォーミングアップの後に、五千メートル×二本の長距離走で始まった。ゴールキーパー陣を除いた全フィールドプレイヤーが、ピッチの外周のトラックを走る。

 今のところほとんどボールに触っておらず、フラストレーションが溜まってくるところだが、それでもクラブの方針として致し方ない部分があるのだ。

 サッカーチームには、テクニックやパスワークを重視するチームと、フィジカル系のトレーニングを重視するチームがあり、マッドスターズは後者だといえる。

 なぜそういうスタイルを取るかといえば、それぞれが持っている技術の差というのは、そう簡単に埋めることが出来ないからだ。強豪チームにいるスタープレイヤーというのは総じて努力もさることながら、強烈なセンスを持っている。それは嗅覚であったり、一瞬の身体の使い方。平凡な選手たちがその差を埋めようとしても、一朝一夕にはいかない。

 だからフィジカル系のトレーニングを重視する。ハードワークというのは地味でキツイが、スタミナはテクニックの差を手っ取り早くカバー出来る要素の一つだから。技術の低いチームが運動量でも負けていたら、勝負にならない。だからまず運動量で対抗することが、テクニックのある選手が集う強豪チームへ立ち向かうには堅実であり確実、ということだ。

 もちろんサッカーはマラソンじゃないから、常に走り続ける必要なんてないが、一試合トータルの走行距離は、各選手十キロ前後は走っている場合が多いので、それを加味してのメニューだった。

 長距離走の一本目は、ゴールした早さの順に、ABCと三つのランクで区切られ、二本目を走るというルール。Cランクだった選手はBランクを目指し、Bランクだった選手はAランクを目指して、チャレンジをしていく。この指標だけでチーム内の立場が決まるわけじゃないが、評価の一つになるので筋肉痛だからといって手を抜くわけには行かない。皆、ライバルたちに弱みを見せないよう、黙々と赤土色のトラック走った。因みにこの日、二本合計で一番速かったのは、ボランチを主戦場としている大村で、一本目を一位、二本目を二位でゴールし、持ち前の根性をアピールしていた。次点は新加入の三島で、一本目は三位、二本目は一位。ベテラン組がまだまだ健在だと言わんばかりの底力を見せた。そのほかの結果で言うと、笹木は一本目を全体の二位でゴールしたが、二本目は失速して七位となり、ブラジル人ストライカーのラファエルは、自身の分厚い肉体が枷となってか、案外遅くて下位グループのCランク。浅川は全体の十一番目でBランクだった。

 その後はバーベル上げやスクワットなどの筋力トレーニングもしっかりこなし、ひたすら身体作りに熱を入れると、午後からはようやくサッカースパイクに履き替え、ピッチ上でボールを使った練習に移った。五対五のミニゲームからセットプレー時の守備&攻撃の練習、コンビネーションの確認などを中心に約一時間半行い、二日目はトータルで四時間弱の練習をこなした。

 以降、マッドスターズは約一週間、午前はスタミナとフィジカル強化、午後は連携やパス、シュート練習というメニューを繰り返しながら、新シーズン初の対外試合を迎えることになった。

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