第1章⑤
練習試合を終えた浅川は、クラブハウスのシャワーで軽く汗を流すと、チームメイトへの挨拶やファンへの対応も早々に、荷物を持って駐車場に停めた車へと乗り込んだ。
九月に入って多少は風が心地よくなってきたといえど、まだまだ暑さは継続中だ。青々と茂った木々に張り付くセミたちも元気に鳴いている。
せっかく流した汗も、これではすぐに噴き出してきそうである。短髪がすぐに乾くところはありがたいのだが……。
浅川はギンギンに熱せられた蒸し暑い車内でエンジンを掛けると、シートに身体を預け、20度に設定したエアコンの冷房を強める。中古で買った型落ちのハイブリッド車は、心なしかアイドリングの雑音が大きくなっているようだった。
通風口から入ってきた冷たい風が車内の篭もった空気を入れ替えていく。それを待ちつつ助手席のダッシュボックスから取り出したCDをセットすると、浅川はジャズの渋い軽快な音楽と共に、流線型の青い車体をゆっくりと発進させた。
最初に向かったのは、国道沿いに建つステーキハウス『KENSIN』だ。土竜谷マッドスターズのメインスポンサーでもあるこのチェーン飲食店は、選手割引が使え、特定の料理をリーズナブルな値段で食べさせてくれるため、マッドスターズの選手達の多くが利用している店であった。
もちろん浅川も同様だ。
テーブル席に着くと、店員を呼んでいつものステーキセットを頼む。
店内の柱にはマッドスターズのポスターが貼ってあるが、そこに浅川の姿はない。ユニフォームに身を包んだ全体写真は、シーズン中の活躍が期待されている主要選手のみだからだ。壁には各選手の目標が書かれたサイン色紙なんかも飾ってあるが、浅川のサインは端のほう。観葉植物の陰に隠れてしまっている。
「おまたせしましたっ。ステーキセットです」
携帯を弄りながら待っていると、注文した料理がアルバイトの女の子によって届けられる。
「鉄板が熱いのでお気をつけ下さい」
「どうも」
浅川はナイフセットを握ると、大きめにカットしたステーキ肉を豪快に頬張った。
平日の午後三時半、昼食とも夕食ともとれない時間帯ということもあって、店内の状況はかなり空いている。
涼しい店内に流れる穏やかなBGMを聞きながら、十分もしないうちに400gの肉をライスと共にぺろりと平らげると、食後のコーヒーを追加注文して一息つく。それから浅川は、伝票を持ってレジへ移動した。
「お会計、お願いします」
「はいよ~。今日は練習?」
声を掛けて来たレジ打ちスタッフは、顔なじみのベテラン女性店員だ。
「ええ、まあ」
気さくに話しかけてくれる明るい人だが、チームも個人も結果を出せていないため、少し責められている気分になってしまう。
「次はホーム戦だったわよね? 期待してるわよ~」
「……どもっす」
無難に応えたものの、果たして出番自体、あるのかどうか……。幾分かの申し訳なさを感じつつ、支払いを終えて店を後にすると、消臭スプレーで匂いを消してから再び車に乗りこんだ。
普段であれば自宅アパートへ戻って休むところだが、今日は行くところがある。早めの食事を済ませたのもそのためだ。
手土産のゼリーを途中のコンビニで買うと、中心部の市内へと車を走らせる。
そうして30分ほど掛けてやって来たのは、県内で一番大きな大学病院だ。広大な庭の奥に、真っ白い建物が聳え立つ。
沢山の車が並んだ、だだっ広い駐車場の中で空きスペースを見つけると、そこに素早く車を停める。
「さてと。元気にしてるかね……」
窓の並んだ高い壁を見上げてから、コンビニ袋を片手に降り立つと、浅川は陽射しを背に病院の入り口へと歩き出した。