第5章②
新たにオファーをくれたのは、古豪の『大分スパーズ』というクラブであった。
元々、スパーズは、『大分ヴァルカンズ』という名前だったのだが、七年ほど前に心機一転し、現在の名前へと改名した。新しい名前の由来は、温泉の『Spa』と拍車の『Spur』を掛けたものである。
(余談だが、Jリーグにはこういった造語というか、二つの言葉を合わせたようなチーム名も結構あり、それが特徴の一つだったりもする。一見すると、ちょっとダサく感じるクラブもあるかもしれないが、見方を変えれば愛着なんかは湧きやすいし、趣があるとも言えるだろう)
そんな大分スパーズというチームは、かつてJ1にいた経験もあり、その際にはカップ戦の一つ、シュガーズカップを制したこともあるクラブで、日本代表選手も複数名輩出したことで有名だった。国内でもそこそこの名を馳せていたのだが、度重なる残留争いで外国人選手の補強費が嵩み、十億近くにも膨れ上がった債務超過のゴタゴタによって一気に低迷。社長を含めたフロント陣も失脚し、一時は消滅の危機に瀕したこともあったが、県民、地元企業の熱い支援もあってどうにか立て直すことが出来たという、非常に紆余曲折の経緯を持つクラブである。
今シーズンはマッドスターズと同じJ2の舞台で戦い、最終的には六位でフィニッシュ。J1に行けるプレーオフトーナメントに、滑り込みで進出していた。
そんなクラブからオファーがあったという連絡を受けた数日後。浅川は代理人を介し、都内のレストランにて、スパーズの強化部長と会い、会食をした。
その際はとりあえず、挨拶だけという形で、細かい話自体はあまりしなかった。ただ、印象に残ったのは、J1で我々と戦わないかという言葉だ。この言葉は、浅川の心を少なからず揺さぶった。
Jリーガーといったら、やはり多くの人がJ1を想起する。
その点に関して、浅川には苦い思い出があった。
あれは確かルーキー時代のことだ。東京の私立大学へ進学した仲間からの連絡を受け、合コンに参加したことがあったのだが、そのときに浅川がJリーガーだという話になって、一気に女の子たちの声色が黄色いものに変わった。羨望に満ちたような目で見つめられ、どこのクラブなのかと訊ねられたところまでは良かったのだが、マッドスターズの名を答えた瞬間、「へーえ……」「聞いたことないし~」と言って途端に興味を失ったように白けられた。あげく、携帯を片手に、不味そうなカフェオレ然とした色の長い髪を、指先でクルクルと弄りだしたりして、ひどい屈辱を味わわされたものだ。
ただそれが、今に見てろという浅川の反骨心にもなった。
何が言いたいかといえば、要するに、J1こそがJリーガーにとって花の舞台なわけだ。待遇面だって上がるし、注目度は桁違い。観客数は一・五倍~二倍くらいになるし、スポーツニュース一つとっても、J1なら全国で取り上げられるが、J2はほぼ結果だけ。「現在の順位です」と言って、デジタルフリップに一覧表が数秒映される程度。それだってまだ良いほうで、大半は結果すら伝えられないのが当たり前の状況だ。活躍しても注目度が非常に薄いというのは、やはりもどかしいものだ。そういう思いは、選手であれ、サポーターであれ、そのチームに携わっている者ならば誰にだってあるだろう。
それに、サッカー選手の平均プロ寿命は、他のスポーツと比べても長いほうではない。
ゆえに、トップリーグのJ1というブランドは、そのステージを経験したことがない者からすると、喉から手が出るほどに魅力的なものなのだ。
とにもかくにも浅川はひとまず返答を保留し、考える時間が欲しいと言って地元へ戻ると、筋トレなどの自主練をこなしながら、スパーズの状況を見守った。
状況を見守る――というのも、この段階ではまだ、スパーズはプレーオフに進出しただけであり、J1への昇格が決まったわけではなかったからだ。J1へ行くには、アウェイ会場で行われるトーナメント戦を二回も勝ち抜かなければならないという厳しい状況が待っていた。単純な確率だけで言ったら四分の一だが、対戦相手は順位的に上のチームばかりで、引き分けも敗退となるディスアドバンテージもあるから、かなり不利と言えた。
しかしスパーズは、上位陣が終盤に失速する中、リーグ戦を六連勝で締めるという、プレーオフに進出したクラブの中では最も勢いを持っていたのだ。一発トーナメントでは、この『勢い』というものが極めて重要になる。
同リーグということもあり、スパーズの好調さを知っていた浅川も、内心、勝ち上がるかもしれないと思いながら、テレビ越しに試合を見守った。
ずばりその感覚の通りというべきか、スパーズはアウェイの風をものともせず、第一戦を二対0で快勝すると、クリスマス目前に行われた大一番を、シーソーゲームの四対三で競り勝ち、見事、J1昇格の下剋上を果たして見せたのだった。




