第4章⑩
ピッチ中央に整列した両チームの選手たちは、健闘を讃えあう握手を交わして観客への一礼を終えると、疲労感を携えながらコートを後にする。
スタジアムの入り口脇では、試合後の恒例である勝利チームインタビューが行われていた。
「――苑田監督、ありがとうございました! 続きまして、本日のマンオブザマッチに選ばれました、浅川選手です! 最終戦の見事な勝利、おめでとうございます!」
カメラ脇で待機していた浅川は、インタビュアーの男性に笑顔で迎えられると、汗に濡れた髪を掻き分けながら、マイクを前にして軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
「途中出場からの勝ち越しゴール。そして二度のスーパークリア。素晴らしい活躍でしたね。最後のシーンは、どういった心境でしたか?」
「あそこは、とにかくゴールを割らせないようにという気持ちだけで……。いいポジションにいたので、それが功を奏したと思います」
謙遜したように言うと、インタビュアーの男性は感心したようにふむふむと頷く。
「今日の得点で、自身初の二桁ゴールにも乗ったわけですが、ここに関しては如何ですか?」
「それは一つの目標としていたので、達成できたことは素直に嬉しく思います」
熱心なサポーターだろう。客席から、「おめでとうー」の言葉が飛んで来た。浅川も、軽く手を挙げてそれに応える。
「では最後に、来シーズンに向けての抱負をお願いします」
『来シーズン』というワードを耳にした時、綻んだ表情を見せていた浅川の目元が、逡巡するようにピクリと動いた。だがそれに気づいた者は誰もいない。
「そうですね……うーん……」
この時期の不用意な発言は、なるべく控えたほうがいい。リーグ戦は終わったが、別の戦いが待っているのだから……。
浅川は少し間を置いてから、やや慎重に口を開く。
「来シーズンはとにかく、開幕から活躍出来るように頑張りたいです」
無難すぎる回答だったかとも思ったが、インタビュアーの男性は満足気に頷いてくれて、
「期待しています。ありがとうございました!」
快活な口調で、そう締めくくった。
インタビューや写真撮影など、一通りが済むと、一年間応援をしてくれたマッドスターズサポーターに向けてのホームセレモニーが開かれた。
丈の長いベンチコートを着た全選手がメインスタンド下に横一列で並び、キャプテンの中津が代表して、拡声器越しに感謝を述べる。その後、今度は選手たちの真ん中手前に設置された簡易的なお立ち台に、重厚なスーツ姿のマッドスターズ社長、小村が登壇し、マイクスタンドの前に立つと、咳払いをひとつ挟んでから、集まったサポーターへ謝辞の言葉を述べた。
「えー、我々がJ2に参入してから五年が経ちました。節目の年でもあり、今シーズンこそはJ1昇格を、と意気込んで臨んだわけですが、力及ばず、社長として本当に申し訳なく思います。しかし! 来シーズンに向けた戦いは、今日からすでに始まっています。皆様どうか、引き続きのご声援、よろしくお願いいたします!」
社長に倣って選手一同も深々と頭を下げれば、いまひとつ統一感の無い拍手がスタンドから沸いた。そこには、今シーズンの成績に対する不満感や、毎年結果を出せないフロント陣への憤り。そして、来シーズンこそはという期待や希望も、入り混じっているように感じられた。
一方で浅川は、頭を下に向けている間、眼下に舞い落ちては消える無数の雪に、これからの行く先を重ね合わせながら、来シーズンへの展望を、本格的に心の中で考え始めていたのだった。




