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第4章⑧

 ボールがハーフウェイライン付近、メインスタンド側のタッチラインを鳥取ボールで割ったところで、第四の審判が交代のボードを掲げる。

「仁さん、頼んます……っ」

「おう!」

 肩で息をしながら、やや悔しそうな表情で戻ってきた近藤と一言交わし、入れ替わる形でピッチに入った浅川は、スローインでリスタートした鳥取の選手に早速チェックをかけて、ボールを簡単に前へは運ばせないようにする。

 戦況はマッドスターズが若干押され気味の展開。しかしどんなにピンチを迎えても、最後のゴールラインさえ割らせなければ負けないし、逆に僅かなチャンスしかなくてもそれを仕留めることが出来れば、チームを勝利に導くことだって出来る。それを浅川は、このシーズンを通して強く感じていた。


 後半42分。

 マッドスターズの中盤で相手の繋ぎのパスをカットした中津がドリブルで持ち上がり、カウンターを試みる。しかし前線に残っていたのは浅川とラファエルのみ。相手の最終ラインは四人の選手がしっかりと残っていて、数的不利な状況。

 それでも浅川はここだと判断し、ソックスの裏から取り出したガムを口に放り込むと、ジェスチャーで足元へのボールを要求する。それに中津が目ざとく気づいて、すぐさま縦パスを送り込んだ。

 バックスタンド寄りのやや中央のポジションで、浅川は相手のゴールに背を向けながら走りつつ、ボールを優しく迎えるように身体全体を折りたたみ、右足を出すタイミングを計る。

 背後から鳥取の選手二人が囲い込みに来るが、背中越しでも距離感がしっかりと見えている。ある程度引き付けたところで、トラップしてキープすると見せかけ、ボールと芝の間に右足のスパイク先端を差し込み、甲から指の部分をクッと上に上げると、身体を少しだけ左側に捩じりながら、右足首は逆側へ。小指で押し出すようなイメージでアウトに回転をかけ、ボールをダイレクトで反対サイドの斜め横へ流す。

 反対サイド――つまり、メインスタンド寄りのポジションを併走していたラファエルがそれを足元で納めると、意表を突かれた鳥取ディフェンス陣の目が移り、守備ラインが無意識的にラファエル側へ移動する。

 一度は縦に仕掛けを試みようとしたラファエルだったが、浅川がマークから外れてフリーになっていることに気づき、再び横パスでボールを折り返した。

 浅川のポジショニングは、バックスタンド側のバイタルエリア。ペナルティエリアラインのやや角付近である。キーパーの待ち構えるゴールライン中央までの距離は、直線で二十七メートルほどの位置。相手のマークが外れて正面のコースが一時的に空いているとはいえ、少し遠い。

 ここでの選択はドリブルでペナルティエリア内へ侵入するか、思い切ったミドルレンジからのシュート。あるいは、キープして味方選手がフォローに来るのを待つ、といったところだろう。

 仮にドリブルで切り込んだ場合、浅川の左手前、一番近い位置にいるディフェンダーとの距離は、ほんの一メートル程度。すぐ傍だ。しかも相手ディフェンスは四人。キーパーを入れれば五人。ファーストディフェンスを押さえても、浅川の位置からではすぐさまカバーリングに入ってコースを消してくることが予想される。

 直接シュートの場合は、フリーで打てる分、ゴールに飛ばすことは難しくない。だが、視界が開けているということは、向こうからもこちらがよく見えていることになる。つまり、キーパーも反応しやすいということだ。しかも相手は、今日の試合で何度かファインセーブを見せている。甘いコースでは止められるだろう。

 ならば味方の上がりを待つ、というのも悪くないが、その場合は相手の中盤も戻ってきてしまうから、一概に数的不利が解消されるとも言えない。

 後半の残り時間も少なく、ここでの選択がチームの勝敗を分けるかもしれないという大事な場面になった。

 だが、

 そんな難しい計算など、このときの浅川の頭にはなかった。

 ラファエルがすぐさま横パスを返して来ると思っていたわけではない。それでも、次にボールが自分の元へ来たら、どんな形でも必ずシュートを打つつもりだったのだ。距離なんて関係ない。その感覚に従うように、躊躇わず、シュートを選択した。

 ラファエルからのパスを、右足インサイドを使って、正確に、ピタリと自分の前へ落とせば、再度、右足のインステップで、ボールの中心を思い切り振り抜いた。

 その瞬間、大砲でも撃ったかのような重低音が響き、鋭いグラウンダーシュートが、まるで糸を引くように対角線のコースを襲う。

「くっ!」

 すぐさまキーパーがサイドステップからの大胆な横っ飛びを見せ、ボールを入れさせまいと両手をゴールラインと平行に伸ばす。

 その反応速度は、決して悪くなかった。シャッターを下ろすように、キーパーがコースを阻みにかかる。

 しかし、浅川のシュートはそれよりも上をいっていた。

 ピンと伸ばしたキーパーの両手が芝に着くまであと三・四十センチほどのところで、ボールはそのギリギリ下を滑り込むようにして、猛スピードで通り抜けると、ポスト脇のゴール隅を射抜くようにズバンッと揺らした。

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