第4章⑦
エンドが替わったコート内は、メインスタンドから見て右に陣地を取るのがマッドスターズ。左がサンドストーマーズという形になる。両チーム、選手の交代はなく、前半と同じメンバー達がポジションについたところで、主審がホイッスルを鳴らし、マッドスターズのボールで後半の四十五分が始まった。
ハーフタイムの切り替えが良い方に転がったのか、直後はマッドスターズのペース。
後半5分。
くさびのパスを受けたフォワードの近藤が、一度ためを作ってから右サイドに横パスを流し、ボックス内に侵入する。縦のホットラインを構成する、右サイドバックの伊沢と右サイドハーフの三田がパスワークのコンビネーションで、チェックに来たディフェンスの網を上手く突破すると、抜け出した伊沢がアタッキングサードの位置からクロスを送り込む。
一度は相手センターバックがクリアしたが、ファーサイドに流れたボールをラファエルが拾い直し、背中越しのノールック状態で、身体を捻りながらグラウンダーで折り返せば、それに反応した近藤が走りこみながら、左足ダイレクトで合わせる。
コースをついた、良いインサイドキックのシュートだったが、キーパーがすんでのところで反応し、両手でエンドラインの外へとはじき出す。
上手い崩しから生まれた決定的な場面だっただけに、固唾を呑んでいたゴール裏のサポーターたちは力の抜けた声を漏らし、決め切れなかった近藤も頭を抱えたが、転がったボールがバックスタンド側のエンドラインを割っていたため、なおもコーナーキックのチャンスが残る。
すぐさまセンターバック陣が上がってきて、エリア内にポジションを取ると、三田のコーナーキックに反応した佐藤が空中で競り勝ち、中央からヘディングで合わせる。
シュートは惜しくも枠の上に外れてしまい、ゴールとはならなかったが、主導権を握る効果はあった。
僅か二分後、相手のパスをカットした中津が積極的にミドルシュートを放てば、後半十一分には、ドリブルで持ち上がったセンターバックの熊沢がチャンスを作る。センターサークルのライン上から、相手ディフェンスの隙間を通すスルーパスを前線に送り、それがバイタルエリア中央のラファエルに直接通る。
密着してくる相手センターバックを分厚い背中で押さえながら、ゴールに背を向ける格好で、外側――メインスタンド側――へ、流れながらボールをキープすると、そこへ相手の右サイドバックとボランチが挟み込もうとチェックに来る。
すると、一瞬、マンマークについていた背後の選手がプレスを緩めかけた。三人で囲めば大丈夫だろうという油断だったのかもしれない。ラファエルはその感覚を逃さず、ボールを跨ぐシザースフェイントを一回見せてから、左足のアウトサイドでボールを逆方向の中央へ転がし、反転して一気に中へと切れ込むと、振り切られたディフェンスが足を伸ばしてブロックに入るより前に、ペナルティエリアの外から、右足のミドルシュートを放つ。
弾道の、低く鋭い無回転系気味のシュートで、決まったかに思われたが、ここも横っ飛びを見せたキーパーのファインセーブに阻まれて得点とはならなかった。
その後、試合は後半の二十分ほどまで、マッドスターズが優位に進め、決定的なピンチはあまりなかったと言えた。
守備では、中津、大村が中心となってコーチングを取り、しっかりと中盤を閉めて相手をサイドに追い込みつつ、攻め方を限定させる連動したプレスを仕掛けることで、チームとしてボールを奪い取って前線に繋げるという良い形が出来ていたし、攻撃陣もフィニッシュで終わる場面が何度も見られた。
だが、肝心の得点が生まれないまま後半の半ばを過ぎると、スタミナの減少から徐々に全体の動きが鈍くなってきた。
カバーリングの動き出し、ルーズボールに対する反応、プレスの連動性……傍目から見たら、それは本当に極僅かなものなのだが、ピッチで試合をしている選手にとっては、相手の出足が一歩速いか否かで、パスが繋がってしまうか奪えるかの境界となり、旗色や戦況の変わり目になりうる。
ボールを奪いきれず、ペナルティエリアの手前まで運ばれるシーンが散見し始めたところで、苑田監督が動いた。
繰り返しのアップダウンで運動量が落ちたと見える右サイドバックの伊沢を、ユーティリティプレーヤーの池井へ。左サイドハーフの早坂は、フレッシュな勢いを持つ十九歳の村越に相次いで交代し、引き締めを図ろうとした。
しかし、流れはそこまで変化せず、相手を完全に押し返すまでとはいかない。
マッドスターズ陣内へ入り込んでくる相手のボールホルダーを、両サイドに押し出すという形は継続して出来ていたが、そこから上手く取りきることが出来ない。中途半端なチェックをいなされてメインスタンド側のタッチライン際を突破されると、短い切り返しから持ち直して、左足でのクロスを上げられてしまう。
ゴールのファーサイドへ巻いて入ってくるボールに対し、鳥取のツートップが走りこむ。マッドスターズのディフェンス陣もその動きにしっかりと付いていくが、ボールは上空で伸びて直接ゴールの上隅を狙うような形になった。それをキーパーの犬飼が必死に追いかけ、斜めに跳ぶと、どうにか右手の指先で触れてバーの上へと弾きだす。
なんとかコーナーキックに逃れたものの、ピンチはまだ続く。なにしろ、前半終了間際に決められた失点もコーナーからだ。嫌な空気が漂う。この時間帯の失点は致命的になる。
「我慢だ、我慢!」
とにかく、ここは絶対に凌ぐんだという監督からの声が飛び、マッドスターズ陣は、全員が自陣の深い位置まで戻ってきた。
バックスタンド側のコーナーエリア、扇形の弧の白線ギリギリに鳥取の選手がボールをセットすれば、ボックス内では、鍔迫り合いにも似たポジションの取り合いが始まる。
審判が一度笛を鳴らして両チームの選手にフェアプレーの注意を促すが、視線が外れたところで、すぐにまた駆け引きが始まる。
キッカーが軽く手を上げると、それを合図に鳥取の選手たちがS字を描くような斜めの動き出しで、マッドスターズディフェンスのマークを乱しにかかる。
コーナーキックのボールがやや低い弾道で蹴りこまれると、中央からニアサイドに走りこんだ鳥取の選手が、混戦の中から身体を空中へ投げ出し、ヘディングシュートで合わせる。
激しい縺れ込みから、両チームの選手数名が折り重なるように倒れた。全員がボールの行方に目を向ければ、コースを変えたボールが、手を広げて構えていたキーパー犬飼の右腕の下を通り、ポストを掠めながらゴールラインを通過していってしまった。
「うっしゃあああっ!」
これを見た鳥取の選手たちが跳び上がって走り出す――――が、直後に主審がホイッスルを強く鳴らして、それに待ったをかけた。何が起こったのかと鳥取の選手たちが振り返り、表情を困惑させる。
実はゴールが決まる前、オフザボールの競り合いの中で、鳥取側のファールがあったという判定が下されていたのだ。その結果、ノーゴールの判定となって、マッドスターズはすんでの所で事なきを得ることが出来たのだった。
これには、選手、サポーター一同、深い息を漏らす。
半分ラッキーな形ではあったが、この場面をどうにか凌ぎ、マッドスターズボールでゲームが再開されたところで、監督はベンチを振り返り、最後のカードとして、浅川の名を呼んだ。
「仁! 次行くぞ!」
「はいっ!」
ベンチから立ち上がった浅川は、すぐさま防寒用のロングコートを脱ぎ捨てる。残り時間はもう少ない。何をしてくればいいのかは、言われるまでもないことだ。
曇り空からは白い雪がチラつき始めていたが、身体は熱いくらいに高ぶっていて、寒さなど全く気にはならなかった。




