第4章②
今シーズンの公式戦も残り三試合というところまで来ていた。
十一月の初戦は、現在三位のスティンガーズ福岡とアウェイでの戦い。相手チームにとっては、自動昇格となる二位に入れるか、はたまた三位から六位までのチームで昇格の一枠を争うプレーオフに回るかという立ち位置で、極めて重要な一戦と言えた。
一方で、マッドスターズは直近三試合勝利無し。すでにプレーオフにも届かない順位だったが、浅川個人としては二桁ゴールにリーチが掛かっている状況。立場は違えど、譲れないものはある。そんな気持ちとは裏腹に、前二試合の不甲斐ないプレーもあって、浅川はベンチからのスタートとなった。
福岡の特徴は、監督が熱血漢溢れる韓国人ということもあって、ファイトを全面に出してくる。
ワントップには韓国元A代表のプレイヤーを置き、中盤にはテクニックとハードワークの出来る選手をバランス良く六枚揃える3‐6‐1の形。
スリーバックの守備は、高さがそれほどないものの、しっかりと統率が取れていて、傍目から見ても、自信を持って守っていると感じられた。
試合は開始まもなくから相手のパスが面白いように繋がり、マッドスターズのゴール前では、ヒヤリとするシーンが続いた。それでも、相手の最後のシュート精度に救われたり、キーパー犬飼の集中したセービングもあり、なんとか前半はしのいで見せた。が、ハーフタイムで一度気持ちを切らしてしまったせいか、後半開始早々、コーナーキックのボールを競り合いの中から簡単に押し込まれてしまい、出鼻を挫かれる悪い形で、マッドスターズはゴールを割られてしまった。
浅川が呼ばれたのは、一点ビハインド、後半八分の段階だ。
交代の高村と軽くタッチを交わし、ピッチに入ると、4‐4‐2のツートップの右ポジションにつく。
追いかける展開は目立ちやすいし望むところでもあった。だが、いかんせん相手チームの状態はマッドスターズよりも数段上と言えた。
ボールに対する気迫、連動した寄せの速さに気おされて、各選手ミスが連発し、パスが綺麗に繋がらない。
浅川も前線で孤立し、敵に囲まれた状態でボールを受ける場面が多く、焦りからすぐにロストしてしまう。味方のサポートを待たず、ワンタッチでターンをして切り込もうとも試みたが、浅川をキープレイヤーだと感じているのか、相手ディフェンスの密着は予想以上に厳しかった。執拗に肩をぶつけてきてコースを遮ったり、審判の見えない位置でユニフォームを引っ張られ続け、スピードに乗ることが出来ない。
自分自身のリズムが悪い上に、過剰ともいえるほどのダーティーなプレイに終始され、次第に苛立ちが募ってきてしまう。
審判がしっかりとホイッスルを吹いてくれればまだ抑止も効くだろうが、このゲームの主審は明らかなファールでも、ノーホイッスルで流す場面がとりわけ多かった。
サッカー文化のまだまだ浅い日本では、審判の質というものが間々取り上げられることがあり、特にJ2ではファールの基準が定まっていないというか、ブレているように感じられることも少なくない。もちろん審判も人間であるから、故意でない以上仕方が無いのだが、なんでもかんでもプレーを止めず流してしまうと、結果として試合全体をコントロール出来ず、荒れるまで傍観してしまうことにもなりえる。
このゲームはまさにそういった最悪の展開となった。
上手くパスが来ないこと、マークがキツイこと、ゴールを決めることが出来ていないこと、そしてドーピング検査の結果がどうなったのか分からないこと……いろいろな事柄が、あらゆる方面からのフラストレーションとなって溢れんばかりに積み重なった。
後半38分。
自陣センターサークル手前からクロスに蹴り込まれたロングボールに反応した浅川は、久々にタイミング良く最終ラインのディフェンスの裏に走り出した。
ところがだ。常にマンマークについていた相手を完璧に振り切ったと思った直後。まるで大型犬にでも噛み付かれたんじゃないかと思うような痛みが、背中にはしった。かわされそうになった相手のディフェンスが、焦りから浅川の背中を、ユニフォームごと思い切り鷲掴みにしたのである。
それがまさに限界点のスイッチになって、浅川の苛立ちを爆発させた。
「ウラア!」
振りほどこうと身体を捻り、勢いよく右手を後方に振った。腕が鞭のようにしなると、硬い手の甲の骨が、すぐ真後ろにいた相手の頬に裏拳となってヒットした。
「ギャッ!」
と、相手がカエルのような声を上げてピッチに倒れ込み、顔を両手で押さえながらバタバタと転がりまわって悶絶しだす。
「何をするんだ!」
すると近くで見ていた別の福岡の選手が走り寄ってきて、浅川の肩をドンと突いてきた。
「何だコノヤロー!」
それに応戦すると、たちまち両軍の選手が入り乱れ、掴み合いの乱闘寸前となったところで、主審が割って入るようにホイッスルを鳴らしながら駆け寄ってくる。
「ストップストップ! やめなさいっ!」
「よせ、仁っ!」
怒りの収まらない浅川を、羽交い締めにするような形でチームメイトが押さえる。
観客席は戸惑ったようにざわめき立ち、ブーイングが鳴り響いていた。
ゲームが中断し、会場が騒然とする中、主審は互いの選手同士の距離を一度取らせた後、線審のほうに走っていき、何かを話す。それから一分ほどしたところで戻ってくると、浅川の前に立ち、胸のポケットから赤いカードを頭上に高く掲げた。
――レッドカードだと?
一発退場の判定に、浅川はもちろん納得がいかない。
「ちょっと待てよ! なんで俺が退場だ! 相手が先にファールをして来たんだっての!」
不満を表すように腕を大きく広げる。しかし審判は聞く耳を持たない。毅然とした表情で首を振ると、ピッチの外を示し、早く退場するようにと促してくる。
それでも語気を強める浅川だったが、チームメイトに宥められながら半ば無理矢理にピッチの外へと押しやられてしまい、ロッカールームへと引き上げざるを得なかった。
浅川がいなくなり、十人となったマッドスターズは押し返す力を完全に失い、ロスタイムにも失点を喫した結果、0対二の敗戦で、この試合を終えることになってしまった。




