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第3章⑩

 痛い追加点に浅川は腰に手を当て、うなだれながら首を振った。もちろん相手のシュートも良かったのだが、自分のマークミスであることは否めない。……まあ、元を辿れば退場者が出たことが苦しい原因であるのだが、そんなことに責任転嫁をしても、自分の評価が上がるわけでもない。

 二失点目を喫したマッドスターズは、立て続けに選手を交代した。

 最終ラインをスリーバックに変えると、普段は中盤を務める大村をセンターバックの真ん中に入れ、ワントップだったフォワードには高村を加えて浅川とツートップにした。フォーメーションとしては3‐4‐2の形だ。

 しかし劣勢は続き、浅川自身も全くシュートを打てないまま、刻一刻と残り時間は少なくなっていく。

 するとベンチ脇でマッドスターズの選手がアップを始めているのが横目に見えた。監督が誰を投入し、誰を下げるつもりなのかは分からないが、この段階で後方の選手を交代することは考えにくいだろう。浅川に少なからずの焦りが出始める。

 後半も残り十分を切ったとき、左サイドから相手エリア内に送られたアーリークロスに対し、高村が競り合いの中から上手く身体を入れてバックスタンド側のエンドラインを割らせ、コーナーキックを獲得することに成功した。

 久々のチャンス。ここぞとばかりに最終ラインの選手たちも上がってきて、相手ペナルティエリア内は混戦状態になる。

 勝負の分かれ目はここだと判断した浅川は、残しておいた最後のガムを口にした。

 視界に入る大勢の選手達の動きがたちまちスローモーションのように鈍くなる。そこだけ切り取れば、まるで繁華街の雑踏のようにも見える。

 バックスタンド側からのコーナーキック。ゴール裏の観客席では、ホームサポーターたちが声援を一段と大きくし、身体を上下に弾ませながらチャントを唄う。

 コーナーフラッグの傍に立ったキッカーが手を上げ、左足で巻いたボールを蹴った。

 両チームの選手たちは宙を舞うボールに目を釘付けにしながら、手探り状態で肩をぶつけ合い、懸命にポジションを取り合う。

 浅川はペナルティエリア内の中央、やや後ろ寄りにいた。ガムを使っていれば、多少遅く動き出しても問題はない。傍らには相手選手が一人マークについていたが、とりあえずいるだけという感じで、振り切るのは容易だった。

 ボールはスピンを掛けながら、エリア内中央へ入ってくる。キーパーは出てこられない。落下地点を断定した浅川は、ポジションを取るために動き出す。

 だが、割り込もうとした絶好の位置はすでに取られていた。身構えていたのは大村である。

 この場面、通常であればその選手に任せるところだ。周囲の選手はファールにならない範囲で身体を入れ、相手ディフェンスの妨害に回ったり、もつれ込んで潰しの役割を担うことで、なるべくその味方選手をフリーの状態で打たせてやることがベストと言えるだろう。だが浅川はそうしなかった。

 ドンピシャで落下してくるボールに対し、大村は膝を曲げて軽くかがみ込み、下半身に力を込める。裾が捲れ上がったハーフパンツの下では、分厚い太ももの筋肉がギュッと引き締まる。それから思い切り地面を蹴り上げると同時に両腕を引き上げ、高く跳び上がろう――とした。

 すると浅川はそのタイミングで、大村の右肩を背後から左手で押さえつけ、地面を蹴ってジャンプした。

 要するに、大村の跳躍力を反動のバネとして利用し、潰すと同時に、自らがより高く跳び上がろうとしたわけだ。

 不意に後ろから右肩を押さえつけられた大村のバランスが大きく崩れる。浅川は空中で斜めの体勢になりながらも、眼前に迫るボールからは目を離さない。しっかりと自分の額をミートさせることだけを心がけ、他の選手達よりも頭ひとつ抜けた高い打点からの強烈なヘディングシュートをゴールネットに叩き込んだ。

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