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第3章⑨

 その後のハーフタイム。監督はロッカールームで各選手の連携を確認し、修正を試みた。

 一人少ない上にビハインドではあるが、人数の差は各選手の運動量でカバー出来るはずだ。守備をしっかり固め、カウンターからセットプレーを取っていこう。チャンスは充分あると鼓舞し、選手達を後半のピッチへ送り出した。

 するとマッドスターズの面々は、その指示通り、セットプレーを狙う戦い方にシフトした。無理矢理ゴールの枠内を狙って精度の無いロングシュートを打つのではなく、サイドライン際から攻め込みつつ、チェックに来る相手ディフェンスの足にボールを当てることでピッチの外へと出し、スローインを得ながら、ジリジリと攻め込むのだ。

 こうすることで、プレーが一時的に止まり、その間に最終ラインを上げることが出来るし、コーナーキックや、バイタルエリア付近でのフリーキックまで得られれば、センターバックを務める選手であっても、前線へポジションを移して攻撃に参加出来る。セットプレーになれば、人数の差はほとんど関係がなくなるし、ボールがフリーの状態でこぼれてくることだってあるから、大きなチャンスとなるわけだ。美しいかどうかは別にして、戦い方としては悪くない戦法と言えた。

 しかしそれでも、退場による物理的な劣勢は否めない。一度相手にボールが渡ってしまえば、押し上げたラインはほとんどリセットされてしまう。前線から中盤の選手たちは、相手のミスを誘うために間髪いれず積極的なプレスをかけていくが、それがいなされてしまうと、大きく空いたスペースにボールを通され、ピンチが広がる。そうなると、今度は反転して自陣の深い位置まで懸命に戻らなければならない。これが相手ゴールへ攻め込むときであれば、足の運びも比較的軽やかに行くのだが、逆の場合は全く違う。長い距離のリターンは、個々の体力を大きく消耗させていく。そのため、プレーは無意識に消極がちになり、それがさらにイージーなボールロストを招く。チームは後半開始早々から相手の攻撃を凌ぐことにエネルギーを要し、こちらがコーナーキックでチャンスを一回作るまでに、相手は二・三本のシュートを飛ばしてくるような状況が15分近く続いた。

 すると後半20分。試合が動いてしまう。

 ピッチ中央、センターサークル付近でボールを回していた相手ボランチの選手が、マッドスターズの右サイド、アタッキングサード付近へパスを出した。

 ボールホルダーには距離の近かった浅川がマークについた。適度な距離感を保ちつつ、相手の動きを注視する。そこへサイドライン際をオーバーラップしてきた相手の左サイドバックが、脇をするりと抜き去っていく。しかし浅川は微動だにしない。後方は、右サイドハーフの三田がケアをしているから、任せればいいと考えたのだ。

 対峙している相手の視線がオーバーラップしていった仲間のほうへチラリと動き、同時に右足が僅かに動いた。

 単純な縦のショートパス――。

 蓄積していた疲労の影響もあったのだろう。自分では気づかなかったが、安直に身体の重心を崩してしまっていた。

 要するに、チャンスがあればパスカットして一気にカウンターへつなげたいという思いが、強く出すぎてしまったのだ。相手の足がボールに触れたタイミングを狙って、自分の右足を横へ大きく伸ばす。

 ところが、予想は見事に裏をかかれてしまった。

 相手の選択はパスではなく、フェイントから中央へのカットイン。右足スパイクのアウトフロントでボールの底をすらし、浅川の動きとは逆に素早く転がすと同時に、中へ切り込んできたのだ。

「くっ!」

 浅川は慌てて体勢を立て直そうとしたが、ゲーム中に捲れ上がっていた芝のポケットに足を取られ、ズルリと滑ってしまう。

 タイヤがぬかるみにはまったように、身体のバランスが大きく崩れる。それでも、左手をピッチに突き、倒れかけた身体をどうにか跳ね起こすと、反転して相手に喰らいつこうと背後から距離をつめる。イエローカード覚悟でユニフォームを引っ張ろうと手を伸ばしたが、それも届かず、中央、ペナルティエリア手前のフリースペースからミドルシュートを放たれてしまう。

 ボールが弧を描き、ファーサイドの右隅に襲い掛かる。

 斜めに跳んだゴールキーパーの犬飼が、必死に手を伸ばすも触れることは出来ず。ボールはズバンッという音とともに、ネットに吸い込まれてしまった。

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