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第3章⑧

 第37節。ホーム、徳島戦。

 木曜日のミニゲームでしっかりとゴールを決めたことが幸いしたのか、それは分からないが、この試合でも浅川は先発起用された。

 試合直前、ロッカールームでユニフォームに着替えると、ガムを一粒口に含み、残りの二粒はすぐに取り出せるようにソックスの内側へ隠す。練習で一粒使ってしまったため、今日使えるガムの数は三粒までと決めていた。

 この数少ないガムを一試合の中でどうやりくりして戦うか……。これまでの試合運びも踏まえたうえで、浅川の行き着いた算段はこうである。

 基本的にスタメン出場した場合は、ガムの多くを前半で使い、最初から攻撃的に行く。なぜなら、序盤でまずいプレーが続いてしまえば、試合に上手く入れていないと見られて早い段階で監督から交代を命じられるかもしれないからだ。それよりは、多少ガムを消費してでも、前半である程度存在感を出しておけば、最低限、評価が大きく下がることはないはずだという考えであった。

 もちろん、後半にゴールを決めるほうがインパクトはある。終盤になればなるほど疲労などから選手間が間延びしてスペースも空きやすくなるし、そこからシュートチャンスが増えることもある。しかしだからといって前半でガムを温存しすぎると、やはりピッチから出されてしまう恐れがあるのだ。一度ベンチに下げられてしまえば、もう出来ることはない。

 そういった観点から言えば、後半の中盤くらいから、体力のあるフレッシュな状態で出場させてもらえるほうが結果も出しやすいし、ありがたいのだが……まさかスタメンに選ばれたのに、控えからにしてくださいなどと言うのもおかしい。

 よって、スタメンの場合は前半のキックオフ直後から力を入れたほうがいいのではないかという判断になったわけである。


 ところがこの試合、浅川の計画は大きく崩れることになった。

 まず第一に、攻撃陣、特に両サイドハーフの出来が低調であった。それぞれのコンディションというのは、実際にキックオフの笛が鳴ってみてからでないと明確に見えてこない部分がある。多かれ少なかれ、それぞれが騙し騙しやっているというのもあるし、自分では悪くない調子だと思ったのに、始まってみたらイマイチ思い通りに身体が動かないという場合も、時にはあるのだが、それがことごとくチャンスになるはずの場面で、もったいないミスとして表面化してしまったのだ。

 ダイレクトのパス回しから上手くサイドを崩して、相手陣内の深い位置に入り込んでも、肝心のクロスを蹴り入れるキッカーが大きくふかしてしまったり、ディフェンスが伸ばした足に引っ掛かって逆にボールを奪われてしまったりと、決定的なパスが浅川の元に入ってこない。

 微妙なパスミスやフィードのズレなど、ある程度の部分は受け手である他の選手がフォロー出来るが、相手ゴール前に蹴り入れるはずのクロスを、当たり損ねて逆サイドの誰もいない場所やエンドラインの外なんかに大きく飛ばされては、フィニッシャーが中央に走り込んだところでどうしようもない。

 その結果、決定的なシュートシーンを迎えられないまま、前半20分もしないうちに、浅川は二粒ものガムを無駄に消費してしまった。

 更に不運だったのは、前半の33分。ツートップを組んでいたラファエルが退場してしまったことだ。

 これは開始まもなくの時間帯、相手ペナルティエリア内でドリブルを妨害され、倒れた行為が、シミュレーション――つまり、ファールを得るためにわざと転んだと主審に捉えられ、逆にイエローカードをもらってしまったことが響いた。このあたりの際どい判定に関しては、すぐにPKを与えすぎだという批判が多く寄せられていたことから、欧州の基準を参考に厳しめのジャッジをすることがJリーグでも採用され始めていたのだ。そして前半33分にゴールキックから起きたバウンドボールの競り合いの中でラファエルの肘が偶然相手の顎に入ってしまい、結果として二枚目のイエローカードで退場となってしまったわけである。

 マッドスターズの面々は当然抗議をしたが、それでジャッジが覆ることは極めて少なく、この場面も例外ではなかった。

 周知の通り、サッカーは十一人対十一人によるスポーツ。そこから攻撃を担う選手が一人減れば、当然のようにそのチームのオフェンス力は大きく下がる。

 特に浅川の戦術はポストプレーでボールを収め、それを一度味方選手に流して、裏へ走り込む、あるいは、身体が大きく突破力のあるラファエルを囮にして、相手選手のマークが崩れた隙に、空いているスペースへ入ってボールを受け、シュートを打つというのが基本だった。しかし十人になった上にワントップではそれが難しい。攻撃の形やフィニッシャーが限定されるということは、それだけ相手も守りやすい。

 くさびのボールを受けた途端にディフェンスのマークが自分に集中してしまうし、裏への抜け出しを試みても、必ず複数の選手がチェックに来てコースを切られ、自由に仕事をさせてくれない。切り札のガムも残り一粒では、むやみに使うことも出来なかった。

 するとハーフタイム直前の時間帯に、マッドスターズは中央突破を許してしまい、一瞬の隙、気の緩みから相手に先制点を与えてしまった。

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