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第3章⑥、対山形タイタンズ、その三

『決まったああああーーーーーーーーーーーっ。先制はマッドスターズっ! やはりこの人だあああ!』

 浅川は消沈したアウェイの空気感を楽しむように、悠然とウイニングランを決める。あくまで静かに、決して、喜びを爆発させたりはしない。至極当然だといわんばかりの、冷静なパフォーマンスである。

『――しかし松元さん。今いったい、何が起きたんですか?』

 実況の玉木が困惑気味に隣を窺う。

『い、いや、僕もちょっと分からなかったんですが……一瞬、浅川くんの身体が透明人間みたいにすり抜けたような……』

『り、リプレイで見てみましょう』

 解説席のモニターに、ゴールシーンが映し出される。

 浅川が縦に入ったボールを右足のインサイドでトラップしようと構えたところに、駒方が猛然とダッシュし、背後からプレッシャーをかける。

 浅川はちらりと向けた横目でその状況を確認すると、身体を押されるより前に、浮かせた右足の向きを九十度、横から縦に変え、スパイクの裏側先端で、ボールをダイレクトに後方へと送り込んだ。それは駒方の広い股下をトンネルにして、ペナルティエリアへと転がる。

 一方、浅川自身はというと、駒方に押されてバランスを崩したように見えた。しかし前のめりになった瞬間、踏み込んだ右足を軸にして、身体の向きを百八十度反転させると、クラウチングスタートを切るときのような低い前傾姿勢で、一気に駒方の脇をすり抜け、瞬時にキーパーと一対一の状況を作り出したのだ。

『こ、これは凄い! まるで、壁や天井に押しつぶされる直前に脱出する、ハリウッド俳優みたいな身のこなしじゃないですか!』

 一連のリプレイ映像を見て、玉木が興奮気味に唾を飛ばせば、松元も声を震わせる。

『いや、本当にこれは紙一重というか……ギリギリのプレーですよ。後ろから相手の体重が掛かれば、普通は危機感を覚えて反射的に受け身を取ろうと構えるはずです。けれど、今の場面、浅川くんには迷いが一切無かった。もしくぐり抜けに失敗して変な体勢で潰されてしまったら……それこそ大怪我を負いかねないところです』

『で、では、それが出来るのも、やはりノッている選手だからということなんでしょうか?』

『……かも、しれません……』

 玉木の言葉に同調したものの、松元は内心、それだけでは表現しようのない何かを、浅川から感じ取っていた。

 上手く説明できないが、あえて語弊を恐れず言えるのであれば……。


『人間の動きじゃない』


 というのが的確だと思った。

 だがやはり、口に出すことはやめておいた。それ以上突っ込まれても、浅川のプレイを細かく表現出来る自信がなかったし、もしかすると、どこか揶揄やゆするようなニュアンスにもなってしまいかねないと感じたからだった。


 ゲームは前半の15分にもマッドスターズに追加点が生まれた。メインスタンド側、右のコーナーキック。

 ショートコーナーで短く蹴り出したボールを浅川が一度受けてから叩くようにしてキッカーの早坂に戻せば、チェックに来た相手のマークもターゲットを変更し、ボールホルダーにチャージをかける。

 早坂は左右に揺さぶりをかけ、コースが空いたとみるや、早い段階で左足のクロスを蹴り込む。

 するとそのボールは、相手最終ラインのニアサイドに走りこんでいた浅川の身体めがけて飛んできた。本来はもっと高さのある鋭いボールをエリア内に蹴りこもうとしたのだろう。それがミスキックとなり、低空になってしまったのだ。このままでは右側面の肘付近に当たってハンドの判定をとられてしまいかねないという一瞬の場面。普通だったら反応は極めて難しい。だが浅川は違った。

 間近に迫ってくるボールに対し、軽く芝を蹴って上に跳ぶと、上半身をボール側によじりながら迎え込み、空中で右足を出す。そしてインパクトの瞬間、滑らかな三日月然としたスパイクのインサイド部分でボールをぐっと押し込めば、クロスのスピンとコースは一瞬で変わり、ボールは誰も居ないファーサイド側のネットをズバッと揺らした。

 この間、僅か数秒の出来事である。

 浅川の軽やかすぎる身のこなしにどうすることも出来なかった山形の選手たちは、ただ立ち尽くし、呆然とするほかなかった。

 0‐2で前半を終えた試合は、エンドを変えた後半8分過ぎにもPKでマッドスターズのラファエルが追加点をあげ、3点差がついたところで浅川はお役御免の交代となった。

 その後、スコアには動きのないまま時間が進み、山形はラファエルや中津といったマッドスターズの主力が相次いで下がった終盤にようやく盛り返しを見せ、シュートシーンを何度か作ったが、最後の決定力が伴わず、結局そのまま0‐3で試合終了の笛を聞くこととなった。

 マッドスターズはリーグ戦五試合負けなしの三連勝。一方、タイタンズは久々に守備が崩壊しての惨敗だ。基本的に、虎の子の1点を守って勝ってきたチームであるからして、序盤の連続失点で意気消沈させられたことが大きな敗因であったことは、誰の目から見ても明らかであり、終わってみれば浅川というプレイヤーの注目度が、また一つ上がった試合となったのだった。

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