第3章⑤、対山形タイタンズ、その二
山形タイタンズ
GK、杉田勝
CB、真中大季
CB、駒方正弘
CB、後藤俊介
RWB、長谷部大樹
DMF、藤田克哉
LWB、黒木港
CMF、田ノ岡春夫
CMF、中西伸也
FW、チャン・ドフン
FW、パク・ジェンス
控え
GK、立川翔太朗
DF、荒川卓也
DF、中橋勇
MF、只野夕斗
MF、朝日俊太
MF、倉橋洸
FW、草間信二
山形のフォーメーションは3‐5‐2。最終ラインはスリーバックで、長身の選手を三枚揃えていた。身長は右から188センチ、193センチ、187センチと、その姿はどこか急峻な山々をも想起させる。
三人の中で最も背の高いルーキーの駒方は、高校時代までバスケットボール選手で、大学からサッカーを始めたという異色のプレイヤーでもある。
土竜谷マッドスターズ
GK、犬飼辰夫
RSB、伊沢勝也
CB、佐藤大五
CB、熊沢博
LSB、田村純一
RMF、三田和雄
CMF、中津永治
CMF、大村大地
LMF、早坂作太郎
FW、浅川仁
FW、ラファエル・ロペス
控え、
GK、大崎光太
DF、海野庄平
DF、泉田誠
MF、イム・ヨング
MF、酒井拓斗
FW、高村剛一
FW、近藤正道
マッドスターズはコンディション不良や負傷により、主力メンバーの何人かが入れ替わっていた。LSBには、多野に代わって田村が、左ボランチを務めていた笹木のポジションには大村が入った。
浅川は天皇杯から続いてスタメンでの抜擢だ。リーグでは二試合目になる。山形の戦術は守備重視のスタイル。スコアレス、あるいは先制された状態で後半を迎えれば、その守りはより堅くなって、崩すことも厳しくなる。相手の土俵に持ち込まれないようにするためにも、序盤から臆さず積極的に切り込んでいけというのが、監督からの指示だった。
『マッドスターズのフォーメーションはオーソドックスな4‐4‐2ですね。一時は別のフォーメーションなども駆使しながら戦っていましたが、最近は4‐4‐2で固定しているようです』
玉木が手元の資料を確認しながら伝えれば、松元は納得するように頷く。
『結果が出ているときはそれを続けるというのが定石ですから。そもそも、複数のフォーメーションを自在に駆使出来るのは、完成度の高い強豪チームだけです。土台がしっかりしていないチームでは、最悪の場合、基本のスタイルまで崩れてしまう恐れさえある。だからこそ、結果が出ているのなら、なおのこと無理に崩す必要はないと、僕は思いますね』
『なるほど。連携というのはそれだけ繊細なものなんですね。――さあそして、注目の浅川選手はスタメンで来ました。天皇杯では不発だったようですが……この辺り、気持ち的な影響はあるんでしょうか?』
『いや、ホーム&アウェイで一年間を戦う総当たりのリーグ戦と、一発勝負のトーナメントはまったく別物ですから。そこはもちろんプロとしてしっかり切り替えてくるでしょう』
そんな話をしている間にも、ボールがピッチの真ん中にセットされ、いよいよ選手たちがそれぞれの所定ポジションへ着き始める。高くジャンプをして身体を高ぶらせる者。軽い屈伸をして心を整える者。各自のルーティーンで最後の準備を整えていた。
まもなくして審判がホイッスルを鳴らすと、観客の見守る中、山形サイドからのキックオフで試合が始まった。
メインスタンドから見て、左から右に攻めるのは山形タイタンズ。その逆がマッドスターズになる。
前半開始早々、山形CBの駒方が自陣最終ラインから前線に向けて大きくボールを蹴り込み、先制攻撃を狙った。しかしこれはマッドスターズのディフェンス陣がしっかりと対応して触らせず。転々と流れたボールは、そのままエンドラインを割ってマッドスターズのゴールキックに変わる。
『まずは山形が大きく蹴って裏を狙っていきましたね、松元さん』
『ええ。キックオフ直後によく見られるプレーですね。精度が無いとか、もったいないと思う方もいるかもしれませんが、これ自体が意外と大切なプレーだったりします』
『はあ、というと?』
『深く蹴り出すことで、微妙なボールの感覚、上空の風、ピッチの状態や相手の動き出し、連携など、様々な要素を計ることが出来るんですね。今日は小雨も降っていますから、ボールがどのくらいバウンドするのか、あるいは伸びるのかなども、このワンプレーで推し量ることが出来るんです』
『ははあ~』
玉木は感心したように唸り声を漏らす。
『もちろんこれが直接得点に繋がれば最高ですが、そうならなくとも各選手にとっては得られるものがあるんです』
『なるほど。単純に先制攻撃が不発に終わりました、というだけではないんですね』
『そうです。大半の方はその一プレーがチャンスに繋がったのか、繋がらなかったのか、あるいはゴールが生まれたのか生まれなかったのかということだけに注目しがちですが、ピッチで戦う選手たちの間には、そこまでの過程というか、口には出さない微妙な駆け引きというものが常に存在しているんですね』
『では、そのあたりも想像しながら見ると、よりサッカーというスポーツを楽しめるのかもしれませんね』
玉木の言葉に、松元は微笑んでみせた。
とりあえず、前半の序盤から試合が動くことはないだろうというのが、大方の予想だった。ところがそれは見事に裏切られる。
前半4分。
自陣でボールを回し、ビルドアップから攻めのチャンスを窺っていたマッドスターズは、隙を見て中央から切り崩しにかかる。
CBの佐藤が鋭い縦パスを中盤に通し、それを大村が受ける。ワンテンポ溜めている間に、RMFの三田がダイアゴナルに動き、タイタンズの中盤を一人吊り出したのを見て右へ展開。空いたスペースにボールが通り、サイドライン際をオーバーラップしていた伊沢が素早くペナルティエリア内へクロスを蹴り込む。
ふわりと浮いたボールに対し、ファーサイドのラファエルが自身の頭で合わせるように飛び込むが、飛び出したタイタンズのGK杉田の手が先に伸び、パンチングでボールを弾き返すと、DMF藤田が右足を高く振り上げ、更にダイレクトでピッチの中央へとクリアする。
一度中盤まで戻されたボールを拾いなおしたマッドスターズは、時間を置かず、波状攻撃を仕掛ける。
前線でフリーになっていた選手を見つけると、低く浮かせた縦のパスを中津が送り込む。
ボールを要求していたのは…………浅川だ。位置はペナルティアークのやや外側。ゴールまで24~5mといったところか。
しかしタイタンズもこの場面の危険性を把握している。いち早くCBの駒方が大きなストライドでマークに走る。自分のテリトリーで自由にやらせまいという強気の守備。長身の体格を生かし、背後というよりも上から強引に、小柄な浅川を押さえ込もうとする。
結果的にペナルティエリアの近くでフリーキックのチャンスを与えてしまっても、長身のCBが揃っているタイタンズであれば、それを防ぎ切る自信が充分にあった。いやむしろこの場面はそのほうがいいとも考えていた。一度プレーが止まることで一息つけるし、崩れかかっているディフェンスラインもしっかりと形成しなおせるからだ。
しかし、その目論見は脆くも崩れ去る。
潰したと確信しかけた瞬間に、相手の身体の感覚がスルリと消えた。一瞬、腹部の近くで、つむじ風が吹いたかのような、あるいは、膨らんでいた風船が破裂して無くなったかのような、奇妙な出来事だった。
「うわっ!」
ピッチに倒れ込んだ駒方は、咄嗟に自分の身体の下を確認するが、ボールも相手の姿もない。
はっとして後ろを振り返れば、エリア内ではすでに浅川がキーパーと一対一の場面を作っていた。
守護神の杉田が必死の形相で両手を広げて駆け引きと時間稼ぎを試みるが、駒方になす術はない。崩れた状態の山は、何も防げないのだ。
他のディフェンス陣がカバーに走るが、それも遠すぎる。
こうなったら相手のミスショットを期待するほかないが、そんな思いも虚しく、ボールはゴールの左隅にきっちりと沈められてしまった。




