第3章④、対山形タイタンズ、その一
第36節は、アウェイの山形タイタンズ戦。比較的気候の似ている隣県同士の戦いだ。
ホーム側のスタンドには、空と自然を融合させたような青緑を基調としたユニフォームのサポーターたちが、力強い応援歌を歌って場を盛り上げている。対するマッドスターズのサポーターも、千五百人近くは居るだろうか。地理的に近いということもあって、多くの姿が見受けられた。
『さあ、時刻はまもなく四時を迎えようとしています。小雨の降るピッチに、両チームの選手が入場して来ました! 実況は私、玉木、解説はJ1仙台でプロデビュー、その後、鳥栖、札幌へと移籍され、山形でも引退までの三シーズン、ゴールキーパーとしてご活躍されました、松元太介さんです。よろしくお願いします!』
『どうも』
松元は190センチ近い巨体をやや窮屈そうに折り曲げ、椅子に沈めながら会釈する。
『まずは現在4位と、高順位をキープしているホームの山形ですが、今シーズンの戦いはどうでしょうか?』
玉木は実況席から、眼下に広がるピッチの状況に注意を払いつつ、松元に話を振っていく。
『そうですね……山形は守備の堅さを武器にしながら、ここまで健闘しているかなと思います』
『確かに失点数で見ますと、35試合中21失点と、これはJ2で三番目の少なさなんですね。――この守備力の高さは、松元さんが在籍されていたときから健在だったように思いますが』
『山形は基本、ゾーン守備で、一人一人の役割がある意味はっきりしているんですよ。ここからここのスペースは俺が絶対に守るぞって感じで。一人一人の責任感が強くて、それが上手く噛み合いながら、スタイルとして引き継がれているんでしょうね。僕も、タイタンズでの現役時代は、使命感のようなものをより強く感じてプレーしていました』
『守備の意識というのは、上位を狙う上でも重要になってくるんですね?』
『ええ。ディフェンスをどれだけ頑張っても、ゴールを奪うことが出来なければ、勝ちをつけることは出来ません。でも、失点をしなければ、負けることも絶対にないんです。つまり、無失点ならば、勝ち点1以上を絶対に取ることが出来る。守備が大きく崩れないというのは、一見地味な要素ではありますが、積み重ねていくことで、最終的に大きな価値が出てくるんです』
『山形は通年で伝統的にそれが出来ているチームなんですね』
『はい。もっとも、J1に昇格、定着するためには、その質をまだまだ上げていく必要はありますが』
地元、山形のベテランアナウンサーでもある玉木は、松元の言葉を噛み締めるかのようにして大きく頷いた。
『それでは、現在12位、アウェイのマッドスターズですが、こちらのチームの印象はどうでしょう?』
『そうですね……天皇杯は負けてしまったようですが、リーグだけで見れば、ここ最近は非常に調子が良いですよね。確か、四試合負けなしとか?』
『そのようですね。直近は二連勝中です。情報によりますと、その全ての試合でゴールを決めているのが、浅川という選手です。マジカル大阪戦でリーグ初ゴールを記録してから、四試合連続で計六ゴールという活躍ぶりです』
話題が浅川に及ぶと、松元の表現が引き締まった。
『僕もこれはちょっと驚いています。正直、あまり注目していなかったというか。名前もホントに最近知ったぐらいの感じで、自分の中でノーマークの選手でしたから』
『ここ一ヶ月で急激に頭角を現したような印象ですかね?』
『ええ。でも、えてしてFWには勢いというものが生まれる場合がありますから……』
『勢い、ですか』
『そうです。いままでノーゴールでも、一点決めれば堰を切ったようにそこからゴールが続くことがあるんです』
『いわゆる、詰まっていたケチャップがドバドバ出る、というやつですね』
『まあ、そうです。それがいつまで続くかは分かりませんが、少なくとも彼は今、ゴールゲッターとして本当に調子が良いんだと思います』
玉木は無意識的に感嘆の息を漏らす。
『その浅川という選手ですが、松元さんから見て、具体的にどういったところが優れているように見えますか?』
この質問に、松元は少し考えるようにして間を置いてから口を開いた。
『シュートコースがよく見えているな、というのは一つありますね。ディフェンスの隙間を上手く通したり、キーパーの手足が届かないところ、あるいは、心理の逆をつくようなコースに打っている感じですね。それからセカンドボールも拾えているんです。特に、ペナルティエリア付近では、こぼれ球の落下点をいち早く感じ取っていて、それをチャンスに繋げている。嗅覚というんでしょうか……感覚的なものが鋭い印象ですね。初ゴールを決めたことで何かを掴んだのか、あるいは、彼自身の中で何かが変わったのか……それは分かりませんが。とにかく山形としては、この選手に細心の注意を払わなければならないでしょう』
『分かりました。それでは、次に両チームのメンバーを確認しておきましょう!』




