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第1章③、勝と負

全員が帰陣きじんして守備を固めた岡山の選手が必死の形相ぎょうそうでロングボールを跳ね返し続ける。それがサイドラインを割ったところで、掲示されたロスタイムの四分が経過し、主審のホイッスルが無情にも鳴らされた。

「「「よっしゃああああっ!」」」

 その瞬間、待ちわびていたようにホームサポーターの歓声が響き渡り、岡山の選手たちはガッツポーズで喜びを表す。対するマッドスターズの選手たちは、何人かが天を仰ぎ見たり、あるいは膝に手を置いてがっくりと肩を落とした。

 そんな彼らの様子を、浅川仁あさかわじんはアウェイ側ベンチで腕組みをしたまま漫然まんぜんと見つめていた。

 ――また俺は出番なし、か……。

 前回出場したリーグ戦は、いつだっただろう? そんなことも判然としない。

 FWフォワード登録、ビハインドという状況にも関わらず、ピッチに立てなかったことに、浅川は人知れず落胆のため息を吐くと、温め続けたリザーブ用のベンチから腰を上げ、他の控え選手、スタッフたちと共に、ピッチから戻ってきた汗だくのレギュラー組を迎えた。

「お疲れっす……」

 そんな、ほとんど上辺だけの労いと共に給水ボトルを手渡し、タオルを肩に掛ける。

 試合に出れなかった落胆に加え、アウェーの地まで来て、勝ち点0という徒労感。

 この後のことを考えると、また憂鬱な気分になるが……、

「ほら、サポーターに挨拶行くぞっ」

 キャプテンの中津が切り替えるように声を張ると、選手たちはまばらな返事をしつつ、重い足でゴール裏へと歩き出す。

 勝者と敗者の味わう感情は、まさに180度違うものだと言っても過言ではないだろう。

 一方では応援してくれたサポーターに勝利の声を届け、サポーターからは惜しみない賛辞が返ってくる。

 しかし、敗者の側はというと……、

「なにやってんだバカヤロウッ!」

「やる気あんのかっ!」

「もっと走れよっ!」

「ふざけんなっ、おいっ!」

「金返せっ」

 遠いアウェーの地まで駆けつけた熱狂的なサポーターたちのブーイングが頭上から容赦なく浴びせられる。選手たちは一列に並ぶと、怒声をじっと耐えるように受け止めつつ、スタンドに向かって深々と頭を下げた。

 列の端につけていた浅川は、それが終わると、まるで逃げるかのごとく足早にロッカールームへと戻っていく。それをとがめるファンはいない。誰も気にしていないのだ。

 休日に時間をかけて来た上、声まで枯らして応援したにもかかわらずこの結果。出費だって交通費に飲食費、チケット代とばかにならないのだから、サポーターたちの苛立つ感情は理解できる。しかしそれと同等、いや、それ以上に、アウェーの地まで『選手』として来ておきながら、試合に出れず負けて帰ることのほうが、何倍も精神的な疲れに襲われてしまうということを、浅川はプロになってから嫌というほど思い知らされていた。

『後ろを向いている暇は無い。次に切り替えます』

 そんな敗戦チームの常套文句だって、今の浅川には言えるかどうか分からない。モチベーションというものが数値として存在するならば、0に近い状態と言えるのかもしれなかった。

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