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第3章②

 続くJ2第35節。中三日、平日の水曜日にホームで行われた湘南シーラビッツ戦。

 浅川はこの試合でも途中出場を果たすと、0対0の後半35分に、ペナルティエリア内右の位置からゴールキーパーの股下を抜くシュートを決め、チームを二連勝に導いた。

 ここまでに何度かガムを使ってみて分かったのは、咀嚼そしゃくのペースを上げれば、スローモーションの効果は強くなり、ペースを抑えると、逆に弱くなるということだ。ただし、その分、消費量にも違いが出てくる。早く噛むほどに味はすぐになくなり、ゆっくり噛めばそれだけ効果は持続しやすい。

 ならばチャンスが来たときや決定的な場面だけで、ガムを噛んで味を分泌させればいいとも思ったが、そう都合良くいかないのが人間だ。

 口の中に何かが入っていると、どうしても噛まずにはいられない。しかも、ボールと人が縦横無尽に行き交う試合の中となれば尚更で……ようするに、自分がボールに関与していない時間帯であっても、無意識的に咀嚼することで、じわりじわりと味が失われていくというわけだ。

 その結果、ガムの効果時間は噛み始めてから平均で『5分』という試算が浅川の中で確立された。

 なるべくゆっくり噛んでその消費を遅らせようとしても、せいぜい7~8分が限界。逆に噛み始めからペースを上げ続けると、一瞬の状況判断自体はしやすくなるが、効果は2~3分で無くなってしまうだろう。

 そしてもう一つ気づいたのは、ガムの効果が切れると、それまでゆっくりに見えていたものが通常の速さに戻ってしまうため、どうしても自分自身の反応が遅れて、全体の動きに対応し辛くなるということだ。こうなると、目が元の速さに慣れるまでは、無難なパスや消極的なプレーでしのぐ他無かった。

 それでも、ドリーム・ガムの力は絶大で、途中出場が中心ながら、ここ4試合6ゴールという、以前では考えられないほどの驚異的な決定力を浅川は見せ付けた。

 その一方で、九月最後の週末に行われた天皇杯の二回戦。このゲームでは三試合ぶりのスタメンに選ばれたのだが、ガムを切らしていた浅川は、決定機を一度も仕留めることが出来ず。チームも延長戦の末、J3の格下相手に敗退を喫してしまった。

 試合後は当然のようにサポーターからのブーイングが鳴り止まなかったが、今の浅川は落ち着いていた。負けたのはガムが無かったからであり、逆に考えれば、それさえあれば結果は残せる。リーグ戦のほうで、いくらでも信頼は取り返せると確信していたのだ。


 翌日の月曜日――、


 十月の試合に向けて、浅川は振り込まれた給料の多くを引き出すと、それを持ってガムを買いに行った。

 どういうわけか分からないが、老婆と出会えるのは、週始めの月曜日だけ。

 開店直後のスナックで軽く酒を飲みながら、ママとたわいも無い話をして時間を潰し、頃合いを見てゴミ置き場へ向かう。

 浅川はこのような事前行動を、いわゆる『フラグ』や『ジンクス』的なものと考えていた。

 ガムを買うための資金は少しでも残しておいたほうがいいし、明確な根拠もない。しかし、スナックに寄ってからゴミ置き場へ向かうと、必ず老婆に遭遇することが出来たのだ。

 ママは老婆のことを知らないと言っていたから、両者にこれといったビジネス的な関係性は無いはずだが、それでもジンクスを続けることで、無駄足を踏まずに済むのではないかという思いが浅川にはあった。

 その成果が出ているからなのかは分からないが、今回も無事、老婆に会うことが出来た浅川は、ガムを資金上限いっぱいまで購入した。そして、それをしっかりと上着のポケットに詰め込むと、代行タクシーを使って自宅へ帰る。

 これが、浅川の新たな戦闘準備、毎月のルーティーンのようなものになり始めていた。

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