第2章⑤、対水戸スパイダーウォーリアーズ、その一
九月も中旬から下旬の時期に入って、夏の残暑も日に日に落ち着きを見せ始めていた。夕方の穏やかな風は、収穫間際となった稲穂を揺らし、秋めいた香りを街中に運んでくる。
そんな中で迎えたJ2第33節。
現在マッドスターズは、前節の浅川の活躍で、順位を二つ上げ、13位の位置につけていた。
ひとまずの連敗ストップに加え、下位グループから一歩抜け出すことに成功したマッドスターズの今日の相手は、10位の水戸スパイダーウォーリアーズ。
この、水戸スパイダーウォーリアーズは、J2の中でも比較的資金力の乏しいチームだ。毎年のように選手が多く入れ替わり、開幕前は不安定さを露呈するのが常。にもかかわらず、一度もJ3に降格したことがないのは、れっきとした理由があった。
それは、このチームが積極的に、若い有望選手を引っ張ってくるという戦略をとっていることだ。
『引っ張ってくる』と言っても、J2の中下位クラブが、注目選手に真っ向からオファーを出して上手くいくかといったら、それはノーだ。
サッカーの場合、プロ野球のドラフトと違って、入団選択権は一部例外を除いて選手側にある。基本的に、複数のオファーがあった場合、選手はそれらのクラブに練習参加して、環境や待遇、サッカースタイルなど、一番好ましいクラブを自由に選ぶことが出来るのだ。だから当然、有望選手はJ1のチームへ加入する。
しかし、高校、大学でどれだけスーパーな活躍を見せた選手でも、日本のトップリーグで、すぐにスタメンを勝ち取ることは難しい。怪我やコンディション不良ならまだしも、そうでないのに出場出来ない日々が続けば、本人にとってもあまりよろしくない。サッカーは選手生命が短いからだ。
クラブとしても、期待値の高い選手をずっと保有しておくだけというのも、もったいない。有望な若手を獲得しておきながら、ただ腐らせるクラブというレッテルを貼られてしまうと、今後の新人獲得にも影響が出てくる可能性がある。ネットが盛んになった今の時代は、悪い噂やデマの回りも速い。そのため、出場機会に恵まれない若手有望選手は、本人との相談の末、J2やJ3など、下のカテゴリーに期限付き移籍をさせ、試合経験を積ませるのが昨今の流れになっている。
スパイダーウォーリアーズはそこに目をつけた。
棘のある言い方をすれば、帰ることが前提の期限付き移籍という、半ば腰掛け的な態度をした選手でも、能力があれば積極的に起用していく。そういった姿勢を見せることで、J1の有望な若手選手を、自分達のクラブへ優先的に引き入れることに成功したのだ。
J1のクラブとしても、せっかく選手を貸し出したのに使ってもらえないのでは、意味が無い。だから経験を積ませることが目的ならば、スパイダーウォーリアーズのスタンスは、うってつけというわけだ。
更に言うなら、契約が残った状態での完全移籍の場合、両クラブ間で莫大な移籍金が発生するが、期限付き移籍の場合は、年俸の負担のみが基本。特に、J1からJ2へ貸し出す場合、両クラブで出し合うケースが多く、状況によっては、タダ同然で選手を借りられる場合もある。
資金力の弱いクラブにとって、期限付き移籍での選手獲得は、こうした金銭的な負担が少ないのも利点なのだ。
もちろんデメリットもある。借りた選手を起用するということは、逆に自クラブの生え抜き選手が出場機会に恵まれなくなり、中々芽を出すことが出来なくなる。それを快く思わないサポーターも同然居る。しかしそれを差し置いてでもJ2残留を成し遂げ続けるというのは、メディア露出から見込めるスポンサー料や協会から貰える分配金の額など、クラブにとって大きな意味合いを持つのだ。
その点に関してはマッドスターズも同じ。注目度を上げるためにも、一つでも上の順位を目指さなければならない。
現在、そんな両チームの勝ち点の差は4。ここで勝てばマッドスターズは中位グループの足元に喰らいつくことが出来る。加えて、会場は前節に続くホーム戦。ならばなおのこと、勢いを途切れさせるわけにはいかないのだ。
そんな状況も重なってか、この試合、浅川は今シーズン初めてのスターティングメンバーに抜擢されていた。




