第1章⑰、対マジカル大阪、その五
「うおおおおおっしゃあああああっ!」
2ゴール目が決まった直後、浅川はエンドライン外にある広告看板を飛び越えてサポーターの元へ駆け寄ると、思い切り感情を爆発させた。それは、実感の湧かなかった1ゴール目とは対照的でもあった。
チームメイトが後に続いてきて、破顔するサポーターたちの歓声が浅川を讃える。フラッグがはためき、うれし涙を流している者まで居た。
足の裏から頭の天辺までアドレナリンが駆け上がっているかのようなゾクゾクとする感覚に、浅川は震えた。
これだけ大勢が作り出す歓喜の渦の中心となったのは、久しぶり……いや、初めてのことだ。
それは何にも代え難い瞬間であり、溢れ出す恍惚感に、浅川は両腕を夜空へ高く掲げながら、今一度、咆哮を上げた。
……試合終了の笛が鳴ったのは、それからまもなくの事。
首位のマジカル大阪を相手にした劇的逆転勝利の確定に、ホームスタジアムは文字通り大きく揺れた。
興奮が冷めやらぬまま、両チームの選手が一列に並び、互いの健闘を称えるノーサイドの握手をピッチの中央で交わしていく。マッドスターズの面々は充実感を湛え、マジカル大阪の選手たちは、まさかの敗戦に悔しさを押し殺す。その中で、すれ違いざまに浅川と沢中の視線が一瞬だけ合った。
「…………」
しかし彼は唇を噛むだけで、もう何も言うことはしなかった。それはまるで、敗者の弁ほど情けないものは無いということを、悟っているかのような後ろ姿でもあった。
一方、メインスタンド側のピッチサイドでは、インタビュー用のお立ち台が慌しく作られていた。MOM=マンオブザマッチが浅川であることは言うまでもないだろう。
『それでは、本日、途中出場ながら2ゴールを決めた浅川仁選手です!』
ピッチを出るやいなや、促されるまま登壇させられた浅川に、黄色い声援と惜しみない拍手が巻き起こる。
『劇的な勝利でした! 今のお気持ちは如何ですか?』
「あっ、えと、その……嬉しいです」
男性アナウンサーにマイクを向けられた浅川は、照れながら短く応える。ムードメーカー的な選手ならば、ここで流行りのギャグの一つでもやるのだろうが、浅川にそんな余裕など無い。
なにしろ、こんなふうに衆目の前でインタビューをされるなんて、ほんの二十分程前は思ってもいなかったのだ。気の利いた返しなど、到底思い浮かぶはずもなかった。
その後も、謙虚な言動に終始し続けていた浅川は、ふいに、噛んでいたガムが、いつの間にやらどこかにいってしまったことに気がついた。
きっと、ロスタイムのヘディングシュートを決めた際に、興奮して飲み込んだか落としてしまったのだ。勿体無いことをしたかもしれない。
『――浅川選手?」
「え!? は、はい、なんでしたっけ?」
ガムの事に気を取られ、思わず質問を聞き逃してしまった……。その様子が第三者的には可笑しく見えたのか、会場がどっと笑いに包まれる。
『あの、サポーターに、一言いただけたら……と』
「あっ、は、はい――」
浅川は顔を赤らめながら、沢山の応援に改めて感謝を述べる。しかし内心では、再びあの老婆に会わなければならないということを、考え始めていたのだった――。




