第1章⑪
浅川は高村の車の助手席へ乗り込むと、シートベルトを締めた。
「仁を隣に乗せるのも久しぶりだな」
「そっすね。ルーキーのときはお世話になりました」
照れ笑いをしながら、ぺこりと頭を下げる。
免許を取るまでの間、車の無かった浅川は、よく高村に送り迎えをしてもらっていたことがあるのだ。
「なあに。俺も結婚するまでは、同じアパートに住んでいたしな」
「でしたね……」お互いの部屋へ上がり込んでは、サッカー討論などで盛り上がっていた当時を懐かしみ、目尻を下げる。「そういえば、お子さんは元気ですか? 去年、女の子が産まれたんすよね?」
「ああ、若葉な。元気元気。こっちが落ち込んでる暇もないくらいさ」
高村はバックミラーをチラリと見やり、父親らしい笑みを浮かべると、後部座席に真新しいチャイルドシートが取り付けられたファミリーカーを発進させた。
「やっぱり、暑いときはウナギだろ?」
そんな高村の薦めで駅前の有名なウナギ屋へ入ると、彼は座敷に座るなり、一人前六千円もするウナ重を頼んでくれた。
「ほんとにいいんすか、こんな高い店……」
浅川は、若干気後れしながら訊ねる。
「いいのいいの。なにせ次の対戦相手はJ2首位のマジカル大阪だ。チームも連敗中。英気を養わんとな」
「はあ……」
高村の言うとおり、次節の相手は強豪マジカル大阪。厳しい戦いになるだろうが……、
「おい、元気出せよ。仁の力だって必要なんだぞ。こういうときこそ、総合力が必要不可欠なんだから」
自分が英気を養っても……そんなふうに思いかけた浅川の心を、見透かしたかのような言葉だった。
「酒だって、別に飲むなとは言わないぜ。けど、絶対に呑まれるなよ。練習に影響が出るなんて、プロとしては失格だからな」
耳の痛い忠告だ。反論の余地もない。
「……すんません」
分かればいいと言わんばかりに大きく頷くと、高村はタイミングよく運ばれてきた重箱を開けた。
ふんわりと敷き詰められた白米の上に、見たこと無いくらい分厚いウナギの蒲焼きが鎮座している。甘辛いタレの濃厚な香りが湯気に乗って漂う。
「まあいいや。ほら、食うぞ」
高村に顎先で促されると、
「うす……いただきます」
浅川もまた、そろりと遠慮がちに箸を取って食べ始める。
柔らかくほぐれる肉厚な身と、深みのあるタレが染み込んだ白米の絶妙なコラボレーション。
最初は正直、高級なウナギを食べたところで自分自身の何かが変わるわけでもないと思ったが、確かに不思議と元気は出た気がした。
食事を終えて店を出ると、浅川は高村に礼を言って別れ、自分の車で帰路へついた。
試合のメンバーに選ばれないとしても、今の自分が出来ることは、結局のところ練習だけ。腐っても良い事は無い。とにかく一日一日アピールを続けていくしかないのだ。
そんなちょっとだけ前向きになった思いが功を奏したのか、ベンチ外も覚悟していた次のホーム、マジカル大阪戦。浅川はどうにかメンバー入りを果たすことになったのだった。




