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第1章⑩

謎のガムを買った後の記憶は曖昧だった。

 おそらくママが呼んでくれたタクシーに乗って帰ったのだろうが、気がついたら自宅アパートに戻ってきていて、外行きの格好のまま、次の日の昼までベッドでだらしなく眠っていた。

「うう……頭がいてえ」

 気温が上がり、寝苦しさで目を覚ました浅川は、ベッドサイドから転がり落ちると、ゾンビのごとき唸り声を漏らしつつ、這いずるようにキッチンへ行って冷たい水をがぶ飲みした。

 ――全く最悪な休日だ……。

 ベランダの窓を開けると、カーテン越しに入ってきた心地よい風が酒臭さに満ちた部屋の空気を入れ替え、酔いつぶれた浅川の顔をやさしく撫でる。

 フローリングに大の字で寝転ぶと、大きく深呼吸を繰り返す。横目に映るのは、テーブルへ無造作に置かれた厚みの無い財布と、銀紙に包まれたガム……。

 金が余ってるわけでもないのに、勢いで余計な出費をしちまったかなと思いつつ、浅川は再び寝息をたて始めた。


 そんなふうに、一日を棒に振った次の日の練習はタクシーで向かった。自分の車は市内の駐車場に停めたままにしていたからだ。

 午後から始まったトレーニング。二日酔いの影響がまだ残っていたせいか、浅川は終始精彩を欠いてしまった。ボールが足につかず、ミスを連発しては、監督にこっぴどく怒鳴られた。


 それから約二時間後。

「仁、おつかれ」

 気落ちする浅川を気にしてか、練習終わりに声を掛けて来たのはチームメイトの高村剛一たかむらごういちだった。

「あ、ゴウさん……お疲れっす」

 三歳年上の高村は、浅川と同じ時期にJ1の横浜マリンフェニックスから移籍入団してきたFWである。

 そんな彼の経歴は華やかだ。高校時代は横浜ユースで活躍し、二種登録のときにカップ戦でゴールを決めると、そのままトップ昇格を果たした。一年目からJ1リーグ戦にも出場して、計3ゴールを記録するなど、いわばエリート選手だ。

 その後は怪我もあって中々出場機会に恵まれなかったが、マッドスターズへ来てからは、一年目に8ゴール、二年目に9ゴール、今シーズンは6ゴールと、コンスタントに得点を重ねていて、現在はチームの頼れるレギュラーFWの一人だった。

 高村はDFとの駆け引きや身体の使い方などが上手く、浅川にとっては、お手本のような存在だ。もちろん、ポジション的にはライバルであるのだが、それでも、非常に尊敬している先輩だった。

「今日は車で来なかったのか?」

 高村は見えないハンドルを握ってみせる。

「え? あー、実は、市内の駐車場に置いてきちゃってまして……これから取りに行こうかと」

「ふーん……」バツが悪そうな浅川の様子を見ただけで、高村は大方の原因を推測したようだった。「なら、乗せてってやるよ」

「え、いいんすか?」

「ああ。ついでに飯でも食おうぜ。奢ってやる」

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