第1章①
2013年、九月最初の日曜日……。日中の間照りつけていた太陽は、すっかりと山陽地方の山並みに消えていたが、蓄えられた熱気は今もなお余韻を残していた。
住宅街では民家の明かりがそこに住む人々の生活を主張し始め、田畑では、虫が涼やかな鳴き声を届ける。
そこから少し離れた場所に、一際目を惹く楕円形の大きな建築物があった。四方を強力な夜間照明に照らされる天井の無い吹き抜けの構造。赤土色をした陸上トラックの中央には、四角く縁取られた緑の芝と、左右対称に塗られた白いラインが広がっている。
両サイドに設置されたゴール裏の観客席では、それぞれの熱狂的なサポーターが密集して大きな旗を振り、チームの応援歌を叫ぶ。
やがて場内アナウンスで選手入場が伝えられると、まもなくしてエスコートキッズと手を繋いだ二種類の異なるユニフォーム姿の男たちが、口を一文字にキリリと結び、凛然とした眼差しで芝のピッチへと入場してきた。
一方は、『岡山サンダーライオンズFC』
えんじ色を基調としたユニフォームには、黄色い縦縞が奔り、スポンサーの菓子メーカー『桃川食品』の名前がステッチされている。
それに対するは、アウェー用の白色・緑タスキ柄ユニフォームを着用する『土竜谷マッドスターズ』だ。胸にはステーキレストランチェーン『KENSIN』の文字。
『さあ、選手たちが入場してまいりました! 現在3試合負け無し、7位と高位置につけ、昇格プレーオフ圏内も射程に捉えている、岡山サンダーライオンズFCが、ここ、ホームに、14位といま一つ波に乗り切れない土竜谷マッドスターズを迎えての一戦となりますっ』
分厚いガラス越しにピッチを見おろす実況席では、ヘッドセットを装着した男性アナウンサーが資料を読み上げる。
『J2リーグ第31節。全22チームによって一年を通して行われているこの長い戦いも、三分の二を消化しました。時刻は十九時一分。天候は晴れ。風はほぼ無く、ピッチはまだ蒸し暑さが残りますが、日の暮れた夜空には一番星が綺麗に輝いています。果たしてこの星のきらめきは、どちらのチームの白星となるのか!』
男性アナはスーツの袖を捲りながら、よどみなく一通りの情報を伝えると、今度は隣に座る解説の男性……元Jリーガーで全盛期はFWとして活躍した水守忠志に話しかける。
『さて、水守さん。J2のリーグ戦も残りはこの試合を入れて12試合。佳境に入ってくるころかと思いますが』
水守は汗をハンカチで拭いながら頷く。
『そうですね。一試合一試合の重みが増してくるころかと』
『両者の今日の戦いをどう見ますか?』
『ええ。まずホームの岡山ですが、ここ数試合、ゴールキーパーを中心とした堅守を保っているので、この集中力を今日の試合でも見せられるかどうかが勝利の鍵になると思います』
『なるほど』
『対する土竜谷ですが、やはり得点力不足が気になるところですね。ここ3試合で2ゴール、内1ゴールはPKですし、あまり良い形を作れていないので、この辺りをどう修正できるかがポイントになると思います』
『ありがとうございます! さあ、選手たちがそれぞれのポジションに散っていきます。まもなくキックオフです!』
サポーターの声援が響き、センターサークルの真ん中では、アウェイ、土竜谷の2選手が試合開始を待つ。黒いウェアを着た主審が腕時計を確認し、両選手たちの視線がセンターマークに置かれた一つのサッカーボールに集まる。
そして、時刻が19:04分を指した瞬間、キックオフのホイッスルが高らかに鳴らされた。