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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

生き人形を触ってきたエッセイ+それを基にホラー小説にしてみました

作者: 海老

半分くらいは実話です

 読者諸兄の皆様は生き人形というものをご存じだろうか。

 人間そっくりの人形としてヨーロッパで造られたものだが、江戸時代には日本でも独自に作成された。海を隔てた西と東で共通するのは、妖術の類と勘違いされるほどに人間そっくりに精巧に作られたものであったという点である。


 さて、筆者の言うところの生き人形というのは、そういった人間にそっくりな人形ではない。

タレントの稲川淳二氏が1990年代に発表して心霊界に一大センセーションを巻き起こした霊の宿る人形の話がある。

 大ヒットして知名度も高く、そこから転じて『生き人形』は霊の宿る人形を全般に指すようになった。


 筆者は2016年八月から十一月にかけて『法務官ベイル・マーカスの怪奇記録』という作品を発表した。

 今まではあまり表に出していなかったが、筆者にはかなりマジキチなレベルでオカルトをやっていた過去がある。

 本作品では感想欄や後書きなどでもその知識や経験をネタとして織り込んだ。

 わざわざこんな小説を書くのに時間を費やしている奇人変人の類であるからに、今更オカルトが追加された程度で何が変わろうかというヤケッパチのカミングアウトである。

 そのおかげという訳でもないだろうが、感想欄などでも実に読み応えのある知識を教えてくれたり、活動報告などにも様々な意見をくれる読者を得られたのは望外の喜びであった。


 完結してからのことだが筆者のリアルでの知己を通じて、坂田氏(仮名)と出会うことになった。

 これも不思議な縁があった。

 坂田氏は先日、出張で大阪に来ており、その折に筆者行きつけのバーに立ち寄ったのだが、たまたま筆者が忘れていった怪談本を見つけてそこからバーのママと怪談の話になった。

 そこでバーのママである弓子さんが『こんなん常連の海老くんが書いてはるねん』という話になり、興味を持って拙作を読むことになったのだそうだ。

 坂田氏は筆者の話に何やら感じ入るところがあったそうだ。

 弓子さん経由で坂田氏が筆者に会いたがっているということを知り、最初はラインで何度か会話をしてから実際に会うこととなった。

 会う目的は冒頭とタイトルでも書いたが、生き人形を持っているから是非見て欲しいという内容である。


 十二月五日から連絡を取り合い、土曜日は空いていたことから筆者が車で坂田氏を訪ねる予定であった。

 場所は伏すが、大阪からは車で四時間ほどかかる道のりである。

 楽しみに待っていたのだが、金曜日に筆者のスマートフォンがトラブルに陥った。まともに動かなくなり、翌日に新たなスマートフォンを契約せざるを得ないことになる。

 なんとか連絡を取ってその旨を告げたところ、坂田氏も急用が出来たという。

 延期しようという話になり、十二月十日は昼までぐっすり眠り買い物ついでにミナミに出かけて馬券を買いにいくという休日を過ごす。

 馬券はさっぱり当たらず、寿司でも食いにいこうかと思い立って店にでかければ満席で座れないという有様で、『定食屋しみず』でトン汁ライスに鯖の煮つけを食べた。

 ビールの一杯でもという気持ちだったが、逆流性食道炎のためなんとなく飲むのをやめて、弓子ママの店へ向かった。

 なんとはなしに酒はやめておこうという気になっていたので、忘れていた怪談本を持ち帰るついでにコーラを頼んで明日の馬券について話し合いながら、バーのwifiを借りてスマートフォンの初期設定を済ませた。

 時刻は22時。

 夜はこれからだが、酒を飲む気も失せていたので帰ることにした。

 すると、おニューのスマートフォンがピロピロと音を立てるので見やれば、坂田氏よりラインが入っていた。

『今日はすいませんでした。用は済んだのですけど、明日は無理ですよね?』

 明日早起きというのは辛いな、という気持ちなはの確かだ。

「今から行こうか?」

 と、冗談まじりに返せば、坂田氏もwを付けて『オッケーですよ』と返してきた。

「よっしゃ、いっぺん帰って車で行くわ」

 そういうことになった。

 高速のパーキングエリアでシャワー付きの休憩ができるところもあれば、寝るところもある。

 筆者は釣りに行く時はこんな感じで突然夜中に飛び出すこともあるので、慣れているし平気だ。

 坂田氏は『なんやコイツ』と思ったであろうが、酒も飲んでいないし独身の中年男の勢いを見せつけてやろうという気持ちがグングンと湧いて出た。

 こうなると止まれないものである。



 朝の四時辺りに眠気が限界に来てパーキングで寝る。

 クソ寒いが釣り用防寒具のおかげで全くもって平気である。

 夜の海や早朝の防波堤はこんなものではない。

 防波堤で釣れない時間に寝たりするが、凍死しないように気を付けている。それと比べたら車の中というだけでも助かるものだ。

 筆者はこんな時こそ霊障が来るだろうと期待していたが、特に何も無い。

 動物の死骸が道路に横たわっていたくらいで、南大阪では日常茶飯事なので特に気にはならなかった。

 よくよく考えてみると、こういうものを見ただけで人は関連性を想像して不吉なものとしたのだろうな、と怪談本のロジックに気づいてしまう。

 平山夢明先生や我妻俊樹先生といった怪談作家の先生方が、いかに異様なものを書いているか感じ入った。

 ごく普通に道沿いにあるもので怪奇を演出するなら、もっと狂ったものを出さないといけないなと思うものの、普通の頭ではそれを捻り出せない。やはり実話怪談の破壊力は、強烈な不条理さの醸し出すリアル感であろう。

 読者諸兄の皆様には、是非この両氏の著作を読んで頂きたい。実に狂気と不条理と不気味さが満ちていて、いい感じに脳がとろとろするこち間違い無い。

 シャワー付き漫画喫茶の営業するパーキングは飛ばしてしまったため、仕方なくの車中泊でそのように思った。



 六時間ほど鼾をかいた後に目覚めて、また車を走らせた。

 あとは坂田氏の邸宅にお邪魔するだけだが、風呂に入りたくなったので銭湯を捜した。

 カーナビというのは便利なもので、大抵のものは見つかる。

 朝からやっている銭湯があったため、身を清める。

 知らない街で裸になるというのはなんとなく心細い。

 80年代に建て替えたと思しき銭湯はなかなかに風情があった。ドライヤーがコイン式なのには閉口したが、これもまた旅の楽しみか。



 坂田氏の邸宅は田舎の豪邸である。

 先祖代々の土地で、倉が二つもあった。

「すげーな」

 筆者としてもこれ以上の言葉は見つからなかった。

 釣り道具満載のハイエースにスカジャンという出で立ちで来たことを後悔した。どうしていつもいつも大切なところでスカジャンを着てしまうのか。

 坂田氏はそんな筆者を歓迎してくれた。

 ビビるほど広い玄関で靴を脱ぎ、お邪魔する。

 祖父、祖母、父、母、妹と坂田家全員に挨拶をされてしばし歓談していると、ご家族の皆様が『心霊研究家』が来たと勘違いしていることに気付く。

 昼時ということでそれとなく坂田氏に美味いラーメン屋でも教えてよと水を振ると、お父さんがお寿司の出前を頼んでいると教えてくれた。


 困った。


 よくよく勘違いされるのだが、『怖い話を聞かせて欲しがってる海老という中年男』は知らない人が聞くと心霊研究家や霊能者と勘違いされる。

 FBIに協力しそうな職業じゃないというのに。

 ここで否定しても仕方ないため、素直に特上寿司を御馳走になった。

 酒を勧めてくるが車であることと、勘が鈍るなどと適当に言って誤魔化す。

 のまないと言ったら、不思議なものでコーラを出してくれることが多い。坂田家でもお母さんがコカコーラを出してくれた。

 コーラで食べる寿司は不思議だ。幸せに満ちていた子供のころを思い出す。


 寿司とコーラで腹がパンパンになった後で、ようやく生き人形と対面することになった。



 稲川氏の生き人形の映像を見たことがあれば、想像するのは日本人形的なものになるが、奥の座敷に飾られていたのはビスクドールのようなものであった。

 筆者に人形の知識は無いため、古い西洋人形という表現しかできないのだが、なんとなく高価そうだと感じるものである。


「明治のころに、曾御爺さんが海外に遊学に出ていた折に手に入れて日本に持ってきたんです」


 お母さんが謂れを語ってくれた。

 詳細をそのまま書くと特定される恐れがあるために、分からないように細部は変えてあることを明記しておく。



生き人形の謂れ



 明治時代も終わりのころである。

 神童と名高い坂田清実氏はドイツへ遊学した。

 真面目一辺倒の秀才ではなく、美青年かつプレイボーイであった清実はドイツで情婦を作った。

 それだけを聞くと舞姫のような話だが、坂田家の母も舞姫を読んで曾御爺さんのことだと思ったほどにその筋立ては似ている。

 ドイツの娘と禁断の恋に落ちたが、現実に敗れた清実氏は最後にドイツ娘より自らの代わりにと人形を預かった。

 帰国してからも町の人形師に無理を言って人形用のドレスを作ったりと、曾祖父は人形を誰にも触らせず可愛がっていたという。それは結婚後にも続き、曾祖母はそれが悔しくてたまらなかったと言い残している。

 曾祖父は遺言状に人形は葬儀の時にある神社で人形供養を行いお炊き上げをするように指示していたが、親戚の一人が値打ち物だと知り貸しがあると言って持っていってしまった。

 それを許した曾祖母の気持ちを考えると、復讐のようなものであったのかもしれない。

 しばらくして、件の親戚が青い顔をして人形を携えて舞い戻った。

 青い目の幽霊が出たとかで、拝み屋に頼めば言葉が通じないためどうしようもできず、置いておけば死ぬと言われたのだとか。

 他にも親戚には様々な変事が訪れてたまらなくなり、人形を突き返して早々に逃げ帰った。

 こうなると怖いのは曾祖母で、指示されていた神社に連絡を取ろうとするがその度に上手くいかない。ようやっと連絡がついたと思えば、持っていくことが様々な偶然で出来ないといった有様である。

 その内、曾祖母も青い目をした幽霊を目撃してしまう。

 何があったかは分からないのだが、ある時曾祖母はこう言って手放すのを諦めた。

「悪いひとでは無いみたいだし、こうなったら仕方ないねぇ」

 頑固な曾祖母は諦めたようにそう言った。

 その後の太平洋戦争時にも奇跡的に焼け残ったりと逸話はあるのだが、ありそうな話の羅列となるので割愛する。捨てられない系のエピソードは全てあったとご理解頂けば問題ない。

 そんなことがあり、代々の長男が人形の世話をすることになった。

 世話といっても、ぞんざいに扱わないというだけでそう大したことではない。

 人形のドレスが経年劣化で古びてきた時には新調することもあるが、近年はそういった商品も安く手に入るようになり、時代が進むごとに手入れ自体は簡単になっていった。


「僕も、今日はいませんけど弟も、あと親戚の子もなんですけど、男だけは見てるんですよ」


 お母さんから坂田氏に話は移り変わる。


 坂田氏は子供のころから年に数回だけ遊ぶ女の子がいた。

 それは御想像のとおり、人形によく似た可愛らしい白人の少女である。不思議なことに、彼女は坂田氏と同じ年恰好で現れて、共に成長していく。

 坂田氏が中学生になった時に現れた際は、海外の映画で見るような活発そうな白人女性の出で立ちで、ドキドキしたという。

 これはご家族の前ではなく二人でいる時に聞いたことだが、性的なこともあった。

 非常に下世話な言い方だが、そのもののセックスではないが互いの身体を触り合うところまでをしているという。

 坂田氏も若い男であるため怒張の命じるままに足払いから寝技に持ち込もうというところになったこともあるが、するりと抜けだすと、彼女は少し怒った顔で小走りに駆けていき、追いつけない。そして、見失う。

 最後まではできない。

 次に会った時は、少しすねた顔をしている。

 何かを話していたことは覚えているが、その内容は記憶に無い。

 二一歳になってからは彼女と会えなくなった。

 お父さんも青春時代に同じことをしているそうだ。


「今度、結婚するんです」


 先日、結納を済ませた。

 坂田氏は結納の帰りに婚約者と喫茶店に寄った折に、彼女を見かけた。

 大人になった彼女はアイスティーを飲んでいて、坂田氏を見て微笑むと席を立って外に出た。

 追いかけたが、外には誰もいなかった。

 店員に聞くと確かに外国人の客はいたというが、怪訝な顔をされただけだ。

 やはり、お父さんも同じ経験をしている。そして、きっと祖父も。

 マリッジブルーに陥りそうだと坂田氏は笑って言うが、それはきっと笑みの空虚さから見ても深刻なものなのだろう。


「死んだ女より生きた女やで。ヤレんかった女は釣り落とした魚や。あんときあげられんかった魚いうんは、何年たっても忘れられへんやろ」


 筆者はそう言って励ましたが、きっと伝わっていないと思う。

 坂田家の女性は複雑な想いを抱いているだろう。




 正直なところ、拍子抜けの内容ではあった。しかし、不思議な話である。

 その後は件の生き人形を触らせて頂いた。

 ナマの手触りは当然のように無い。丁寧に触ったが、どこまでも人形の質感でしかなかった。

 坂田家の皆さんは固唾を飲んで見守っているが、特に不思議なことは無い。

 こんな高価そうなものを触っていいのかな、という不安だけがあった。確かによく出来ているが、それだけだ。

 髪を専用の櫛で梳かして、お寿司の玉子と貴腐ワインをお供えして人形の間を辞した。

 お寿司の玉子と貴腐ワインという組合わせは、かつてブームになった谷崎潤一郎の失楽園の鴨鍋にワインを彷彿としてしまい、実写ドラマと映画で主演した女優、川島なおみ女史の『子宮で演技する』という妙なキメ台詞を思い出して笑いそうになった。

 笑ってはダメだと思うと、爆笑しそうになるから困る。

 どこかで笑おうと、外で煙草を吸いに行くといって庭に出させてもらった。

 見事な庭園を見るふりをしてなんとか小さく笑う。

 煙を吐き出しながら噴き出すと、ライターの音が聞こえた。

 見やれば、妹さんがセブンスターに火を点けているところだ。


「平気なんですね、あれを触って」


「高価なもんって聞いたから、手え震えてしもたよ」


「ライン、教えてもらえますか?」


「もちろん」


 妹さんはなかなか美人で、筆者は嬉しくなった。これはひょっとしたらあるんじゃないですか。


 そのようなことがあって、夕暮れ前に坂田家を辞した。


 高速道路でまたしてもパーキングに寄って、きつねうどんを食べた。

 寿司なぞ御馳走になったためか、妙に体が冷えていた。

 車に戻ろうとした時に、ラインに着信があった。妹さんからだ。


『もしもし、みんながいたから言いませんでしたけど、わたしにもお話があるんです』


 声の調子から、筆者の期待した展開でないと知れる。



 女はみんな見てるんです。

 家には男が見た数だけのあのひとがいるんです。歩き回ってるんです。

 おばあさんも、子供も、若い女も、いっぱいいすぎて、どれだけ尻軽なんだって話です。

 あと、曾御爺さんの話は嘘なんだと思います。

 当時のドイツ人があんな人形を見下してた日本人に送るなんてありえないし。

 多分、上海とかで買ったんじゃないですか。調べたんですけど、なんでも買えたみたいですし。中国人っぽい女も見るから。

 お母さんも御祖母ちゃんも納得してるんで、海老さん、あれ貰ってくれませんか?

 お兄ちゃんとお父さんにはナイショで送りますよ。佐川急便で。

 ああ、それからもっと変な話もあるんで、後で教えますよ。



 礼を言って、会話を終える。

 妹さんとの会話で、突然怖くなった。

 もちろんだが、丁重にお断りしている。


 ラインでの通話を終えて、非常に気分が悪くなってトイレに駆け込むハメになった。

 下痢をしている。

 吐き気まで催して、トイレに一時間ほど篭ることになった。



 ここまで書いておいてなんだが、後半部分はフィクションである。

 エッセイとしては前半部のみとさせて頂く。



 坂田家の皆様には小説として脚色する許可は頂いている。

 妹さんからはもっとたくさんの話を聞けそうだが、この話の出来によりどこまで話してくれるか変わりそうだ。


 なんにしろ、今日は白人女性を見かけることもなく、筆者に生き人形の怪異は降りかかっていない。


 不思議な縁であったと思うのは、拙作の法務官ベイル・マーカスの怪奇記録にて人形を取り扱った後に、このように似た話を実地で仕入れることができたことだ。


 この話は妹さんや坂田氏のその後の顛末の変遷で、続編を書くことになるかもしれない。

 半ばエッセイ、半ば創作としてここで筆を置くものとする。


実話はパンチ力が足りないと書いて思った。

坂田君(仮名)マジでありがとう。

こんな嬉しいのは何年ぶりか分からんぜ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ドイツに行ったら相手さんの娘さんが逆の体験してたりして(笑)
[一言] 虚実織り交ぜた"作者様の飾らない地声"での語り口、物足りない程度で含みを持たせたオカルト体験。 堪能させていただきました。 ベギンレイム様のTweetから海老様の存在を知ったのですが、なんと…
[一言] さすが海老様。 よもつへぐい、ご存知でしたか。 オカルト的に言うとそうなんでしょうけど、科学的に言えばコーラもお寿司も体を冷やす食べ物ですし、この時期にお腹いっぱい食べたらそりゃあ下しますね…
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