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牧一刀斎、推して参る! ~アステリア王国剣客浪漫譚~  作者: ハクトウワシのモモちゃん
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2. 情勢



「で、誰だよアイツ」


 玄関を出て、庭を歩いていると突然質問された。

 ステラは振り仰ぎ、並んで歩く幼馴染を見つめる。

 外側に跳ねたくせ毛の赤髪、少しつり目の瞳は琥珀色、中肉中背だがしっかりと筋肉がついた肢体、同じ藍色の軍服と長剣を腰に差す同い年の青年。

 名はアルバート・ハリソンという。

 ステラは一瞬だけ、質問の意味を考えて答えた。


「……アイツって、マキのこと?」


「黒髪の名前かそれ? 変な名前だな」


「失礼だぞ、アル」


 古くから付き合いのあるため、ステラはアルバートのことを「アル」と呼んでいる。叱ると、アルは不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「昨日はいなかったよな? あんなヤツ」


「ん、午前中にレベッカと買い物してたら、困ってたから招いたんだ」


「ッ……。おまえ、お人好しも大概にしろよ」


「どうして」


 呆れた顔をされて間髪容れずに返す。アルはますます顔をしかめ、がしがしと髪を掻く。


「得体の知れないヤツ連れて、何かあったらどうすんだよ」


「そのときはそのとき。マキはそんな人じゃないと思うから」


「なんでそう言い切れるんだよ、会ったばっかなのに」


「うーん、なんでだろ? やっぱり……」


 と、ウォルフォード邸の門扉を抜けたときステラは足を止めた。向こう側にあるのは立派な二頭立て馬車である。側にはタキシードを着た壮年の男性、馭者か。明らかに私物の馬車であった。ステラはわずかに眉を下げて、隣のアルを一瞥。


「あなたも何の用か聞いてないの?」


「知ってりゃあ伝えてる」


 アルは素っ気なく答える。それが嫌で質問を続けた。


「考えないの?」


「考えても無駄だろ。所詮おれたちも末端の人間なんだから、上の命令には絶対服従」


「でも……。何か重大な件だったなら、どうして私たちのような……」


「有能な中佐殿の直轄と、家柄だろ。ともかくおれは、これが家のためになるなら、従うよ」


「……」


「そんな顔すんなよ。ほら、待たせてるんだからさっさと行くぞ」


 アルは複雑そうにぼやいた。

 こちらに気づいた馭者の男性が深く会釈する。

 ステラは駆け足で馬車へと向かった。


 ***


「遅かったじゃないか」


 中に入って出迎えたのはのんびりとした声音。諌めるわけでも叱るわけでもない、なんとも覇気の無い声である。声の主は柔らかな椅子に優雅に腰かけ、こちらを見上げていた。

 金髪の眉目秀麗な男性である。その人は最年少で佐官に昇進し、ステラ・ウォルフォード以上に軍部で名を知らしめ、将来を期待されている人物である。

 アルが、居ずまいを正して敬礼をする。


「遅れて申し訳ございません。リックマン中佐」


「構わないさ。別に急ぐこともないしね」


 フレドリック・リックマンはにこりと微笑み、長い脚を組み直して、ふたりを向かいの席へと促した。

 ステラは難しい顔を崩さないで着席すると、リックマンが楽しげに肩を揺らす。


「ステラ、眉間にしわが寄ってるよ。美人が台無しだ。そんなに呼び出されたことが不服かな? 今日は何か予定でもあったか?」


「あっ、いえ。特には」


「む、素っ気ない。もう少し何か……たとえば、僕のためならどこへでも駆けつける、みたいな文句が欲しい」

「――で。何のご用ですか、中佐」


 がん、とアルが馬車のドアを強く閉めた。大きな音に黙り込んだリックマンは目を丸くして、ふふっと笑って肩をすくめた。


 馬車が動き出す。カラカラと鳴る車軸が耳に届く。リックマンはふぅとため息をき、綺麗なブロンドの髪を掻き上げた。


「まずは僕の言い分も聞いてほしいな。僕も上層部とは折り合いが悪くてね。当然だろ? 僕のような聡明で美人な上級将校を疎まない奴はいないさ」


「……はあ」


 アルが顔を歪めて相槌を打つ。リックマンは自信家の気があって、少々鬱陶しいところもある。あと女好きだ。リックマンはアルの表情を気にせずに続ける。


「今は、国内外ともにいろいろと騒がしいことは理解できるね?」


「はい」


 大陸の覇権を争う王国は諸外国と睨み合いを続けている。現在は国力を蓄え大きな戦争は控えているが、それでも国境線では小規模の戦闘が幾度もなく起こり、国家戦争に発展するのは簡単に想像ができた。

 今の時期は束の間の平和である。


「東西の小国はどうでもいいが、問題は北だ」


 アステリア王国は南を広大な海に面するため、大陸を席巻するには北方へと歩を進めなければならない。五年ほど前、東の国境に接する諸連邦を併呑し、西の小国も度重なる王国の侵略行為にもはや虫の息であった。

 リックマンの言う通り東西侵攻には何ら問題がない。そう、今王国が頭を抱え、目の上のこぶだと忌みする存在――。


「魔術大国キャメロットですね」


 リックマンは頷く。


「うむ。あそこは魔術を率先して国民に推奨している。国家組織の中枢を魔術士が支配し、軍隊組織もすべてが魔術士だ。――各々の能力は天より与えられし特別なものであり、断じてそれを拒絶することはならない。なぜならそれは天から授かった素晴らしい才能なのだから――と、魔術を第一だと考えている。まぁ、こちらもそれとなく似ているが、徹底はしていない」


「……」


 リックマンの言葉にステラは拳をつくった。


 魔術は万能だ。火を生む者、風を操る者、地を掘削する者……。そして魔術を日常生活以外で利用しない者はいない。

 だからこそ国家は魔術士を重宝し、管理する。それは王国も同様で、魔術士の権限は貴族の次に強かった。

 つまり、騎士の身分は低い。たとえ貴族出身であっても。

 リックマンは頬杖をついて、呆れたように窓の外を眺めた。


「ひとりの人間が一個中隊クラスだ。こちらも魔術部隊を前線に出しているが、どうにも戦況が悪い。数が、違う」


「中佐、話が見えません。キャメロット戦線と、おれたちが呼び出された訳が関係あるんですか?」


 そのときアルが口を挟んだ。

 リックマンは思い出したように言う。


「あ、そうそう。キャメロット侵攻に本腰を入れる前に掃除をしたい、と上層部は考えている」


「掃除?」


 アルとふたりで首を傾げると、彼は口の端を上げた。冷徹に。


「『暁の錬金術士』……耳にしたことはあるだろ?」


 それは魔術士を最上位の人類と考える組織だ。

 特殊な能力を持つ魔術士は迫害を受けたため、そう言った思想は古くから大陸中にあった。だが、『暁の錬金術士』は昨今の平和とは言えない大陸事情の中で生まれた過激集団である。今最も、アステリア王国内で反政府組織を掲げ、危険視される組織だ。要は、魔術を使えない人間は人間では無い、排除すべきだと言うのが彼らの思想だ。


「キャメロットよりも、連中が厄介だ」


 リックマンは皮肉げに笑う。


「今、国内で馬鹿げたことをやられては困る。ソレに感化され、魔術士アホウどもがキャメロットに亡命でもされたら、なお国家安寧に響く」


「つまり、中佐の幕下で『暁の錬金術士』を制圧しろ……と?」


「滅茶苦茶だろそれ……」


「そうだろう?」


 ステラとアルがげんなりするが、リックマンはくつくつと笑いだけだ。


「――が、出来る限りのことはやる」


 リックマンの目が不遜に輝く。


「所詮は有象無象の塊、軍隊を相手取るより楽な仕事だ。反政府組織を潰すだけで出世に繋がるなら僕はなんでもやるよ」


 この人は出会ったときそうだった。立身出世のためならば手段を選ばない。野望に満ちた彼を止められる人は残念ながらここにはいない。アルは大きくため息をいて、がしがしと髪を掻く。


「巻き込まれる身にもなってくださいよ」


「苦労を掛ける。けど、アルバートもこう考えてるんだろ? これを達成すればハリソン家の名は上がる。さぞや、お父上や兄上たちはお喜びになるだろうな。君の株も上がる」


「ッ! あんたって人はほんと……!」


 余裕の笑みを浮かべるリックマンに、アルは苦虫を噛み潰したように顔を歪めて、そっぽを向いてしまった。

 そしてリックマンは次にステラを指差す。


「ステラもそうだ。代々騎士号を賜り、アステリア王国王家の右腕を為すウォルフォード家だ。君もいずれはお父上と同じところに立つんだ。この話、悪いことばかりではないだろう?」


「……」


 返答に困った。


 父は既にこの世にはいない。魔術士の才が無い父は一振りの剣のみで戦場を駆け巡り、功績を立て、アステリア王国騎士団総団長を拝命されていた。父は誰よりも強く、誰にでも愛され、慕われていた。ステラはそんな父の背中を見つめて、今まで剣の腕を磨いてきたのだった。


 ――そんな父と同じ立場……?

 まったく、ピンと来なかった。


「あ、えっと……、私でも何かのお役に立つなら力を尽くします」


「良い返事だ。ではまず、今夜ふたりで食事でも」


「中佐ッ――」


 アルが怒鳴ったとき、轟音が外から鼓膜を叩いた。

 馬車が急停止し、車内は一気に静まり返った。


「……見てきます」


 それも数瞬。ステラは我に返り、リックマンに言い捨てて出て行く。アルの制止する声を聞きながら馬車を降りると、大通りを歩く人々も皆一様、空を見上げていた。

 何事かとステラも顎を上げて、目を疑った。


 快晴の午後。暖かな日差しと青い空。絶好のお出かけ日和で、王都を貫く大通りもたくさんの人で溢れて賑やかだったのだが……。

 建物と建物の合間から黒煙が上がっていた。

 市民の目はそれに釘付けになって、誰でもが言葉を失くしていた。


「あれ、市場の方だな。火事か?」


 隣にやってきたアルがぼんやりと呟いた。小さな呟きにステラは反射的に言い返す。


「事件なら行かないと」


「あっ、おいステラ」


「怪我してる人もいるかもしれない。助けに行かないと」


「そんなの憲兵とか……」


 また、爆音が轟いた。

 今度こそ、危ない。

 その警鐘はすべての市民に伝わる。恐怖は一気に膨れ上がり、一瞬で爆発した。

 人が入り乱れる。蜘蛛の子を散らすように逃げる市民。悲鳴じみた甲高い馬の嘶き――。


「アル! 中佐を頼んだ、私は現場に行く」


「ちょ、ステラ……待ってて……ッ」


 ステラは人の流れに逆らって、空に上る黒煙を目印に駆け出した。

 そして三度目の爆発。これは普通じゃない。何かただならぬ事態が起こっている。直感が感情を急がせ、脚がもつれる。ステラはつんのめりながら十字路の角を曲がって、狭い市場を駆け抜けた。

 王都の東に位置する市場。定期的に開かれるそれはたくさんの人と物で今日も混雑していた。その中央、噴水のある広場まで抜けたとき、ステラは腰の長剣を抜き放ち――。


「私は……ッ!?」


 名乗れなかった。言葉が喉につっかかり、身体が硬直した。

 ステラは碧い瞳を見開く。

 広がっている光景が信じられなかった。

 地面は割れ、噴水は半壊し、家屋は傾き、焦げた異臭が鼻をつき、吐き気を催す。


「……」


 わけがわからない。自分の見ているものはすべて現実なのか。そう思ってしまうぐらい、広場の状態は悲惨であった。


「これはもはや、狐と狸の化かし合いではないか?」


「え?」


 聞き覚えのある声にステラは首を巡らした。

 ずん、と地響きが鳴る。瓦礫を踏み砕く音の方角を見やれば、そこには巨大なオオカミがいた。


 息を飲む。


 それはオオカミの姿に驚いたわけではない。その巨狼に立ちはだかるように雄々しく佇む人間がひとり。白のカッターシャツと黒のスラックス。鴉の濡れ羽のような美しい黒髪を持ち、腰には湾曲した剣を二振り差していた。


「マキ……?」


 今日出会ったばかりの知り合いは、出会ったときと同じように、全身を真っ赤に染めていた。




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