3rd drop
俺は親のかおなんて覚えていない。ただ幼いときより夫婦喧嘩が絶えない家庭だったと記憶している。
どうして人間同士がいがみ合わないと行けないのかそれがとにかく悲しかった。
だけどこの年齢になればわかる。人は全く違う異次元の存在。わかり会えると思っていたのは幻想で現実問題心のそこからわかり会える人間となんて出会える機会はあるのだろうか。
両親とも家には帰ってこない。だから気軽な学生生活を送りながらも心の奥底に何とも言えない寂しさが残っていた。
「あのっ」
この古びた家に少女の声。それがあまりにも似つかわしくなくて俺は心のなかで苦笑した。汚れを知らないかお。世の中が善意に道溢れていると信じて疑わない少女。それがレインだった。
「このお家は他に誰がいらっしゃるのですか」
「だから俺一人」
「お父さんとお母さんは」
いきなり嫌なことから突っ込んでくる。でもそこにあるのは好奇心とは別のものだった。どこか優しさと慈しみが混ざったような声色だった。
「いないよ」
震える声で答えた。俺にとってのコンプレックス。両親がどこにいるのかもわからない。便りになるのはつきに一度の現金書留だけだ。
二人が別れるのは当然だった。だけど俺にとっては耐えがたい事実でもあった。
誰もいない。誰も今の俺のことを知らない。
それはどうしようもない恐怖だった。
「今日レインが来たのが久々のお客さん」
「お客さんだなんて」
傘を貸してもらった。だからそのお礼にとお茶をいれた。
だけど心の奥底では誰かに会いたいだけだったのかもしれない。
俺を知っている誰か。
そばにいてくれる優しい人間。
そんな単純な理由で彼女を招き入れてしまった。
それにしても警戒心の薄い子だと俺でも思う。
怪しげで傷だらけの自分に声をかけて、隣にいてくれる。
まるで夢のような時間だった。
「レイン」
「なんですか」
ずっとここにいてほしいといいかけて口をつぐんだ。そんな危ない思い上がりは避けた方がいいに決まっている。
「紅茶の味はどうだ」
「お砂糖とミルクたっぷりで美味しいです」
どうしてこんな中身のない会話しかできないのだろう。俺は自己嫌悪に陥っていた。
「だけど本当に美味しい理由は」
レインがひとつ付け足す。
「あなたが隣にいてくれてわざわざ紅茶を出してくれたからです」
にこりと微笑む姿はまるであどけない子供のようで胸がざわついた。
「そんなやさしさをあなたが持っているからです」
「別にそんなんじゃないよ」
照れ臭くて突き放すような言い方になってしまった。
だけど彼女はそれを意に介さず微笑むだけだった。