壱話。
さくり、と手元の感触が心地良い。
撃鉄を引く瞬間が、丁度良い緊張を与えてくれる。
人を殺すのは別にどうとも思わない。
機械的に、何も考えずにアクションを起こす。
俺はそう言う血塗れの世界に育った。
なのに……。
◇ ◇ ◇
「もう一度問う。ここはどこだ?」
頭の中の疑問を出来る限り解消しようと、俺は必死に眼の前の少女に語りかけた。
「こ、ここはスノウ・ベルン中級魔術学校で、ですぅ……」
この女はふざけているのか? それとも、俺は気絶しているうちに精神病棟に入れられたのか?
「ほう、そうか。仮にそうだとしよう。なら何故俺がここにいる?」
辺りは薄暗い。小さな部屋に灯りが一つきりだ。
「そ、それはー……えっと、その……ゅう、だからです……」
……声が小さくて聞こえない。
「聞こえない。もう一度、言え」
「あ、あの。だからっ! あなたは私に召喚された召喚獣なんですっ!」
ハ、イ?
嗚呼、そうか。世の中には薬のやり過ぎで頭が狂ったと言う奴がいるが、こう言う奴の事を指していたのか。哀れな奴もいるもんだな、と他人面していたが。俺にまで被害が及んだか。
「あ、あの? 何処に?」
「無論、帰る」
「え? あの、帰れませんよ? あなたは今日から……」
「俺は、か・え・る。理解できたか嬢ちゃん?」
顔を間近に近づけ、獣殺しの殺気で睨み付ける。
「生憎、俺には仕事が残っていてな。お遊びに付き合ってるほど暇じゃないんだ」
俺に、少女は泣きそうになりながらこう言った。
「……エルナ・セルロウ・ヴェルロット。こ、これがあなたのご主人の名前よ……覚えて起きなさい……です……」
主人と言うなら敬語を使うな。
「そうか、で。エルナ、出口は何処だ? と言うかここは何州だ?」
俺がいたのがニューヨークだった筈だが……日本に帰って、早く和食が喰いたいものだ。
「なにしゅう? ここはスノウ・ベルン王国ですよ?」
また、それか……。いい加減にしてくれ。そう、言おうとした時。
ギギッと古めかしい音を立てて、俺の真後ろにあったらしき扉が開いた。
「終りましたか? ミス・ヴェルロット」
五十台過ぎのばあさんだ。
ちろりと、俺の方を見やる。なんだ? 何様だ?
かなり驚いた顔をしている。失礼だな。
俺はこの時、初めて少女の顔をはっきり見た。
十四〜十五あたりか? 整った顔立ちに、黒……いや、深い紺色の髪をしている。
鼻の辺りにちょこんと紅い眼鏡が乗っている。左右の目の色が違うな? 黒と紫紺?
真っ黒なローブを着ている『ご主人様』をジロジロと観察していると、目をそむけられた。
「ミス・ヴェルロット? 説明をお願い」
ばあさん、俺にも説明をお願い。
「え、えと。ミセス・グラリス、召喚の儀式を行ったらこんな人に酷似したのが……」
待て、俺は立派? な人だ。
「とりあえず、後が痞えています。学園長の所へ報告しに行きなさい」
「待て、ばあさん。一つ言う、あんた等は纏めてココがおかしいのか?」
自分の頭を指で指しながら問う。
「な! 獣魔が喋った?」
人が人の言語を理解しちゃいけないのかい。
「ミス・ヴェルロット、今すぐ学園長の元へ。この獣魔を見て貰いなさい」
俺の言葉は無視ですか、そうですか。
流石に俺もお遊びにずっと構ってるほどお人好しじゃあない。
腰に吊ってある、拳銃……にしてはデカめだが、それを引き抜き少女の頭に押し付ける。
周りはシーンッと静まり返っている。
「あの? なんですかこれ?」
嗚呼、おかしいな。本当に頭がおかしいらしい。
拳銃を付き付けた挙句に「これ? なんですか?」
「ふざけるなぁぁああっっ!」
俺はその瞬間から膝を抱えて、持病の鬱と闘っていた。