穏やかな夜
「あっ……」
「…ん?どうしたの?」
「…ふふ、近いかもだね、裏よりも」
アクア、ノア、アイルの三人はベランダに出て、空を眺めていた。
月が裏の世界よりもずっと近く大きくて、思わず声を上げてはしゃぐノアにアイルは執事の顔をとって話しかけた。アクアもそんな2人に微かに微笑みを向ける。
「届くかにゃ?月って幻惑魔法じゃにゃいもんね?」
「幻惑魔法は私の風月だけじゃないかな?あんなの、既製魔法にはないと思うんだけど…私はあんまり詳しくないからなぁ」
「私もあまり詳しくないなぁ。私ね、戦力ないに近いんだぁ…ごめんね、使えない執事で…」
アクアとアイルが自分の無知に落ち込んでいるとノアが慌てて声を上げる。
「私も小学校には3年生までしか行ってにゃいから、あまり知らにゃいよ、アクアちゃん。それに、アイル。アイルほどいい執事にゃんて、どんにゃに捜しても見つからにゃいよ。そんなこと言わにゃいで、これからも一緒にいてね?」
「本当に?私は一年も行ってないけど、大丈夫かなぁ」
「……ノア様…!」
呑気に返事をする無表情なアクアと目を潤ませるアイル。ノアは苦笑してアイルの頭を撫でた。アイルはノアと背が近いので出来ることだ。実は甘えたなアイルは此処ぞとばかりにノアの細い身体に腕を回してきゅっと抱きついてくる。普段は執事としてノアよりもしっかりした態度を心がけていることの反動からか、そんな態度がノアにとってはとても可愛いくて、ぎゅうと抱き返してしまった。
とんだバカップルである。
「じゃあ、アクアちゃんはルシウスにいって、学校に通うようにしたらいいにゃん。きっと楽しいにゃ」
「んー、考えとく」
バカップルに少し呆れの目を向けつつアクアはそう答えた。
ここでこうする前までは、アクアの世話をしたがる岡崎夫妻に何かと手を焼いてもらっていた。ご飯の時にはどんなのが好きかや用事が終わっても予定通り三ヶ月間はいて欲しいなどという話をし、お風呂に入らせてもらって、なぜか用意されていた服を着ている。
月をぼおっと眺めているアクアは、岡崎夫妻と共にいる間はずっと、無表情を片時も見せることなくにこにこと笑っていたのだが、今はどこかご機嫌斜めに頬の筋肉をピクピクとさせていた。
「ふふ、口角が痛いですか、アクア様」
落ち着いたアイルの言葉にアクアは困ったような声を出す。
「…いたいー……」
その言葉にノアとアイルは顔を見合わせて苦笑した。やはり、夫妻の前では愛想笑いをしていたらしい。
「ねぇ、にゃんで愛想笑いをしていたの?基本無表情にゃの、知ってる人でしょ?」
ノアの問いにアクアは少しだけ頬を朱に染め、顔を背けて言う。
「…それは……私のことを10年も心配し続けてくれてた人たちだからだよ。安心させてあげたい…し、恩返しかな…」
アクアの台詞は大体予想通りだったのか、ノアとアイルはニコニコして聞いていたが、最後の台詞にアイルだけは首を捻る。ノアはアイルよりもアクアと付き合いがある。ゆえに、幼くなっていようともその思考回路が変わっていないことを知っていたようで、疑問を感じなかったらしい。
「恩返し、でございますか?」
「うん。私は嬉しかったからね。辛いだけだったこっちの世界に、2人…ううん、3人も気にかけてくれてる人がいて。その嬉しさの恩返し」
やはり顔は赤いものの、アクアは嬉しそうに目を細めて笑いながらそう言った。
その言葉をしばらく黙って考えるアイルの後ろから、ノアがニヤニヤと笑いながら声をかける。
「変わらにゃいにゃね、リーダー!ホントにあの頃よりも精神年齢若くにゃってる?」
「もう!なってなかったらこんなに感情制御に苦労してないよぅ!!」
ぷぅ、と頬を膨らますアクアの魔力が暴走しないように、アイルはため息と共にノアに向き直った。
「あー、もう。ノアちゃんはすぐからかう…ん?からかってる?まあ、いいや」
しかし、何をどう言えばいいのかわからず、今は職務中ではないという言い訳をもとに諦めるを早々に選択し、もう一度月を見上げた。
後ろの言い争いを聞きながらのお月見も、悪くはないだろう。
「お話を聞いて、どうでしたか?アクア様」
所変わって岡崎家の女3人で借り受けた一室。岡崎母が入れてくれたお茶を飲みながら、母も交えてのガールズトークとなった。
「岡崎さん、様はやめて下さい。アイルが読んでるだけなんですよ」
アクアは一言そう、舌足らずに釘を刺してから、そうですね、と質問に答える。
「正直なところ、あまりなんとも思っていないんです。あの生活はそういう経緯あってだったんだー、くらいですよ。今から取り戻せることでもないですもん。だけど…意外では、ありました。隆太があんなに覚えていると思わなかったから…」
はっきりとしない解答、その上、おそらくはそれが全てではないことは3人ともわかったが、あえて今、口にすることはなかった。
「ああ、あの子も、少し前に思い出したんですよ。もともとはそんなに覚えてなかったんですが……2年…くらい前でしょうか。金髪碧眼の女の人がうちに来たんですよ。それで、隆太くんに話があるので、少しお借りしますって勝手に連れて行かれて…それからですね…あの子が頻繁にあの村でのことを口にするようになったのは」
「あの村のこと、ですか?アクアちゃんのことでにゃく?」
思い出しつつの説明にノアが真剣な目で問いかける。岡崎母はノアの猫っぽさが気に入っているのか少し目を猫耳に向けて顔を綻ばせたあと、真剣な顔に戻って答える。
「はい。アクアさんのことは、ずっと以前、あの子を引き取った頃からずっと聞いてます。寝言でも、言ってましたよ。本当に気になっていたんだと思います。何回も家でして、あの村の方まで行って、探してました。もちろん、私たちも探したんですが……ふふ、だって、まさか異世界へ行っただなんて、思わないでしょう?」
しばらく可笑しそうに笑う岡崎母につられてアクアたちも少し笑う。確かに、魔法の存在しないこの表の世界では突飛な思考だ。いや、裏でも世界渡りできるものは早々いないため、滅多にあることではないが。それでも、可能性を考える上でなら、十分にその幅が広がる。やはり、表と裏には差があるのだ。
「けど、あの子からもとの両親、村長さんの話を聞くことは、ありませんでしたよ。あれより前はね。あの女性と出て行って、帰ってきてから、あの子は少しづつ思い出したと言って話してくれました。さっき話してた話は聞いたことがなかったけれど」
「…そうですか」
金髪碧眼の女の人。
ノアとアイルは同時にアクアを見た。見られたアクアは気まずげに頬をかきながら、小さく首肯する。どうやら、アクアも2人と同じ結論に至ったらしい。
「…ここに来る前に、あの跡地には?」
「行きました。そして、少し調べてきました」
「どうでしたか?何か、変わっていましたか?」
「? 元を知らないもので、何も言えませんが…」
岡崎母の質問にポンポンとテンポ良く答えていたアイルが少し首を傾げて答えを考える。
どうやら、岡崎母が言うには最後に行ったのは3年ほど前だったという。
「「「(3年前か……まだあの人来てないな)」」」
3人はそれを聞いた時、同時にそう思ったのだった。
「そうですね、それからなら、少し変わっているかもしれません(というか、絶対変わってると思うんだけど、ノアちゃんどう?)」
「少しですか?どのような状況でしたか?」
「そうだにゃ……血の匂いはまだ溜まっていたけれど、少なくとも泉はただの、地中から水が湧き出た自然なものだったにゃね(ぜぇっっっったいに、あの人の仕業だよにゃ。てか、これであの泉ににゃにかあったことは確実にゃん。それを解除しに来たにょがここで言う2年ほど前?だったら裏にゃら…3週間ちょっと前くらいにゃ?)」
「そうですか…私たちが行った時は、流石に泉に近づく勇気はなかったんです。あの悪臭が酷くて…」
「うん、あれは酷かったですよね(それなら、私とノアちゃんがシーベルト討伐した頃?うーん、泉にかけてた魔法については、お母さんから聞いてるんだよね、実は)」
「「ええーっ!?それ本当 (ですか)!?」」
3人は会話を続けつつ、目で母に悟られないように会話を続けていた。そのため、いきなり立ち上がり叫んだノアとアイルに岡崎母がビクリと肩を揺らして驚く。
「ど、どうしたんですか?」
「ごめんなさい、これから、少し、魔法の話をするのでわからないかもしれません」
「あ、はい。なら、私はこれで。ゆっくり休んでね、アクアさん」
岡崎母は気を使ってくれたのか、にこりと微笑んで席を立った。
「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」
それにアクアはにっこりと微笑み返し、岡崎母を見送りーー
「おーい、大丈夫?」
ーー呆然と叫んだ状態で止まっている二人に向き直った。
「そ、そういうことは早く言おうよ、アクアちゃん」
「ごめんなさい」
「説明してもらえますか?」
「それも、ごめんなさい。お母さんに口止めされていること以外なら、という条件がつくの」
ごめんなさいと言った時、厳しい顔をした二人だったが、アクアが本当に申し訳なさそうにそう言うと安心したように笑った。もともと、フレイアが何かしているという確信はあったものの、聞いても答えてくれないだろうと踏んでここへ来たのだ。全てを聞いたというアクアの協力はありがたかった。
「話せることは、少ないと思うのだけれど」
「いいよ。お願いするにゃ」
「あ、けど、今度にしましょう?もう夜遅いので、慣れない世界に来たばかりなのですし」
3人は明日の夜また話すことに決め、その日は同じベッドで眠りについた。
満月だ。
「ああ、満月だね」
いつの間にか、家の前で1人空を見上げていた俺の傍に寄り添うようにして1人の少女が立っていた。
俺は何も言えず、彼女の月光に照らされた姿を見詰める。
長い、腰をゆうに超える豊かな金髪は今日の体調は水属性が強いのか微かに碧みがかっていた。それが、キラキラと反射する。
肉付きの良い身体を寝巻き代わりにしている薄い白のワンピースで包み、裸足だった。
「ノトに気をつけないと…だね?」
ふふ、と困ったように笑って蒼い宝石のような目を俺に向けてくれる。
俺、に向けてくれる。
「……ああ、そうだな」
そんな軽口に応えながら、俺は息が詰まる想いがしていた。
綺麗で、可愛くて、優しい。
頼まれると弱い癖に、我が強くて。
絶対的な力を持ってるくせに、弱い少女。
見た目は俺よりも年上なのに、年下の少女。
「……どうしたの?」
その瞳に映るのは、俺だけじゃない。
ほかのパーティーメンバーももちろん、他人も移す。
当然だけど、嫌な感じがする俺はおかしいのだろうか。
「…なんでもないよ」
「そう?」
言って、にこりと微笑む。
彼女が微笑んでくれる相手は少ない。彼女の微笑を見ている時だけが、俺が安心できる時間だった。
「あのね、」
彼女が今日の話をし始める。それを聞いていると、とても安心できた。俺と彼女との、一日の決まりのように家がパーティーのホームと化してからは毎日続けてきたことだ。
今日も、これでやっと、深い眠りにたどり着ける。
夢の中だけでも、彼女の姿を見て声を聴けないと気が狂ってしまいそうで、ここのところは眠り浅く、ずっとこの夢を見ている。
何度も繰り返す彼女の会話。もう一字一句間違えずに諳んじれる自信があるほどだが、途中で止めようとは思わない。声を聞いていたいからだ。
「ーー!起きろーッ!ルイーッドーさーん!」
俺の安眠を妨害してくれたのは桜色の髪と目を持つ少女。
俺の世話係のチェリーだった。
いつもいつも、俺が深い眠りに入る前ギリギリに起こしてくれるいい(迷惑な)娘だ。
「なんだよ…俺はさっきので疲れてんだけど…風呂もう入ったし、飯いらないって言って、さっき部屋の前でお前と別れたはずなんだけど」
苛立ちを隠さないで言ってやるが、効果がないことくらいわかっている。ここの人たちは皆、魔道人形なのだから。そこにある感情が本物かどうか、魔導師で無い俺にはわからない。
「はい。さっきは激しかったですもんね。めっちゃ声漏れてましたよ。みーんな、聞いてますよ」
「………やめてくれ、情けなすぎて、死にたくなる」
ゆっくりと身体を起こしてこめかみを抑え、はぁ、とため息をついた。この少女は、何処か幼馴染兼パーティーメンバーの少女に似ている。要するに、空気と人の気持ちを読まない。
「ダメですよー。あなたには死ぬ権利はありませーん」
カラカラとからかうように笑った。その後、チェリーはさっきロキの部屋からほとんどまるまる漏れていたという俺の声についてからかいにからかい、俺を自殺寸前の心境まで追い詰めてくれた。
いっそ、トドメをさしてくれ。
「あははっ!そ、それでですね、ルイードさん。あーんなに、汗だくになるまでやってからたった数時間しか経っていませんが、三回戦目をするそうですよ?ご主人がお部屋にお呼びでーす」
「……パス、とかは…」
「できませーん!!というか、ルイードさんにしかできないお仕事ですよ!がんばって!」
はぁ、ともう一度ため息をついた。ここに来てからどれくらいが経っただろうか。体感では、もう何ヶ月も経ってる気がするが、それは昼も夜もない生活を続けているせいかもしれない。ここはロキの意思で時間が流れるから、外ではどれくらいの時が経っているのかわからない。今更外に出ることには恐怖を覚えるから出たいとは思わないが。
ここに来てから一日に平均4回戦はしてる。毎度毎度手加減なしなので、そろそろミスって死ぬかもしれない。
「わかった。適当に用意したら行くから、部屋の外で待ってろ」
「いえ、今回は指定されました。なんでも、ここのソファで眠っていた罰だそうですよ?今回は手ぶらで来いと」
「……俺に死ねってか?言っとくが、即死だぞ?」
「大丈夫ですよー!人形は死者からでも作れます!」
「くそー!まさかだが、ルールを破ったのは俺だから何も言えねー」
俺が嘆いている間も早く早くと急かすチェリーに連れられて、俺はまた、ロキの部屋へと向かった。
最後にチラッとだけ出そうと思ってたのに意外な量になってびっくりでした。ルイードの方。
まあ、あっちはあっちであんな感じで穏やかに過ごしてますww
実は結構上手く行っていたりw
次回は説明が多めになる…かもしれないw




