神々の大喧嘩4
俺の酔いが少しマシになるまで膝枕を続けてくれていたフレイアはもういい、と言うとあっさりとその状態を解き、さて、と言いながら部屋の隅へ向かった。
「おにーっちゃんっ!!お宝探しの始まりだよ?」
長方形のデカイ会場の、入り口扉の反対側。何もない壁の前で立ち止まったフレイアは楽しげに俺を振り返って言った。
「宝探しって…そんなとこにあんのかよ?」
どうやら、俺が来るまで待ってくれているらしい、とわかったので痛い頭とフラつく身体に鞭打って速歩きで向う。
「ふふっ!わかんない?わかんないよね〜」
「なんだ、今俺はバカにされているのか」
「そんなことないよー!さすがお兄ちゃんだなぁって思っただけだよー」
「ん?やっぱりバカにされてないか」
そんな軽口を叩けるほどの距離だった。
本当、巨人とは迷惑な種族である。
ようやくたどり着いた俺の右腕にするりと左腕を絡ませながらフレイアは今はそんなに低くない視点で俺を見る。ちょっとした違和感。
「見ててね?巨人って、魔法を使えない種族のくせに、魔法道具は持ってるの。ドワーフとの仲はそのそのだって聞いたことある」
フレイアは右手をその壁に翳し、ピッと人差し指だけ立て、魔力を集中させる。
そして、滑らかな動きで魔法陣を描き始めた。
「お前でも陣は描くんだな」
最近、こいつは詠唱をしなくなった。最後に聞いたのはいつだっただろうか?こいつの詠唱は歌うようで、わりと好きだったんだが。
「うん。詠唱すると、威力がちょっと制御効かなくなるんだよ。その点、魔法陣は固定だから、安心。陣保存で幾つか腕にしてる程度だから一々描かなきゃなんだけど」
しかも、保存してるのは麗麟の回復魔法とか防御壁とかだから、攻撃は出来ないよ、と少し悔しそうに話す。
天才の意外な一面。
実はこいつは努力家だったりする。
杖持って生まれて来たわけじゃないから、努力もするよ、なんて昔言っていたのを思い出した。
こいつに魔法を教えたのは…多分、母さん。
俺に剣を教えたのが父さんだから、多分だけど。
10歳になる頃には自己流でし始めた俺とは違い、フレイアは何時も魔道書とノート持って、魔法を専門とする神の後ろひっついてた。初めて使った魔法は、創作魔法だったか。
楽しそうに杖の先からポンポン花を生み出していたのをよく覚えていた。
確か、アスガルドに移住する前くらいまでは、魔道書の魔法を使っていたはずだ。
アスガルドに、母さんは行けなかったからだろうか?こいつはオリジナルに拘るようになった。
もう昔の話だ。
「ほら!見て見て!凄くない??」
「……あー、うん」
意識を過去から現在に戻し、フレイアの指差す方を見るといつの間にか完成していた魔法陣が次々と術式を破壊しているところだった。
術式を破壊するたび、小さな火花が飛ぶ。それがどんどん広がって行き、やがて壁一面に陣が広がり、様々なところで様々な色の火花が飛び出した。
それは、光の花が咲き乱れるようでとても美しい光景で。
フレイアのお気に入りの魔法だったりする。
「…はぁ…これ、何の魔法道具だったんだ?」
「え?なんだろ?」
光の花に見惚れているフレイアに声を掛けると予想通りの返答が帰ってきた。
そう、予想通りなのだ。
残念ながら、フレイアは何時も何の魔法道具かも確認せずに壊してしまう。
以前、フリッグの最新の魔法道具を壊して怒られまくったのを綺麗さっぱり忘れていると見た。
情けない妹である。
「けど、隠蔽の魔法陣が組み込まれてたから、きっとこの奥にミョルニルあるよ!」
「あったらいいな」
しかも、だ。この間なんか、爆発系の魔法道具を壊しやがって、危うく足か腕何本か持ってかれるところだった。
最大で四本しか持って行かれないところが唯一の救いだ。
……救いか?
まあ、置いておこう。先ほどの滑らかすぎる動きを見て普段から得意としている魔法だろうと辺りをつけられなかった俺も悪い。
以後、気をつけようと思う。
幸いにも、今回のコレは爆発系ではなかったらしい。しかし…
「結構、大掛かりだな?これ、持ち帰ってフリッグに、渡した方が良かったんじゃねぇの?」
「……お兄ちゃん、私が目を瞑ってた部分をあっさり言い過ぎだよ」
フレイアも内心思っていたらしい。まあ、俺でも思うんだから、当然か。
この魔法道具は大体縦3m横9mくらいの代物で、その範囲のほぼ全て、余すことなく火花を散らしていることから、多種多様の術式を組み込まれていることがわかる。
「これさー、結構いろいろかかってんだろ?けどさ、素材は割と軟いし、防御系の魔法も、魔法耐性だけ…だよな?俺の宝剣で切れたと思うんだけど……」
俺が、意外と持ち帰りは簡単であることを言うと、フレイアは耳を塞いで蹲った。
「やめてやめて!あー!あー!聞こえないー!!莉八が監視に来てることとか知らないー!」
「えっ!?莉八来てんの?!」
ポロっと零した情報に狼狽えつつ、俺はフレイアを宥めてやった。流石に、フリッグにバレて怒られることを理解はしていたらしい。
「だってね!だってね!!こんな…大仕掛けな魔法道具がね!こんなところにね!あるなんてね!思わないじゃない!?」
「うんうん、そうだな。お前がやったみたいに破壊してもおかしくないよな。けど、先にさーー」
「わかってるよ?わかってるもん!先に調べるのが普通って言うんでしょ?けどね?だって……最近、魔法道具壊してないから火花見てなかったしね?私もね?たまには見たいなって…お兄ちゃんも見たいかなって…」
「うんうん、俺のこと思ってくれたんだな?ありがとうな?わかったから、一旦落ち着こう、な?多分、調べなかったことを責められるかもだけど、大丈夫だぞ?そもそもの目的さえ果たせれば問題ないぞ?」
なんてやり取りを五分強繰り返し、一応大人であるところのフレイアは漸く立ち直った。
長い戦いだった。
「さて、じゃあ、さっさとミョルニルを探しましょ、お兄ちゃん」
「ああ、そうだな」
妹の切り替えの速さをこんなに有難いと思ったことはない。
宥めている間に崩壊まで済んでいたのか、壁一面にあった魔法道具が崩れ去り、向こう側の空間が大口を開けて見えていた。その中には金、銀、白金をはじめとする装飾品の数々や、大粒の宝石や魔法石、魔法陣の組み込まれた衣服など貴重品と言われる中でもトップクラスの品々が納められていた。
なるほど、これを守るための魔法道具だったのか…それにしては、防御が軟い…か?なら、何のための魔法道具だったんだろうか…
俺はそんなことを考えたが、既に余裕のないフレイアはとにかく早くミョルニルを見つけたいらしく既に中に入って貴重品の山を崩していた。
「ミョルニルー!出て来てーー!!」
半泣きで探すフレイアは可愛いが…
壊れ行く貴重品の数々を、そのまま放置も出来るわけがなく、俺はその部屋の床に全てに空間魔法を開いた。
「へ?ひゃあ…!!」
「中で宝探しやってろ」
部屋の中のものと一緒にフレイアも空間魔法に飲み込む。特別な術式を組めば中に酸素も供給できるのだが、俺にはできない。まあ、フレイアなら勝手に書き換えるだろうし、あの一瞬で一応状況も理解して呼吸できるように自分に魔法かけてるだろう。
そうしてフレイアの安全を思考の中で確認しながら、俺は宝剣を呼び出した。
「存外…酒に強いんだな、巨人って」
言いながら、緩く構える。幼い頃から身体に馴染む、自己流だ。
そして、振り返った俺の視線の先にはずっと倒れ伏していた巨人たちが皆立ち上がり、戦闘態勢に入っていた。
「…儂等には血がないからな…殆どの者は」
「ああ…そうだったか?ロキはあったから、見落としてたよ…寝たふりしてたのか?」
「いや、純粋に倒れてた」
「そこはあたりだったのかよ!」
「まあな。あんなに酒を摂取したことはなかったからな」
「酔わなくても影響はあるんじゃねえか…」
こほん、と場を改めるように咳払いをしてから、巨人たちは俺と俺の後ろの空間を睨み据えて来た。
「…儂等を騙したのか?」
「お前らも、俺らを騙しただろ?ミョルニルを返す気はなかった」
「…なぜ言い切れる。返す気はあった」
1番俺に絡んできてた、確か、名をスリュムとかいう巨人が返事をする。それに俺は苦笑した。
こいつ、騙したのかって言うから、俺の正体に気づいたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
こいつらの中で俺は今もなおフレイア神で、予想よりも口が悪く、侍女と仲がいいという認識に改められている。そして、騙したのか、と聞いたその真意は。
「最初から、儂等の財宝を盗むのが目的だったのか」
「ちげーよ、ばーか」
そう、こいつらは、俺とフレイアが来た目的が財宝を全て盗むことだと思っているのだ。
こんなもん、全世界を回れる神からしたら大したものじゃない。それを、ワザワザ盗みに来るかっての。
「そんで?あの中にミョルニルはあんの?」
「…そんなもの、教えると思うのか?」
「んー…まあ、教えねぇわなーー」
当然だ、と言うように鼻を鳴らす巨人。しかし、俺の話はまだ終わっていない。
「ーー口では」
「?!」
途端、何を言っているのかわからない、と言った顔でこちらを睨む巨人、スリュム。頭の回転がよろしくない巨人には親近感が湧くが、殺さなくてはならない敵だ。
「俺ら兄妹はな、意思伝達魔法があるんだ。あんたが考えたことくらいは読める。しかも、あんなに強く考えられちゃあな」
嫌でもわかる。
あの中にあるらしい。
「そんなわけで、俺らはもう帰るけど?なんか、異論ある?」
「……素直に帰すと思っているのか?」
「…いや?だから、聞いてんだけど」
そう言うと、スリュムはフッと笑って隣にいる巨人に何か支持を出した。
「…?なんだ?」
「フレイア神、汝の弱点くらい、儂等も知っておると言うことだ」
フレイアの弱点?そんなもん、あったら俺が知りたいわ。
しかし、スリュムは自信満々で少しもそれに疑いを持ってない。なら、何かあると思うのが正しいか。
「……何言ってーー」
俺が言うのと、支持された巨人がその腕にはめる赤い腕輪を壊すのは一緒だったと思う。
ガラ…
フレイアに破壊され尽くしたはずの瓦礫が一つにまとまって行く。様々な光を放ちながら。あの光の色は、確か…自己治癒?
その纏まりはやがて一人の巨人の形になり、呆気にとられ、動けなかった俺をその腕に拘束した。
「っ……自動人形かっ!」
「その通りだフレイア神!そいつに宿される力の一つが魔法無効、自己回復!魔法で壊されたのではそれは死切らんわ!!そしてそれは、封魔の力もある!フレイ神に守られ続けた汝は、肉弾戦はできんだろう!!」
「…あー……うん、できねぇな」
確かに、フレイアはできないな。
まあ、俺がそのフレイ神なわけだが。
しかし、なるほど封魔か。
じゃあ、もう問題ないか。
「出てきていーぞ」
ゴーレムの足元に空間魔法を開く。
途端、中から嬉しそうなフレイアが現れた。
「お兄ちゃんっ!ミョルニルあったよ!!」
キラキラと顔を輝かせているが、俺は兄として怒らなくてはならない。
「なんでお前着替えてんだよ」
フレイアは侍女の服を脱ぎ、何時ものブラウスにリボン、スカートにハイソの服装になっていた。
もちろん、普段通りのフレイアである。
俺の方が着替えたいっての…
「お兄ちゃん、まだコレの真意に気づいてなかったのか…まあ、いいや。ところで、何やってるの?」
フレイアは一瞬で不憫そうな顔をした後、ニコリと表情を改め、首を傾げてきた。
まあ、逃げ出そうと思えばこのゴーレムくらいは素材は軟いんだし、いつでも壊せる。なんなら、素手で。けど、これは持ち帰った方が良さそうなんだよな。
「フレイア、コレの解析、できるか?」
「う?…………全属魔法耐性付加、物理攻撃無効、封魔の術式付加、自己再生、自己回復、自己治癒付加?遠隔操作無効、鍵破壊?んー……自我封印?くらい…かな?それくらいの付加があるだけの自動人形だよ?」
結構な数の付加だとは思うが、個々はそうでもないか。問題は封魔の術式かな。これはまだ神の世界でも完成してない。
「なら、封魔の術式だけ持ち帰ろう。これは持って帰る価値はないな?」
「了解。ないけど、物理攻撃無効もついてるから、主要神以外には結構強敵かも。練習場に寄付したら?」
「じゃあ、生け捕りか…怠いな」
まあ、いいか。めんどいだけだし、フレイアが。
「じゃあ、お前がやれ。魔法無効だからって調子に乗ってかけんなよ?壊れるから」
「わかってるよー!」
フレイアの不満そうな声を聞きながら俺を拘束している腕を破壊した。自己回復が付いてるなら問題ないだろう。
「あー、おにーちゃん壊したー!あれじゃ、回復しないよー!」
フレイアが何か言ってるが知らない知らない。俺はフレイアと巨人たちの間の空間に降り立ち、もう一度剣を構えた。巨人たちの認識では兄譲りで剣を使っているが然程ではないだろう、くらいのものらしい。本物のフレイアが現れても勘違いしたままなんだな。
「お兄ちゃんは、巨人始末しとくから、お前はちゃんと仕事してろよ?」
「うんっ!ちゃっちゃと終わらせて、お兄ちゃんのかっこいいとこ、ちゃんと見るよ」
そんな、会話から十数分後。
俺たちは無事に巨人の国を出た。
もちろん、巨人で無事だった者はいない。
以後、フレイ神はシスコン、フレイア神はブラコンと言う情報と共に全世界に広まることになる。
会話多め…だから、状況がよくわかりませんか?
ごめんなさい、最後、なかなか終わらなくて走っちゃったかもです…
けど、とりあえず、巨人の国編は終了です
明日は、とうとう…www
お待たせしました、明日でこの番外編もおしまいです!




