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いきる、なう  作者: ねこうさぎ
神と少女
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フレイ

目が覚めるとすごくふわふわした。感覚が可笑しいのか、まだ身体が熱くて、息が荒い。心臓の鼓動がとても速い。ドキドキする。ううっ謎の気持ちに支配される。人肌恋しいーーみたいな感覚だろうか?

「起きたのか?その…悪いとは、思ったんだが、服、脱がさせてもらったぞ?」

そんな声がしてそちらを向くと意識がなくなる直前に見た男が立っていた。男は黒のレザーパンツを履いているだけで上半身裸だ。髪が濡れているから、風呂上りだろうか。彼の着ていた服から微かに血の匂いがから、この男は何かの返り血のついた身体を洗いたかったのかもしれない。

「構いませんが…なぜですか?」

「えっと…うん。君、子供じゃないしね。順を追って話そう。まず、君が飲まされたのは最悪の薬だ」

ルビリアルフラワーの葉を使って作る薬だそうだ。しかし、調合ミスされていて効果がきつすぎだ。さらに、私の身体はまだ12歳くらい。さらに頭はまだ5歳だ。そんな薬を受け付けられる訳もなく、嘔吐などを繰り返し、服は汚れてしまい、脱がさせてもらったということだった。

「それを飲ませたやつはきっちり駆除しておいたけど、君はずっと目覚めなくて…心配したんだよ?」

三日もの間目覚めなかったそうだ。初対面なのに心配してくれ、その間の私の世話までしてくれて、嬉しい。

「それは、ありがとうございます。…すぐにクエストへ向かいたいのですが…」

起き上がろうとしたができなかった。男が私に被さるようにして抱っこしているからだ。

「ごめん。本当、心配したから…目を覚ましてくれて、本当に良かった……。君に害意を抱いているやつを今日も殺って来ようと思ってたんだけど、今日はやめておくよ」

「ええ。それがいいと思いますわ」

害意って。と言うか、それで血の匂いがするのか。

「じゃあ、ごめん。抱っこしたりして。クエストは明日にしなーー」

「待って下さい」

頭をポンポンと叩いて離れようとする彼の身体に手を伸ばす。彼の右腕にすがるようにして止めた。

「もう少し、抱いていてもらえませんか?」

私は愛されたことが無い。それが当たり前だった時は全然平気だったのに、初めて大切にしてくれると思った、ルイードに会ってしまって、人の暖かさを知ってしまった。失いたくないと思ってしまった。ルイードは私をおいて行ったけど、やっぱり人恋しい。この男の腕の中は妙に落ち着いて、暖かいから、離れたく無い。

「抱きしめてもらえませんか?もちろん、初対面の方にするようなお願いではありません。お礼もします。だから、少しの間だけで良いので…」

自分がどんなお願いをしているのかくらいはわかってるつもりだ。だから、必死にお願いする。幸い、お金は最近のクエストによって溜まって来ていたし、使える魔法も増えてきた。謝礼でも何かやって欲しいなどの依頼でも大体はこなせるはず。

男はぽかんと私を見つめ、苦笑した。

「まさか、そんなことを言われるなんてな。…もちろん、構わないよ。お礼はいらないよ」

よしよし、と私の頭を撫でて、私の隣に横になる。そして微笑みながら腕を広げたので私はその胸に飛び込んだ。

暖かい。逞しい。安心出来る。そんな気持ちで胸が満たされて、幸せな気分になる。

「ありがとう…お兄さん……」

お兄さんはポンポンと私の背を叩く。うつらうつらして来て、私は再び目を閉じた。



「また、眠ったのか…」

彼は腕の中の少女を起こさないよう気をつけながらぎゅっと抱きしめる。その心境は複雑なものだった。

今は亡き、可愛い妹のフレイア。この少女は確かにその生まれ変わり。つまり、純血の神だ。もちろん、フレイアとしての記憶だって所有している…はずだった。それが、ない。神々は焦り、オーディンはフレイアの記憶が戻るまでは最低限のサポート以外禁止と言う命令を出した。それは神々が直接この少女に情報を与えて記憶を戻したり、アスガルドへ連れ戻したりすることを禁止するためのものだった。

フレイはオーディンとは戦友で何でも気安く話せる仲だ。しかし、命令には逆らえない。記憶なんてなくてもいいからこのままアスガルドへ連れ帰りたいと言う気持ちを抑え込むように腕の中の少女を抱きしめる。その華奢な四肢は少し力を加えるだけで折れてしまいそうだ。まだ12歳の身体。髪色こそ違うが、妹の幼姿にそっくりだった。

「…会いたかった……ずっと、ずっと会いたかったんだぞ…フレイア……」

彼にも、オーディンの命令の真意は察している。性急な記憶の戻し方をすると頭が狂ってしまって邪神に変わる可能性があるからだ。邪神になられたら、神として、殺さなくてはならない。それがどんなに辛く、悲しいことか。おそらくその任に着くであろうフレイがわからないはずがなかった。

神の仕事はそこにいること。ただそれだけだ。もちろん、神の身体にはいろいろといい面がある。殺せばその力が手に入ったり食べれば若返る。血を飲めば五感の能力が上がるなどなど様々だ。だから、神々は自衛をするなど自分たちに必要な仕事は山のようにある。しかし、人間や妖精など神以外の者に対しての仕事はそこにいることだけだ。神として君臨する。それだけで実りをもたらせるのだ。

ゆえに神は長寿だ。不老不死と言っても過言では…と言うか、フレイアがいた頃は本当に不老不死だった。フレイアは不死の女神だったから。

この場合の問題点は、記憶。その膨大な記憶を所持続けるのはまあ、毎日のことだから容易い。しかし、この少女にフレイアの人生まるごと18954年分を思い出させたらどうなるか。この頭が耐えられるはずがなかった。だから、自己的な記憶回復を待つしか無い。

「わかってるけど…」

フレイアと一緒にいたい。この気持ちは抑えられない。

「今回はかなりの長期休暇なんだ。…ずっと一緒にいられるな、フレイア」

そう小声て言うと少女が少し微笑んだ気がした。その顔を目に焼き付けて、暖かい気持ちで目を閉じる。


あの日、オーディンと共にフリッグの元へ行ったフレイはフリッグに選ばれた。それに文句をつけたオーディンに冷たく一言。

「パーティー構成を考えなさい。あの子は魔導師。あなたも魔導師。誰が前衛をするの?」

見た目年齢7歳くらいの少女の一言は見た目年齢38歳のおじさんには辛かったらしかった。

ちなみに、なぜそんなにフリッグが若い…幼いかと言うと、彼女の隣で微笑む女神が原因だ。彼女は常若の女神イズン。若返りの林檎を無限に生み出すことが出来る最近生まれた最も若い女神。彼女の実年齢はたったの124歳だ。そんな幼い女神がにこにこと渡してくる林檎を母性本能の塊のようなフリッグが断れるわけもなく、渡される度に食べていたら成熟した大人の色気溢れる身体が未成熟のぺったんな身体になった。神々は非常に残念がっていますよ、大女神様!

さて、そんな女神の許しを得てやってきた。なるべく神のルールを守って過ごすようにとのこと。もちろん、愛する妹の側にいられるのだ。滅多なことはしないつもりだった。しかし、来て早々に少女に良からぬ薬を飲ませた「人間」と言う存在に怒りを覚えてしまい、人間への干渉と言うルール違反を犯した。それでも、フレイには罰は下らないが。精々が注意とフリッグからの毒舌と言ったところか。

そんなフレイだが、少女を見てるだけで満たされる。癒される。こんな心穏やかな眠りはもう、何千年振だろうか。それによって、「人間」への怒りも収まり、明日からは殺される人間がいなくなりそうだ。誰も知らないところで一人の少女が連続殺人を終わらせたのである。



「ん……」

柔らかな温もりに包まれて瞼を開ける。この世にこんな幸せな目覚めがあったなんて…街の子たちは毎日こんな風に目覚めていたのかな?そう思うと羨ましい。代わりたかった。例え、見ず知らずのおじさんによって切り裂かれて死ぬんだとしても。

目の前はお兄さんの喉元、少し上を向いたら端正な寝顔がある。まるで美術品のよう。私をぎゅっと抱きしめてくれるこの腕も、胸板も美しい筋肉に覆われている。体脂肪率なんか、0%なんじゃないだろうか?

「まだ、眠っているのかな?…もうちょっと、暖かさ、頂いちゃいますね」

呟いて、ぴったりと彼の胸板に身体をくっつける。彼の心臓の鼓動が私の身体に伝わって来て、私の鼓動のペースが変わったように感じるのは、気のせいだろうか。何と無く、耳を胸板に押し当てる。ドクッドクッと規則正しい鼓動が耳に心地いい。永遠に聞いていたい。

そんな幸せな時間を堪能していると時間の流れが速い。もっとゆっくり進んでくれればいいのに、窓から指す光がオレンジ色だった夕暮れから暗闇の支配する闇夜へと変化を遂げていた。今日は新月だろうか、月明かりも無いようだ。

「…ん……あれ…いつの間に寝てたんだ…」

不意に彼の腕が動き、抱きしめる力が増したと思ったらそんな声が聞こえて来た。私は上へと殆ど目線だけ動かして挨拶をした。

「おはようございます、お兄さん。…おはよう、であってるかな?」

お兄さんは腕を解いて私の顔が彼の顔の前に行くまで持ち上げる。

「おはよう、フレイア」

「……フレイア?」

そう言うとお兄さんはしまったというような顔をした。バツが悪そうに言う。

「ごめん、君の本当の名前だよ。フレイア。そう言えば、自己紹介がまだだったね。俺はフレイ。よろしくな」

私はしばらくフレイ、フレイアと言う名前を口の中で転がした。初めて聞く名前なのに妙に舌に馴染む気がする。

「うん。よろしくね、フレイ…さん?」

「……フレイアが嫌でなかったら、お兄ちゃんって呼んでくれないか?」

フレイが恐る恐るといったように言う。

「? もちろん、いいよ?フレイお兄ちゃん」

そう言うとフレイは嬉しそうに微笑んだ。

本当に、お兄ちゃんみたいだなぁ。

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