転移魔法
長かったこの章もこれでおしまいですよー!
「お引き受けいただき、ありがとうございます」
しばらくの行動をアクアたちとすることを承諾した隆太に向かってアイルが深く頭を下げた。隆太はどことなく居心地が悪そうに辺りを見渡すが、アクアたちがそれに気づく様子はない。
「ところで、君は何で座っているの?その男の子は従者が何かかにゃ?確か、偉い人の息子って調べだったよにゃ?アイル?」
「はい。きっと、貴族なので登下校の際にも歩くことはないのでしょう。こちらは転移魔法もございませんし」
「転移魔法って、そんな日常的に使うお手軽魔法じゃないよね?」
「あー、確かに私も日常的には使わにゃいにゃ」
「そうですね。国家間でその要望があった場合に限り、使用しています」
そんな、表の世界の人間から見ればかなりいたい会話を真顔でする3人を野次馬たちは内心でちょっと引きながら眺めていた。今この時に、野次馬からの3人の評価が謎の美少女たちから見掛け倒しの残念な美少女たちに変更された。
しかし、もちろんいたいわけでもふざけているわけでもない3人の会話はやはり少しズレているのだった。
そもそも、魔法に対する価値観などが常人とはズレていると名高いノアとアクアの会話である。ズレていない方がおかしいというものだろう。補足しておくと、アイルは常識人だがノアに慣れているためこれに関して突っ込むことはない。
2人が言うように、転移魔法は一般的ではない。これは事実。その理由は消費魔力量と失敗した時の危険性だった。
転移魔法はかなりの量の魔力を消費する。その量は、一人の一流魔導師がギリギリ所持しているかどうかというくらい。そのため、これを使用する際は最低でも3人の一流魔導師が必要となる。その上、使用後は大量消費によるリバウンドによって一週間ほど魔法が使えなくなり、悪い時には寝込んでしまう。そして、2つ目の理由の失敗した時の危険性とは、この魔法は失敗すると身体の半分だけ転移などの惨い状況になるのだ。身体を分断され死に至る、ならまだ良いが上半身は転移していて下半身はしてなくて。それでも魔力ある限り離れた場所である両者は繋がれていることになるため、身体が分断されず、死ぬことができなくなる。結果、魔力が尽きるまで身体を二箇所に放置しなくてはならなくなるのだ。これは辛い。しかも待つのは死のみなのだ。
これらの理由が、一般的に転移魔法を使用しにくい理由となっている。
しかし、当然のことながらノアとアクアが転移魔法をそんな理由で日常的に使うことを控えているわけがない。
2人にとってはその程度の消費魔力なんて対した問題ではないし、もちろん失敗もしないから問題ない。問題は転移後に来る、乗り物酔いのような気持ちの悪さだった。2人はこれが嫌いで転移魔法を日常的には使わないのだ。
「えっと、何の話をしているのかわからないんだけど、取り敢えず場所を移しませんか?」
隆太はこれ以上の注目を集めることは、勘弁だったのでそう提案した。このままでは教師陣が駆けつけてしまうかもしれない。
「ん?あ、はい。そうですね。では………どちらに向かいましょう?」
アイルが素早く反応するも、もともとこの世界の住民ではないのだから常識もわからないしどこにどのような場所があるのかもわからない。そうして困ったように首を傾げるのを見て、隆太は苦笑した。
「では、俺の家にきてください。多分、父さんもいると思いますが…」
「…岡崎…宗太郎様のことですか?」
「……父さんのことも調べているんですか?」
アイルが義理の父の名を言ったことに隆太は不快げに眉を顰める。宗太郎には恩があるため、迷惑をかけたくないと思っているのだ。
「いや、宗太郎さんのことは私たちの担当じゃにゃいから、そんなに調べていにゃいよ。安心してくれていいにゃん。ただ、君を調べた時の付加情報だったんにゃよ」
ノアがなだめるように言うが、隆太の顔は晴れない。
「担当?では、父さんにも担当がいるんですか?」
「いるけど、彼に問題はないでしょ?大丈夫だよ。私たちは害意あって来たんじゃない。怒らないで?」
「…ぅ…花菜…」
怒りかけていた隆太の手をいつの間にか近づいてきていたアクアが小さな手で包み込む。隆太はたちまち顔を赤くして、目に見えて狼狽えた。それを、高野は何処か面白くなさそうに見る。
「あんたら、プライバシーってやつを知らないのか?勝手にこいつのこと調べて、一緒に行動しろとか言って。何様のつもりだよ」
高野的には急に現れた変な集団が友人を何か面倒ごとに巻き込もうとしているのだ。その上、語った素性は頭がおかしいとしか言えないような内容で、主張する国はこの世界のどこにもない名前。格好も全体的にコスプレのようになっているし、何よりも友人が勝手に調べられていることに酷い不快感を覚えた。
もう一つ言えば、自分も聞いたことがない隆太の過去を知ってそうな幼女が現れ、隆太がその幼女に先ほどからずっと見惚れていることが、高野の不愉快さに拍車をかけている。
「? 王様だけど?」
しかし、ノアは小首をかしげ、何を言われているのかわからない、と言った顔をする。そもそも、彼女的には高野など、どうでもいいのだ。
「ノア様。あまりこの見知らぬ土地を彷徨うことは得策ではないかと思います。どうでしょう、転移魔法をお使いになられては」
「「……」」
アイルがそろそろ本当に収集がつかないくらいに人が増えているのを見て、移動を急いだ方がいいと判断し、そう言った。それは正しい判断ではあるし、それは2人も承知なのだが、アクアとノアは心底嫌そうな顔をした。
「の、ノア。私は隆太を連れて歩いて行くから、2人は隆太から位置情報を読み取って転移しなよ…」
「にゃに言ってるにゃ…アクアちゃんと離れたらフレイアちゃんに怒られるにゃん。今は詠唱と陣の同時使用でも魔法が発動しにゃいようにされてるんにゃろ?襲われたらにゃにも出来にゃいじゃにゃいか」
「大丈夫。神器の使用許可はおりてるもん」
「アクア様。本当に危険にならない限り、いきなり街中で槍を使用するのはおやめくださいませ」
それから、とアイルは黒くにっこりと微笑む。
「観念して、転移魔法をご使用ください。あれは光闇混合魔法でないといけないのですから、お二人共必要でございます」
「「……」」
このとき、アクアは今は魔法使えないからーと逃げようとしたのだが、魔力の使用だけなら可能であることくらいアイルなら知っているだろうと断念した。子供になってからは叱られることがとても嫌になったので嘘をつくなどの些細なことでも気にしてしまう。
「はぁ、やるしかにゃいにゃね、アクアちゃん」
「けど、私の方での魔法発動は無理だから、この椅子は運べないよ?あ、確認だけど、転移するのはノア、アイル、隆太、私だよね?」
諦めた2人は行動が早い。テキパキと話を進めて行く。
転移魔法は生命あるものと軽量なものなら簡単に運べるのだが、無生物で重力なものーーこの場合は車椅子ーーなどを運ぶ場合にはさすがの2人でもそれなりの手順が必要になる。それに人数によって必要な魔力量も変わるので人数確認は重要なのだ。
なんだかんだと言って、やはり面倒な魔法なのである。
今回は慣れていない場所に行くのでより一層面倒なのだった。
「俺も連れて行け!車椅子のこいつの世話はお前らには出来ないだろう!」
そのとき、とうとうキレた高野が割り込んでくる。そろそろ、アクアたちの変人ぶりに軽い恐怖を感じ始めたのだ。
「…車椅子?あ、その椅子のことか。うーん……アクアちゃん。確か、治療魔術が使用可能ににゃったんだよね?」
「え?あ、うん」
それだけで理解したアクアは了解、と言って隆太の足に手をかざす。ノアは解決した、とこの件についてはこれ以上興味を示さず、転移魔法陣を描き始める。
「……あ、治療魔法も止められてる…」
治療魔術と属性魔法は少し勝手が違うため、封魔と言っても片方を封じることしかできないはずなのだが、フレイア制のこの封魔の首輪はどうやら治療魔法すらも止めるらしい。
「……麗麟」
ーーはい?何ですか?
呼ぶとすぐに応えてくれる麗麟に少し頬を綻ばせながら長距離からの術式操作を依頼する。これは、前回の夢現の際にその術式の書き換えをアクアが行ったことから可能だとわかっているのだ。今回はあの時の逆。アクアが流した治療魔力を麗麟に魔法に変更してもらう。
ーーはいっ!喜んでやさせていただきます!
元気にそう答えてくれた麗麟に感謝しつつ、これで治療魔術は問題なく使用できるなとほくそ笑む。完全無欠のはずの封魔の首輪の思わぬ穴を見つけられてなんとなく母に勝てたようで嬉しい。
「ちょっと、触るよ?」
「へ?あ、ああ」
首を傾げつつも承諾してくれた隆太の足に触れ、魔力を流して行く。すると流した側からどんどんと術式が組まれて行き、無事に発動まで持って行くことができた。
淡く発光した隆太の足を見て野次馬たちは手品っ!?などと騒ぎ始めるが、隆太にとってはそれどころではない。
足の感覚が変わって行くのが恐ろしいほどよくわかる。
どんどんと正しい方向へと進んで行くのが心地よくて、それでもこの世界ではあり得ないその力に驚き、目の前の花菜を畏怖を込めて見てしまう。
「花菜…お前…何して…」
そんな視線を受け止め、アクアは少し首を傾げたものの、すぐににっこりと微笑んで見せた。これは、魔法を知らない相手にいきなり魔法を見せたことによる不安を紛らわせて上げるための行動だった。
……結果として不安は紛れた。
が、心拍が異常な高鳴りを見せ、不安でいるよりもずっと苦しい状況に陥ってしまったのは言うまでもないだろう。
「隆太、歩いてみて?あるけるはずだから」
「あ、ああ!」
もはやアクアのことしか見えていない隆太は深く考えもせずに立ち上がった。
そして、立ち上がり視点が高くなって初めて自分が今していることを理解する。
「え…俺…立ててる?」
立ち上がるのが久々過ぎて歩き方がわからずふらつく身体を幼い少女が必死に支えてくれる。
そして、上目遣いで隆太の目を真っ直ぐに見て、今度は心の底から微笑むのだ。
「そうだよ…よかったね、隆太」
なんか…
説明だけでうわってなるわー
そろそろ癒し系パートにいきたいよー
というわけで、明後日の回はアクアちゃんを愛でますww




