兎塚花菜
キーンコーンカーンコーン…
一日の終業を告げる鐘の音が校内に鳴り響き、7時間授業及び課題テストによって神経を擦り減らした生徒たちは教室の前後の扉から嬉々として廊下へと流れ出る。
楽し気に部活へ向かう者、他クラスの友達や恋人を待って共に帰ろうとする者、イヤホンを耳にあてがい、曲を聴きつつ1人で帰る者など様々だが、そのいずれの顔も解放感に染まっていた。
今日は金曜日。週の最後だ。
普段は休み前になるなり普段の課題に上乗せされるのだが、今日は課題テストのおかげで半分以上の授業が潰れたため殆ど出されていない。ゆっくり出来る休みというわけだ。
しかし、皆が皆速攻で帰る訳ではない。学校に残りクラスメイト達と雑談に興じる者たちもそれなりにいて、俺もそのうちの一人だった。
「岡崎ー!テストどーだったよ?」
「高野…お前、わかってて聞いてんだろ…課題もやって来ねー奴ができてるわけねーだろ」
「やって来ねー方が悪りーんだろ?すねんなよー」
「すねてねー」
クラスの中でも割と仲の良い友人の高野俊哉が気さくに話しかけてきて、そんな無駄話をする。高野は髪を染めピアスを開けたチャラい系男子だが気遣いのできる優男だし、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能なので男からも女からも人気が高い。
こいつが成績はまあまあだが運動は殆どすることが出来ず、常識が少しずれてて暗い性格、その上まだ初恋を引きずってる俺とつるんでいることは、俺も含めたこのクラスの人間全員の謎だ。
「そういやー、古典の安堂がお前を読んでたぜー。なんか、お前、漢文やばいらしーな」
「んー、なんだ、岡崎、漢文やばいのかー?それでよくあの順位取るなー」
「古文得意なら、教えてくれよー!俺、古文の方で呼ばれちまう!」
こいつといると、普段はクラスで孤立するはずの俺の周りにも人が集まってきてしまう。困った話だ。
「古文も得意とは言えねー。まあ、漢文がちょっと酷すぎるから頑張ってるだけだ。じゃあ、俺は安堂のとこ行くわ」
「ん、そうだな早く行った方がいいだろ…おし、じゃあ行くか」
言いながら俺の後ろに回り込んで車椅子のロックを外される。
そう、俺は車椅子に乗って生活しているのだ。
8歳の時に足を折られ、適切な処置を受けていないためか今の医療技術じゃどうにもならないらしい。もう二度と、歩くことはおろか立つこともできないのだそうだ。
これが、俺が運動が出来ないんじゃなくてすることが出来ない理由。
「高野、俺一人で行けるから、はなせよ」
「いーよ。腕疲れんだろ?一緒に帰ろーぜ。駅までだけどよ」
言って、じゃーなとクラスの奴らに別れを告げて高野は車椅子を押して国語準備室に向かって行った。
「1だろ」
「4だっつってんじゃん」
「「……」」
「ほらー、4じゃねーか」
「えー…今のは1だろーがよー」
俺と高野は最近流行りのクイズRPGをしながら正門へと向かっていた。
俺が9歳まで育った村は文明がかなり遅れていたらしく、俺はこちらで生活をしはじめた頃、かなりのショックを受けた。しかし子供ならではの順応性を見せ、今ではすっかりスマートフォンを手放せない若者になっている。このことには義理の父親である岡崎宗太郎も苦笑を隠せないらしく、適当にやめなさい、と家で使っているのを見られる度に優しく言われていた。
「お、階段…ほら、掴まれ」
「……おう」
ピロティから正門までの間にある何段かの階段の前で車椅子を止め、高野は俺の前に回ってきた。そして腕を広げて身体を近づけてくる。俺はその肩に手をかけ、体重をかけてさらに、軽く腰に腕を回してもらってやっと車椅子から腰を上げた。高野は「大丈夫か?すぐ終わるからなー」などと声をかけながら片手で車椅子を手早く、それでいて丁寧に階段の下におろす。
「ほい、じゃあ、座んぞー」
「…ああ、ありがとう」
丁寧に座り直させてもらって、俺が礼を言うと高野はにかっと笑って頭をわしわしとかき混ぜてきた。
「お前、人に甘えること覚えたほーがいーぜ」
俺のことは甘えていーんだぜー?と楽し気に追加した後、俺らの様子を遠目で見て騒いでいた女子たちに見世物じゃないよーと声をかけてまた車椅子を押し始めた。
まったく…本当にイケメンなやつだ。
「お前さー、女子に人気あんの、自覚したほーがいーぜ?お前の世話なんて取り合いになるほどやりたいやつはいるだろーけどさ、女子たちじゃあ、段差は対処できねーんだぜ?」
ちゃんと、断ってやれよと高野が言ってくる。
「何の話だ。女子に人気あんのはお前だろ?」
俺に興味のある女なんているはずがない。さっきも言ったが、俺は今だに好きな奴がいるのだ。もう、10年も行方知れずなのだが。
「あー、なんでわかんねーかな、この天然ちゃんは…」
高野が何かを呟いたが、同時に発生した歓声に掻き消されて聞こえなかった。
「ん?何の騒ぎだ?今の歓声?」
「なんだろ…行ってみるか?…っと、なんだ、正門で騒いでんのか」
どっち道そこに行かなくては帰れないので俺たちは正門へ向かった。
どうやら、正門をぐるっと半円で囲むようにして野次馬が集まっているようだ。定期的にケータイのシャッター音が聞こえるから、誰か有名人でも来ているのかもしれない。先ほどからかわいーや何かの撮影ー?などの声が聞こえてきていた。
そこの野次馬たちの中にクラスメイトのやつらがいるのを見つけ、高野が声をかける。
「何やってんの〜?」
「お?おお、俊哉!お前、彼女いなくなったつってただろ!見ろよ!超かわいーぜ!落として来いよ!!」
「ああ?何の話だよー?確かに別れたけどよー。事情説明しろって。このままじゃ、メーワクするやついんだろー?」
高野は適当なことを言ってきたやつをいなして状況の説明をさせた。流石は生徒会長だ。
「いやー、何か、俺もハッキリとは言えてねーんだけどよ。黒い短パンとTシャツと帽子の女の子と燕尾服着た、やっぱり帽子被ってる女の子と青い髪に青い目の幼女がそこの門のとこでいんだよ。しかも、全員超かわいーぜ。なんか、もめてる?んだけどな」
「なんだそりゃ。撮影か?」
高野の呆れたような声にそいつは知んねーと肩をすくめて見せた。どうやら、こいつが説明できるのは以上のようだ。
「何?青い髪に青い目?そんなやつ日本にいねーよ。はぁー。めんどくせー。なんで教師陣来ねーんだよ」
「今日、5時から職員会議って安堂言ってなかったか?」
「あー、そう言えば。だりー。なんでよりにもよって…せっかく隆太と帰れるのによー」
後半部をボソボソっと呟くが今回は聞き取れた。
「あ?俺と帰っても何も奢んねーぞ?」
が、意味がわからなかった。確かにここらで一番の金持ちの家の養子だけどな。しかし、そう言えば以前、高野は学校帰りに男友達とゲーセンに行ったりするのが憧れだと話していた。こいつはいつも周りに女子がいるので今日のような状況が嬉しかったのかもしれない。
「こっちの話だよ。あー!おら!お前らー!こんなとこでたまんな!邪魔になるだろーが!ちっとは考えろー!!」
イラついたように頭を掻き、車椅子を押しながら叫んでいた。効果はテキメン。生徒たちは割れたようにパックリと通路を作ってくれ、俺たちをその野次馬たちの中心へと導いてくれた。
「あー、そういうことじゃねー。さっさと帰れよー!お前ら!」
そう言いつつも高野はそのまま進んで行った。やがて最前列も超え、ここにいる人間で1番、この注目を集めている少女たちの近くに行った。
「っ!にゃに!?」
「ノア様、岡崎隆太だと思われます」
「っ!?」
彼女たちも俺らに速攻で気づき、未だ表情に戸惑いの色を残しつつも俺らの方を向いてくれた。黒い少女は驚いたように声をあげつつ、さしていた日傘を構え、なぜか戦う前のような体勢になり、白い少女がその耳元で何かを告げる。青い幼女は慌てたように着ていたパーカーのフードを被っていた。
しかし、俺はその姿に息をするのも忘れて魅入った。
皆が言う、美少女2人に、ではない。
その、2人の少女の後ろで隠れるようにしてフードを深く被る少女の姿に、だ。
さらさらと流れる、長い青い髪をツインにしてくるくると巻いていて、青い大きな目を持って、綺麗で高価そうな服をきているけれど、俺があの顔を見紛うはずかない。
だって、10年間想い続けていた大好きな少女なのだから。
そして、俺の実の両親や俺の住んでいた村の人々全てを斬殺した、本人。
「兎塚花菜…?」
「? 岡崎ー?」
俺がそう言葉に漏らしたのを聞いて高野が首を傾げた。しかし、俺はそんなとこまで気が回らなかった。
それも、当然だろう?
初恋の相手が、
10年間行方知れずだった相手が、
今でもまだ大好きな相手が、
10年前と全く変わらぬ姿で、
目の前に現れたのだから。
「………隆太?」
花菜は少しフードを浅く被り直し、顔がよく見えるように近づいてきてから、そう呟いた。
「ああ…声、取り戻したんだな」
あの時は声を発さなくなってしまっていたが、未だ無表情だけれど、11年ぶりに声が聴けて、嬉しかった。
「……岡崎…隆太さんであっていますか?」
不意に、なぜか戦闘態勢だった黒い少女が話しかけてくる。少女は器用に自分に一切日光を当てないように日傘をさしており、姿がよく見えなかった。
「そうですけど、あなたたちは?」
どうやら、俺を探していたらしいが、俺はこんな超美少女たちに知り合いはいない。
「勝手に訪問致しましたことをお詫び申し上げます。どうか、お許しくださいませ。わたしくたちは猫国から来ました、国王のノアとその筆頭執事のアイルにございます。こちらの子はガルシア王国よりお借りしたアクア様。どうか、お見知り置きを」
「は、はぁ…」
いきなり白い少女が優雅にお辞儀をしながら自己紹介を始めてしまった。おかげで注目度はバッチリだ。明日にでも○ahooのトップニュースになってしまっているのではないだろうか。居心地が悪い。
「さて、誠に勝手ながら、徐々の都合により隆太様には少しの間、我々と行動を共にして頂きたいのです。あの荒野となった村について、我々にお聞かせ願えませんか?」
白い少女がアクアと呼ぶ幼女は相変わらずの無表情のまま俺を真っ直ぐに見つめていた。俺も、白い少女の話を聞きつつも意識の大半はそちらへと向いていた。
そして、この話は断るつもりだったのだ。明日からはせっかくの休日。休みたいのである。それに、受験生なのだから勉学に励むべきだ。
「申し訳ないんですが…」
しかし、俺が今ここで断ったら花菜もここを立ち去るのだろうか。それは寂しい。どうしようか…
「隆太…お願い」
花菜が俺にぺこりと頭を下げた。
たったそれだけで、俺は腹を括った。
よし、面倒ごとに巻き込まれてやるか!
「わかりました。お引き受けします」
後ろで高野がため息を付くのが聞こえた。
アクアの人間だった頃の名前が初登場!
人間界の表の文明は現代と同じですww
さーて、明日はルイード側ですよー




