バルドルとルイード
はい、今日も遅刻しました
反省してますが、最近書けなくて…
年越す頃までになんとかしまーす
ごめんなさい
ーーじゃあ、俺は行くわ
空を見上げながらつい数時間前に言われたことを思い出す。
ーー代わりのやつは、すぐに来るはずだから
荒い息をどうにかこうにか落ち着けようとする。いつも指導を受けていた芝生に寝転がって…いや、倒れこんで、静かに、師匠とも言える神の目と同じ美しさの空から目を逸らすように目を閉じた。
ーーいいやつなんだけど、ちょっと弱いんだ
今日来てくれるという神の説明だ。弱いといっても、立派に主要神の一柱らしい。
ーーまあ、明日からは爺さんが来るらしいし、今日だけ、な
それだけ言って、師匠は猪に乗って空へと向かって行ってしまった。
「ぐっ…!……っあ…!!」
何度目ともしれない激痛が身体を駆け巡る。フレイが去って行ってからずっとこの調子で、フレイを見送るために来たこの庭から出ることはおろか、立ち上がることすら出来ないでいた。
キサラをはじめとした使用人たちは皆、俺の異常には気づいている。しかし、無理に体を動かされる方が辛いということをきちんと伝えているので遠目に見守るだけだ。
この地獄のような状態から解放してくれるのはーー
俺は最近ずっとこの思考に囚われている。
初めにこれを考えた…言ったのは、頭に響くあいつの声だった気もするがもう既にこの思考は俺のものになっていた。
ーーロキ神だけだ。
以前は嫌悪の対象でしかなかったロキのことを今は進行の対象のように感じてしまっている。重症だ。
「ロキは敵だ。アクアを苦しめる、敵だ」
何度も繰り返し呟く。自分自身に言い聞かせるように。
ーー願わなければ、この苦しみからは解放されない。願え。助けてくださいってな。
願え、願えと繰り返し頭に響く声。同時に苦しみが増すが、歯を食いしばり、なんとか耐える。
命令無視も2つまでならできるようになった。痛みには慣れないけれど、自業自得だから。
この痛みは、あの時アクアを守れなかった俺への罰だ。
助けてくれるのはロキじゃない。助けてくれたのはロキじゃない。フレイアとフレイが助けてくれたんだ。そして、俺はロキと戦わなくてはならない。
ーー本当に、フレイアたちはお前を助けてくれるのか、ルイード?
久々だな、お前が来るのは。
助けてくれるだろ。俺はそう信じてる。
ーー本当か?あいつらにとって大事なのはお前ではない。
知ってるよ。アクアだろ?
ーールイード、もう一度命令する。…三重は初めてか?耐えられるか、見ものだな。
やめろ、頼むから…ロキ!
ーー……俺のところに来い。アクア同伴でなくても良い。
…譲歩したな。けど、無理だ。お前から守るため、という名目ではあるが、俺はきっちりと神に監視されている。
ーーできなくはないはずだ。いいか、必ず来い。来なければ、迎えに行ってやる。
迎えに…無理矢理連れて行かれるってことか?
ーー無理矢理になるかどうかはお前次第だろう?だが…よく考えて行動することだ。
それきり、ロキの気配は消え去った。どうやら、即実行しなければ命令無視には当たらないようにしてくれているらしい。それか、俺がその命令を無視か悩んでいるからかもしれないが、新たな痛みは生まれなかった。
俺はいつの間にか引いていた痛みの残留に少しだけ顔を歪めながら荒い息をつく。
ロキのところに行ったってこうして苦しむことが増えるだけだ。これが終わるわけではない。
しかし、本当にそうだろうか。直接ロキのご機嫌伺いができるのだから、それは立派な利点と言えないだろうか?
そんなことを考えていた俺の耳にザクザクという土を踏みしめる音が聞こえてくる。
そして、頭上からそうとしの離れていなそうな、軽やかな、爽やかな少年の声。
「君がルイードくんだね?大丈夫かい?」
「…あ?」
少し機嫌の悪い俺は睨むようにしてその人物を見た。
そこには金髪金目の美形が立っていた。フレイに負けるとも劣らないイケメンだが、ひょろりとした体型は剣を持つには華奢過ぎるし、多量の魔力を感じるものの、俺が会った主要神たちのそれとは比べるべくもなく低い。なんか、主要神たちは無条件で天才だ、と感じたが、この男からはそうは感じない。秀才であるとは感じたが。
「えっと、今、大丈夫かな?僕はバルドルと言う。こう見えても、主要神なんだ。ごめんね、弱いのが来ちゃって。けど、僕が得意なのは精神防御。まあ、本当の仕事と特技はあの個性の強すぎる神々をまとめることなんですけどね。とにかく、精神防御が得意なので、君にはアドバイスとかできると思うよ。今日一日だけしか、僕はいれないんだけれど、今日のうちにできる限りのアドバイスと支援魔法を行うね?」
「…そうか。俺はルイードだ。ルイード・エル・レオバード。神々は基本的に姓がないんだな」
「あー、そうだね。神々は死なない種族なんだよ。だから、姓が必要なほど、数がいないんだ。子を作るのも面倒だしね。だから、主要神の中でも子を作っているのは父さん…オーディンとフリッグくらいかな。ロキは別にしてね。ロキさんは確か、3人の子供を持っていたけれど、彼の場合、君たちと同じ方法で子を成せるからなぁ。楽でいいよね、その方法」
どうやら、バルドルという人物は俺が会ったどの主要神よりも気さくで話しやすい人物のようだ。なんでもペラペラと話しているようで、核心というか、隠さなくてはいけないであろう情報は話さない。
まあ、オーディンとフリッグの息子という情報が漏れてしまってはいるのだが、それを隠さなくてはならない情報だとは感じていない様子だ。
「とりあえず、君が動けるようになるまで待った方がいいかい?それとも、イズンを呼んでこようか?彼女は主要神なのに戦えないから、僕が来なければならなくなったのだけれど彼女の回復魔法の腕は確かだからね」
そう胸を張っていうバルドルだが、そういうお前も得意魔法は精神防御って、戦い向きではないだろう。
思わず突っ込みかけたが、そもそもその精神防御すらできなくて俺はこの様なのだから何も言うまい、と思い直した。
「いい、大丈夫だ。心配かけて悪いな。今は身体がだるい。暫くここにいさせてもらう。しかし、眠いわけではないから、話くらいならできるぞ。もしも話があるのなら、ここで話してくれないか?急ぎで無いというのならその辺りに使用人たちがいるはずだから、誰かを捕まえてどこぞの部屋に案内してもらってくれ。なんでも勝手にしてくれて構わないが、お爺様…俺の祖父には気をつけてほしい。あのジジイは頭が固い。自分が神であることは伏せていて欲しい」
「よし!わかったよ。話はあるけれど、急ぎではない。けれど、今君から離れるのは得策ではないようだ。これは、生まれつき持ってる僕のスキル、直感によるものだから、理由はないのだけれどね!だから、僕はここで待っていよう。君が回復するのをね」
にこにこと楽しげに話すバルドルを見て、俺は内心で首を傾げた。この男は人間味が強すぎる。
「…暇だから無駄話でもするかい?あ、僕が勝手に話すんだから、気にしないでくれよ。何の話をしようかなぁ。あ、そういえば、僕には年の離れた弟がいるんだ。まだ、幼いんだけどね。彼はオーディンとフリッグの子ではあるけれど、生まれ方が変わっててね、神っていうのは自然発生することが稀にあるんだ。例えば、イズンなんかはある日突然現れてね。親がいないのさ。この世界に必要だと思われる神が発生する。だからね?イズンの力は何らかの形で必要だったはずなのさ。彼女の力は神々でも珍しい回復支援特化型。確かに、今の状態でも神々に多大なる利益を与えてはいるんだよ?だけど、僕は思うんだ。きっと、もっと大切な仕事が…ああ、ごめんね、話すぎかな?いやぁ、なんだか君さ、話しやすいんだよね。僕、仕事柄まともな人の相手っていうのが滅多になくて、君みたいに常識人と話をするのがとても楽しいよ。主要神の皆さんはあれなんだよね、感覚がさーー」
バルドルはマシンガンのように話続けた。水を得た魚とはこのことだ。まあ、確かに先ほど行っていた仕事内容だと大変なのだろうとは思う。俺なら、絶対にあの個性豊かな主要神たちの総まとめ役なんてしたくないからな。
その後もバルドルは様々な話をしてくれて、その中でこいつがフレイアにご執心なのはよくよくわかったが、俺は触れないことにした。俺の勝手な感想だが、フレイアはフレイにぞっこんな感じがする。あの2人は両思いもいいとこだ。ただし、アクアは純粋にフレイのことを兄として接していたが。オーディンとフリッグはなんだかんだといい感じだし、イズンは偉澤といい感じな気がする。
「子はどうやって作るんだ?」
なんとなく、気になって問いかけると、俺が話しかけたことが嬉しかったのかパァッと顔を明るくし、説明を始めてくれた。
なんだかよくわからなかったが、身体の1部を削って作るとかなんとか。
だから、親からの遺伝とかもあるのだそうだ。
よくわからん。
「それよりも、僕としては君たちがどうやって子を作っているのかの方が気になるよ。どうやったらこんなに増えるんだい?」
「……あれだ。努力だ」
なんて答えにくい問いなんだ。
「そうか、努力か。きっと、日夜頑張ったんだろうね。そっか…神々も頑張らないとね…」
「…」
なんか、違う気がする。
あんまり頑張るべきことではない。
まあ、放っておこう。
「僕はフレイア神と子を成したいんだ」
「ブホォ…!!」
疲れたので最近覚えた簡易型の空間魔法から取り出した飲み物を飲んでいたら、バルドルがそんなことを言ったので全てを吹き出してしまった。
なんてことを言っているんだ。
「お前、正気か?こんなところでなんてこと言ってんだよ」
「? 正気だよ?神々なら誰もが望むことさ」
「いや、まあ、確かに望むかもしれないがーー」
「あの美貌、それを自分の子に遺伝させてあげられたら。それ以上に、あの魔法の才を遺伝させてあげられたら、そう望まない神はいないよ」
「…あ、ごめん」
どこか熱っぽく話すバルドルに俺は思わず謝った。ごめん、なんか、取り違えた…。
「?なんで謝るんだい?」
「なんでもない…」
首を傾げるバルドルを適当に誤魔化して、話を適当に振ることにした。
「お前だって主要神なら、あいつの才を羨ましく思う必要はないんじゃないのか?」
「いや、僕は才能がないんだよ…」
バルドルは自嘲するように笑い、初めてテンションを落とした。
哀愁漂う美形というのも美しいものだ。
なんて、くだらない考えが脳裏をよぎる。
「だけどね、僕はない分を努力で補うのさ。彼らには一生かかっても勝てないけれど、僕はそこに少しでも近づきたいからね。なければ埋めればいい。僕は、昔からそう信じて生きてきたし、これからもそうして行くつもりだ」
バルドルはそう言って、ヤンチャな少年のようにニコリと笑った。




