猫な少女と猫の話
リクエストではないですね。
私の趣味全開です。
めちゃくちゃだったりしますが、お付き合いください。
暗い道、満月の明かりだけが頼りの、子供でもギリギリなんとか通れるといった細い道を歩く私。服装は、どうやらいつもの仕事着。紺のワンピースに、白のエプロン。けど、仕事の時と違ってタイツは履いていなくて、長いスカートの裾から微かに黒い尻尾が揺れている。頭の、三角の大きな耳は辺りを警戒するようにピクピクと忙しく動いていて、被った帽子が落ちそうだった。
その道は複雑に入り組んでいる。しかし、私は迷うことなく歩く。右、右、左。真っ直ぐ行って、二つ目を右。その先にある、小さな扉を開く。
その先は、何処かの丘に繋がっていたようだ。この国に時々存在する謎の扉。出てくる時も場所もランダムだから、狙って遭遇出来るものじゃない。さらに、そこを潜った先も、どこに繋がっているのかは潜って見るまでわからない。もしかしたら帰って来れないかもしれないし、すごく近くに出るかもしれない。そんな危険なものを、私は迷いなく潜った。
そこは、何処かの草原だった。一本だけ生えた、小さな、私の身長とあまり変わらない木ある以外は何もない。雲に一つない、降るような星空と妖しく光る満月がとても近い場所だった。
私は、それを、今まで見た私の行動をしっかりと記憶する。
いつかしなくてはいけない、その行動を。
獣人の国。
この国は王が変わるたびにその名を変えてきた。例えば、前代の王は狼男だったため、狼国、その前の王は鳥人だったため、翼国だった。そして、現王、メイル・アート・フレミンスは兎人だった。よってこの国の現在の名は兎国だ。80年続く、この国にしては珍しい長命の名だった。
この長さはメイルは20代にして前王に指名され、王に就任していることに由来していた。現在100歳を超えている彼女は歴代初の寿命によってその任を降りることとなるだろうと国民皆が予想し、誰もがその日が少しでも後になるようにと願った。
いや、誰もが、というのは正しくなかったかもしれない。
「王の体調はどうだった?」
狼男の貴族であり、城の官僚である彼は王の間より出てきた男を捕まえてそう問うた。
「今日も体調はよろしいようだ。ありゃ、まだまだ死なねえな」
そう言って、二人は同時に嫌そうな顔をした。
この国は王が指名することで次の王を決める。それは自分の子でもいいし、国民の誰かでもいい。例えば、現王は前王の遠い親戚で平民として暮らしていた人だし、その前王はその前の王と戦でともに戦った戦友だった。
だから、この男たちは早く死んで、自分たちを指名して欲しいのだ。そのために、毎日毎日飽きもせずにご機嫌取りに来ている。もちろん、それに気づいている王から、指名などもらえるはずもない。
「早く死んでくんねぇかなぁ」
「おい、聞こえたらどうすんだ」
などと言い合いながら二人は去って行った。
扉を挟んだ向こう側。本来なら完璧な防音対策の取れているその部屋で、王は顔を顰めていた。
この部屋は王の意向でどうとでもなる。そう言う風に魔法がかかっている。ゆえに、王は先ほどの一瞬の間だけ、防音を切り、外の音を聞いていた。しかし、それは自分がどう思われているか知るためなどではない。少し、窓から見える庭の音を聞きたくなっただけだ。だが、長い彼女の耳はその会話をはっきりと聞いてしまった。
「早く死ね、か…」
王はもう100歳を超えている。だからだろう、昔は国一と言われたその魔法も、簡単な物しか使えなくなっていた。かつて愛用していた風属性支援魔法、脱兎をかけて足を早くしたってもう子供達にすら追いつけない。
彼女はとても美しい女性だったが、公務に励むばかりでその生涯を独身で貫いてきた。だから、本来は後継者として存在し、こうして働けなくなれば国を支えてくれるはずの子供を持っていない。今国は、王がいていないようなものなのだ。死ねと言われても仕方が無い。彼女はそう思い、ため息をついた。
もう随分長く、この部屋に閉じこもっている。していることと言えば、時々くる、ご機嫌取りの相手をし、届けられた書類にただ判を押すだけだった。役立たず。これほどまでに不甲斐なく思ったことは長い人生でもあまりない。自分に残された仕事はあとはただ一つだけ。あのご機嫌取り達から次の王を指名することだけだ。気分の悪くなる話だが、現王、メイル・アート・フレミンスには知り合いはそう多くなく、大半は先にヘルヘイムへ行ってしまっている。仕方が無いことだった。
「この判をもらって、もう80年ね。長かった…のかしらね…」
しみじみと、手に持つ判を見つめる。それは大きな黒猫がモデルで彫られた、美しい一品。しかし、可愛らしいものではなく、彫刻であるのにも関わらず、勇ましさを感じさせるものだ。その目には、小さな黒い宝石が埋め込まれていた。
これは、猫神バステトの神体で、月の化身である恵みの神の一面と破壊の神としての一面を見事に表現されたものだった。初代王の家に伝わるものだったそうで、その王はバステト神を崇めていたのだ。そして、その王が二代目の王に送った品がこれだったことから、代々王の証として使われている。
「これを、渡す相手を、きちんと選びたかったわ…」
ぽつりと呟いた言葉が広い部屋に虚しくこだました。
「ノーアー!おっはよー!!」
城の廊下をバタバタと品なく走る音が響く。現在魔道小学校3年生の、9歳になったばかりの少女の声だった。
「おはようございます、マイ様」
ノアは深々と頭を下げた。元同級生の、仲の良かった友達だが今は雇い主の息女である。こうしないわけにはいかなかった。
「ノア〜。そんな他人行儀なこと、しなくていいのにー!」
そう言いつつ、下げたままのノアの頭をバシバシも叩く。ノアは、こうしていないと親にチクって罰を与えるくせに、と心の中で悪態をついた。
「慣れないでしょ〜?使用人の生活は〜?可哀想にね〜、まさか寮も空いてなくて、あーんなボロい馬屋に寝泊まりさせられるなんてねーぇ?寒いでしょ?夜とか〜」
いつまでもノアに頭を下げた状態を続けさせたまま、嫌味を言う。本当は空いている寮に住まわせず、城の馬屋にノアが寝泊まりをしなければならないように仕組んだのはこの少女なのだが。
この少女、名をマイ・マートル・マイモルと言い、この国の最上官の娘だった。王の次に位の高いその最上官に頼めば、確かに使用人の一人や二人、どうにでもなった。それが例え、イジメをするためでも。
ノアは一年前まではキャット家、とその名の通り猫人の貴族家庭の令嬢だった。マイと同じ魔法の名門校に通い、何不自由ない生活を送っていた。
しかし、ある日両親がノアを捨てた。その時、特別家計が苦しかったわけではなかったそうだけれど、マイモル家に言われればそうせざるを得なかったようだ。だから、両親のことは恨んでいない。これっぽっちもだ。
そして、そこまでしてこの女がしたかったこと。それは、学園の人気者であり、主席生徒で希代の天才とまで言われるノアを虐げ、自分の奴隷にすることだ。
錆び付いた鉄の色の髪を縦ロールにし、似合いもしないツインテールにしている髪型とそのマが多い名から彼女はM姫と呼ばれ、学校では虐めを受けている。しかし、ここで大事なのはその主犯がノア、というわけではないことだ。寧ろ、ノアは助けてあげた人だ。そして、それがマイがノアを嫌う理由でもある。
「何か返事、しなさいよぉ〜。もしかして、言葉も忘れちゃったー?」
「……」
つい先ほど、きちんと挨拶した覚えがあるのだが、とノアは思う。もちろん、口にはしないが。
「ふん、対した立場でもないのに、目立って、その上この私を馬鹿にしたからいけないのよ。自業自得だわ」
言って、掃除中だったために置いていた水の溜まったバケツをわざわざゴミを溜めている方へ蹴り飛ばす。忽ちほとんど掃除を終えていた廊下が元よりも汚くなる。
「誰かー?いないの〜?この子、サボってるんだけどー!!」
この光景を見て、誰がサボっていると見るものか。明らかに汚しているだけだ。そう思い、呆れてバレないようにため息をついた。
「この子、サボるからお腹は減らないでしょ。今日も餌、与えなくていいわよ」
やがて来た私の指導係の使用人に命令し、マイは高らかに笑いながらその場を去って行った。
「随分、嫌われているわよねぇ。大丈夫?」
「はい、ご心配、ありがとうございます、ニャミおばさん」
本当はナミと言う名の女性は、猫人特有の舌足らずな話し方で敬語を使うノアに優しい微笑みを向けた。来た頃はとても美しい容姿を持っていた少女はこの一年の生活ですっかり色あせていた。それでもマイとは比べるべくもないが、艶やかで長かっただった黒髪は艶を失い先日とうとうマイに切られてしまった。透けるような白い肌も炊事や家畜の世話をやっている間にすっかり荒れてしまっている。ただ、その特異な体質から、日の元に晒されることはほとんどなかったのが救いか。さすがのマイも、治療魔術師がダメだと言うことを強要したりはしなかった。
「さて、これをどうにかするかね」
言って、ナミは雑巾を片手に拭こうとする。しかし、それをノアが手で制した。
「? どうしたんだ?」
ノアはニヤリと微笑んで、人差し指を唇へ持って行った。
「ニャミおばさん。内緒にしてくださいね?実は私、体調が優れにゃい日はこうしているんです。******、皆無」
さっと詠唱をし、闇属性魔法を発動させる。簡単な空間魔法を応用した、彼女の始めてのオリジナルだ。闇が彼女から徐々に広がって行き、廊下にあった汚れのみを吸収して行く。
「……よし、完了。これであとはゴミ箱に解放してあげるにゃけです……って、ニャミおばさん?」
終わって満足気な顔をしていたノアはポカンと口を開けているナミを見て驚いた。しかし、本当に驚いているのはナミである。
「あんた、本当に天才だよねぇ。その年でオリジナルを持ってるのかい」
そんな素直な賛辞を聞いて、ノアは頬を緩ませた。学校を辞めて以来、魔法を使って褒められたのは初めてだ。
「はい。これは、ここで使用人をして思いついた魔法です…にゃから、私、ここに来てよかったって、思ってみゃすよ」
だから、心配しなくてもいい、と言う意味をナミはきちんと受け取って、深く頷いた。そして、やはり驚いていた。こんな小さな子供が、そんなに大人なことを言えるのかと。
昼になり、主たちの食事が終わればやっと使用人たちの食事の時間だ。
「ほら、お食べよ」
「いいみゃ、やめておきます」
ナミが進める食事を丁重にノアは断る。使用人の食事は多くない。ノアが食べなければ誰かが食べてくれるので気兼ねなく残せるのだ。
「マイ様が言ったこと気にしてんのかい?そんなの無視しなって。あんた、昨日も食べてないんだよ?」
「昨日は朝食は頂きました。問題にゃいですよ」
ノアには頑固なところがあった。それは、マイの命令を必ず成すことだ。しかし、それは忠誠心からではもちろんなく、単なる負けず嫌いだとここにいる使用人の誰もが気づいていた。
「ねぇ、ノア?」
「はい?ハイスおばさん?」
ここで最年長のハイスが声をかけてきた。ノアはキョトンとしてから首を傾げる。
「占ってもらいたいんだよ。夢も見て欲しい。だから、ご飯を食べて元気になって欲しいな」
そう言われ、沈黙した後ノアは食事を始めた。皆がホッとする。ノアが骨が見えそうなほどにやせ細っていたからだ。
ノアの占いはよく当たる。その上、予知夢と言う不思議な力を持っているため、ノアの助言はいつも正確だった。だから、ここで働くものは皆、ノアのことを信頼しているし、好いている。今はおとなしく、無口な子のように見えるが、本当は活発で多弁な子だということも、使用人だけが知っている事実だった。
「最近は、夢、見たの?!」
ノアの次に年若いヘトルという少女が尋ねてくる。彼女の好きな話はマイがひどい目に遭う夢の話だ。先日、クラスメイトに水を被せられる、と予言したノアの言葉が見事に命中したときには腹を抱えての大爆笑だった。ゆえに、ノアはマイ関係の夢を見たかと思い出そうとする。
「ああ、ありますにゃ。近々…ここを出て行く、と言う夢でした。それはもう、悔しげに」
「えー?!あいついなくなるの!?やっっったぁ!」
ヘトルは大喜びをした。しかし、残りの人たちは不思議そうな顔をしている。
「どうしてそうなるんだい?」
「そこまではちょっと…占にゃいますか?」
ノアが言うと皆真剣な顔になって頷いた。ノアはそれを見て、空間魔法から自作のカードを取り出す。
「いっつも思うけど、ノアちゃんが王様になったらいいんじゃないの?魔法の天才だし、予知夢や占いだってあるんだから」
ヘトルのその言葉にノアは苦笑を、皆は同意の頷きをする。しかし、床に伏せる王と一介の使用人であるノアが会うことはないのだ。そう思うと、ノアが堪らなく不憫だった。王になる素質がしっかりあるだけに、余計だ。
「永久の信仰を我が神バステト神に捧ぐ」
そう唱えると円形に配置したカードの内何枚かが裏返り、無地だったそこに様々な模様が浮かび上がる。しばらく待ち、その現象が終わるとノアは読み取るようにそのカード全ての上に手をかざした。
「……」
「どう?どうなの?!」
わくわく、と言った表情を微塵も隠さずにヘトルが問う。他の人もとても聞きたげだ。
「……えっと、どうにゃら、この国に変化が訪れるようですにゃ。おそりゃく、国王の交代ではにゃいでしょうか?それを機に、マイ様はここを去り、私も使用人を辞めるようです」
「……」
それを聞いた一同は実に微妙な顔をした。ノアがその理由を尋ねると、
「いや、いいことなんだけどね…それだと、マイモル様が王になられるわけじゃあ、ないんだろう?彼が一番の候補だったのにねぇ。それに…」
そこまで言ってから、ナミは苦笑して黙ってしまった。気づけば、みんなそんな顔をしている。
「えっと、どうしたにょですか?」
「ふふ、みんな、ノアがいなくなっちゃうって、さみしがってるんだよ」
ハイスが説明をしてくれる。それを聞いてやっと納得した。
使用人を辞めるということはここを出るということだ。みんな、そう思ってあんな顔をしていたらしい。
「まあ、とにかく、王がマイモル様じゃなくてよかったよね!みんな、あともう少しの辛抱だよ!次の王様はいい人だといいね!じゃあ、仕事へ行こう!!」
ハイスが手をパンパンと叩き、この場を終了させた。気づけば休憩時間はとっくに終わってしまっていた。
暗い地下室を掃除しながら、ノアは最近に見た別の夢を思い出していた。
「あの場所は、どこだったんだろう」
夢の始まりの場所からすでに知らないところだった。これでは、とても行けそうにない。しかし、あれは未来の様子。必ず、ノアはあの行動を起こすことになるのだ。
「それが、恐らく今日…」
今日は満月だ。獣人にとって満月は特別なので、いつも街はお祭り騒ぎとなる。その機に乗じて、城を抜け出せば、もしかしたらたどり着けるかもしれない。
それに、今、私はタイツを履いていなかった。地下は水場があるため、濡れてもいいようにいつも脱ぐのだ。しかし、珍しく今日はこのあとの仕事がない。私の性格的には恐らく、また履こうとは思わないだろう。
ノアは静かにハイスにお願いしようと決め、どんどんと先へと掃除を進めていく。
夜目が効くノアには、このくらいの暗闇はあってもなくてもほとんど同じ。だから、それにも気づいたのかもしれない。
「……扉…」
暗い地下室の入り組んだ廊下の隅っこに、転移扉があった。いや、これはモンスター扱いを受けているから、いた、か。
ノアは手を握りしめ、一つ息を吐くとその扉の中へと入って行った。
パタン…スゥ……
ノアが入った途端、その扉が消えた。
「外に行こう」
ある、満月の日の夜、王は突然思い立ち、部屋をこっそりと抜け出した。そのまま城も抜け出し、街へ出る。満月の夜とあって警備が皆、出払ってしまっているのが幸いだった。いつもはそんなこともないと思うのだが、これが神のお導きなのかもしれない、と手の中の判を見た。これを奪われてはたまらないので悩んだ末に持ち出すことにしたのだ。
しばらくは店を見て回った。久々の街はとても輝いて見えた。国民たちは、皆、楽しそうだ。国民は王にとって掛け替えのない宝物。彼らが楽しく平和に過ごせているのを見るのが、大好きだった。
「ん?」
しばらく歩いていると、まるで自分の庭のように全てを知っているはずのこの庭に、知らない小道があるのを発見した。
「知らないなんて、なんだか悔しいわねぇ。よし、行ってみるかねぇ」
年をとってもいつまでも子供。それが獣人の大きな特徴だ。王とてその例にもれない。王はずんずんとその小道を進んで行った。
そして、気がつけば、見たこともないところに立っていたのである。
「…ここは……」
夢の開始地点。ここからの順序はきちんと覚えている。外は、まだ昼過ぎだったはずなのに、夢と同じく夜になっていた。あの扉は時間をも飛ぶと聞くが、本当らしい。
「とりあえず、行くしかにゃい」
ノアはゆっくりと歩き出した。
その道は複雑に入り組んでいる。しかし、私は迷うことなくきちんと覚えてきた道を歩く。右、右、左。真っ直ぐ行って、二つ目を右。その先にきちんとある、小さな扉を開いた。
その先は、夢と同じ場所に繋がっていたようだ。
草原。一本だけ生えた、小さな、私の身長とあまり変わらない木がある以外は何もないような、さみしい草原。雲一つない、降るような星空と妖しく光る満月がとても近い場所だった。
「ここで、何をすれば…」
意味がわからず困る。しかし、すぐにそれに気づいた。
「ここは?」
一人の女性がどこからともなくやってきた。
かなりの年に見える。しかし、とても身なりのいい人だった。優しそうな目元のシワは、もう死んでしまったお婆ちゃんを思い出させる。
「あなたは?」
誰?と言うその問いに、私は無意識で深く頭を下げ、答えた。すっかり使用人生活が身についていて、微妙な気分になる。
「宮中にお使えする、末端の使用人の1人、ノア・ルー・キャットでございます」
本当は姓まで語らなくてもよかったのだが、この女性は確実に上の身分。それ以上に、逆らえない雰囲気を持っていた。それは、触れれば壊れてしまいそうなほど、儚いものだったけれど、人々を屈させる何かがある。
「宮中?なら、私の城に?けれど、あなたのような幼子を雇う許可を出した覚えはありませんよ?」
女性は狼狽えたようにそう言う。
王だったか。ならば、平伏せねばならなかった。今からでもした方がいいだろうか?そもそも、どうして私は自分の主を把握しておかなかった、などという考えが頭の中をぐるぐると駆け巡った。
「マイモル様により雇われている…いいえ、適切な表現を持ち入りましょう。マイモル様に買われた獣人奴隷です」
どうにかこうにか猫人ならではの噛みを抑える。王相手にあの話し方は舐めているとしか思えない。幸いにも、敬語を使っている間はあの話し方になることは少なかった。
「マイモルが?獣人奴隷って…しかし、それは私が廃止したはずだ。それに、猫人の奴隷など聞いたこともない。その上、キャット家?名門じゃないか?」
混乱しているらしく、そうまくし立てられる。
「そう言われましても…我がキャット家でも、現役大臣であるマイモル様に目をつけられれば困るというものです。私は、進んで奴隷となりました」
それでも、私は救われている方だと思う。
あまり容姿に恵まれていなかったおかげで、マイに虐められているだけなのだから。普通、女性奴隷の扱いはこんなものではないだろう。
両親に迷惑をかけたくなかったから奴隷に成り下がり、マイにペコペコする日々だが、それを心底嫌だと思ったことはない。おかげで色々とできるようになったのだし、とても良い同僚たちに出逢えたのだ。
どうせ、家にいたって政略結婚の道具にされて終わりなのだから、これも一つの人生だと思った。
「頭を上げなさい?」
女性が近づいてきて、私の肩を掴んで持ち上げる。とても弱々しい力。どうしてここまで歩けて来れたのかが不思議だった。王はもう、一人で立つことも困難だと聞いていたから。
「あなたは、どうしてここに来たの?」
「……」
正直、私は迷っていた。
予知夢のことはそんなにペラペラ言い触らしたいものじゃないからだ。しかし、王に嘘をつくのにも抵抗があった。
「…夢で見たんです……私は、ここに来る義務があった…んだと思うんです…」
結局、私は答えていた。そもそも、信じる人も少ない能力だ。問題ない…そう思っていた。
「…じゃあ……あなたが…?」
王が、目を見開いているのに気づくまでは。
王は、ゴソゴソと服を探って金色に光る判を取り出してきた。そして、それを私に渡して来る。
「あなたが、神子ね?ずっと、ずっと、探していた…私が王になった時から決まっていたことなのよ。私は、夢見るものに王座を渡すと」
「…神子?そんなのは…知らにゃいけれど…」
戸惑いつつも、判を受け取った。見ると、私が占いをする時に頼りにしている、猫神様だった。
「猫神様の御加護ね…受け取って欲しい。私は、もう…」
王は判を渡すなり見る見る弱って行った。今まで気力で生きていたのだろう。それとも、御加護だろうか?
「…本当に、私にゃんかに王座を渡していいんですか?」
倒れて行く王に手を貸してあげ、木の下に寝かせてあげる。息も絶え絶えになって来ていた。本当に、危ない状態かもしれない。
「…もちろん…神様の御加護だ…けじゃなく…私にも見る目…くらいはありますから…あなたは…立派な…王になれます…」
「……」
「この国を…民を、よろしくね…」
優しく、柔和に微笑む彼女に、私は自然と微笑み返していた。
「…はい。任されました…」
月夜が徐々に深くなって行き、月光が私と王だけを煌々と照らしていた。
「っ!貴様っ!王に何をした!?王から離れろ!」
王を背負って城へ戻ると門番に槍を向けられた。私は返答をしながら槍に魔力を飛ばし、それの操作権限を奪う。
「王様は崩御なされました。離れろと仰るのなら、御遺体を受け取って頂きたく思います」
というか、普通に受け取ってください。いくらやせ細った兎人の身体でも私にはとても重い。
「貴様!王をっ!」
「違います。早く」
槍を向けて応援を呼び出した門番にそう言って近づいていく。すでにその槍の穂先は闇属性魔力でコーティングしているので問題なかった。
「では、王をお願いしますよ?では、玉座に向かいましょう。王様を安置するためと、執事の方に会うために」
「はぁ?お前…王様を玉座に連れて行くのは賛成だが、お前などを王付きの執事に会わせる必要性がどこにある?」
「はぁ…関係ありますか?あなたに?……引き継ぎです。王様はお亡くなりになっているので、その方にさせて頂きたく思うのです」
「はぁ?引き継ぎ?何言って…」
「別に、私は構わないのですが、言葉に気をつけて頂けると助かります。私は、次王に選ばれましたので」
「…は?」
「つまり、王様亡き今、私が王となります」
「むぅ、飽きたー!公務に飽きたー!」
「真面目にやってください、王様。今は朝を整える大事な時期なのですよ?」
「無理だよぅ。私には人の一生なんて決められにゃい…」
「…猫人である以上、仕方のないことなのかもしれませんが、にゃは極力使わないように致しましょうね?」
「…アイルだって、ときどき使うじゃにゃい」
即位から一月程が経った。
無事に前王の葬儀も終え、今は前王の筆頭執事から引き継ぎ教育を受けつつ、自分の執事と共に朝のメンバーを整えているところだ。
私の執事。アイル・ラー・キャット。
私の幼馴染のお姉ちゃん。だけど、私よりも幼い感じのする、親友。
前王の執事たちの見習いで、現在14歳だ。私と同じく、マイによってこの城に連れて来られたらしい。なんでも、私が奴隷に下がるのに反対したらそうなってしまったのだとか。
お互い、今はキャット家に戻ることもできるのだけれど、仕事にかまけて帰っていない。アイルは帰りたかったのかもしれないけれど、私がアイルを筆頭執事に任命したのだからしょうがないと割り切って欲しい。
「…では、マイモル様…いえ、マイモルは罪人として国外追放ということでよろしいですね?」
「うん。マイも一緒によろしくね。あの一家は、全部。…悪いとは、思っているんだよ、これでもね。だけど、やり過ぎたと思うんだ」
私は、恨んでいないけれど。
使用人たちからの人気がなさ過ぎるのだ。
だから、罰することにした。
「畏まりました。国王表明の儀までに」
「うん、よろしくね…あ、そう言えば、野良猫が迷い込んできたってハイスに聞いたにゃ。その子、私が貰う」
「…?え?国王がですか?」
アイルは眉を潜めて嫌そうな顔をした。私は苦笑して返す。
「だって、その子、黒猫にゃろ?欲しいにゃ」
「…けど、公務をサボりすぎちゃ、ダメだよ?ノアちゃん」
「うん。わかってるにゃよ、アイル」
「…どういうことですかっ!説明してくださいっ!!」
机を力一杯に叩いて目を血走らせ、私を睨むマイモル。それを私は最大限冷ややかな目で見て言った。
「だから、何度も言っているにゃ。あにゃたの下には誰も本当の意味ではついて来にゃい。少々、勝手が過ぎました。あにゃたは私の朝には不要にゃのです。そして、あにゃたの法律ギリギリの行いに対するクレームが私の元に集まっています。前王が床に伏せられてからの、たった数年の間に、よくもこれだけ国の信用を落とせたものですね?」
「…くっ!小娘が…っ!」
マイモルがギリギリと歯噛みする。しかし、彼を弁護しようとする者はいなかった。ここで弁護すれば自分もクビになると重々承知しているのだ。
「口を慎まれてはどうですか、マイモルさん。あにゃたは直接犯罪を犯した訳ではにゃいので、法で裁くことは致しません」
「……」
私がそう言った途端、マイモルがニヤリと笑い、私を嘲る表情をした。
まだまだあまい小娘だとでも思っているんだろう。私は椅子の背もたれにもたれかかりながら、アイルの方に視線を飛ばし、一枚の紙を受け取る。
「マイモル、代わりに、王権を発動させてもらった。罪名は、私をはじめ多くの少年少女の人生を弄んだこと。罰は国外追放だ。もし、この国で貴様を見かけた時は、速攻で軍が処刑に入る。異論はないな?」
言いながら、マイモルに向けてその紙を投げた。マイモルは難なく受け取る。
そして、顔を青くした。
「っ!?し、処刑?!そんなことが許させるわけーー」
「いいか、よく覚えておけ。私は前王のように甘々ではやらない。前王は任期中、一人の処刑者も出さなかったが、私は必要だと思えばするぞ。なんなら、自分で手を下しても構わない」
「…っ!」
「マイモル、娘に言われたから、周りが反対しないから、そんな理由で、調子に乗りすぎたな」
「……」
「皆も、気をつけろ」
「……」
「…以上だ」
こうして、私の初めての朝が終了した。
「疲れたぁ!」
「お疲れ様です、ノアちゃん」
「ううっ!本当に疲れるんだよ?あのキャラ!もうやんないからね!」
そう言うと、アイルはくすくすと楽し気に笑い出した。
「…にゃ、何笑ってるの?」
「ふふ、ノアちゃんは王様だけど、まだまだ可愛い子供だなって」
「……っ!」
アイルの言葉に顔が赤くなる。それを見てアイルはさらに笑い出した。
「子供の王朝とは、先が思いやられます」
「…むぅ…アイルだって子供じゃにゃい」
「そうですね、2人とも、学校を卒業することは叶いませんでしたね」
「……」
「…後悔していらっしゃるんですか?」
「……何を?」
「マイモルの刑を軽くしたこと。そのまま処刑でも、構わなかったと私は思いますが」
「…ハイスたちも、そう言うわ。だけど、やっぱり、命は大切」
「…あんなことを言っておいて…みんな、気づいてると思いますよ。処刑はするが、一度はチャンスを与えて、それをしなくていいようにって、あなたが願ってるって」
「……」
「にゃあ〜」
「…ノト、おいでー!」
私はアイルに何も言えなくて、最近飼い始めた黒猫のノトとじゃれあって遊んだ。
「ノーア!」
「! ヘトル!お久しぶりです!」
廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。振り返るとヘトルがとても嬉しそうな顔をして走ってきているところだった。
「ノアノア!王に就任!おめでとう!でもって、またまた夢、当たったね!!」
「…夢、ですか…」
楽し気にはしゃぐヘトルの台詞に私は顔を暗くする。王に就任してから、私は夢を見ていない。それがとても不安で、恐ろしかった。
あれは、消えたのではないだろうか?私が無事に就任できたから。
今まで守ってくれていたものがなくなってしまったようで不安が私を包む。
「? ノア?どうしたっで!い、痛い〜!」
ヘトルが私の顔を覗き込もうとしたとき、隣から腕が伸びてきてヘトルの頭を思いっきり叩いた。ヘトルは涙目になって頭を抱え、蹲る。
「…ナミおばさん」
「ノア様、御就任、おめでとうございます。どうか、ヘトルの無礼をお許しください!」
みると、ナミが深々と私に向かって頭を下げているところだった。私は慌てて頭を上げさせる。
「や、やめてください!ヘトルのように、今まで通り接してくれて構いません!ハイスもそういていますし…」
「…そうかい?じゃあ、そうするよ」
私のことをよくわかってくれているナミは私が敬われるのを好んでいないことをわかってか、簡単に引き下がってくれた。アイルも、元使用人だからと許してくれている。
「ところで、夢がまた当たったって、何の夢の話です?」
私が問うと、ずっと恨めしそうにナミを睨んでいたヘトルがパアッと顔を明るくして話し始めた。
「マイがすっごい悔しそうな顔をしながらついさっき、去って行ったんだよ!覚えておきなさいよ、ノア!なんて言ってた!あはは、超ウケるよね!!」
「…ヘトル、そう笑ってやるものじゃありませんよ?」
私は呆れながら言ったそれでもヘトルは楽しそうに笑続ける。
本当に嫌いだったんだなぁ、と私は他人事のように思っていた。
「…と、言うわけです。どうなさいますか?」
「そうだにゃあ…んー、じゃあ、そこに四、五人送ってみよう?それで、しばらくは様子見にゃ」
「了解しました。それでは、人選を…」
何時ものようにアイルと公務に励む。けど、膝の上のノトの体温が気持ち良くて正直眠い。はっきり言って、誰に行かせてもいいよ。
「ノト、誰がいいかにゃあ」
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ!」
「ん、じゃあ、彼らで」
「……ものすごく適当ですね?」
アイルに半目で睨まれる。仕方がないのでまともに人選することに。
「……あれ?けど、ノトの人選、中々正しいんじゃにゃい?本当に、これでいくにゃ」
「……あ、本当ですね?それでは、これで行きましょう。では、次の件ですが…」
「まだあるにゃ…?」
その日、夜が深くなるまで私とアイルは仕事を続けていた。
深夜、自分の寝室で私は猫人的伸びをする。
「んー、にゃーあ!つっかれたにゃん。ノト〜明日も早いから寝るにゃよ?」
「にゃ…うー!ぅー!」
「…?ノト?」
後から振り返って見れば、この日、私は猫人としての異常な察知能力すら、失っていたらしい。
そして、それは来た。私の気付かぬ間に。
バンッ!
「…っ!?」
ドサッ!
一瞬の出来事。いきなり部屋のドアが開いて男が物凄い勢いで突進してきた。剣を高く上げ、私に切りかかってきたのを、
ノトが身代わりになって、斬られた。
ノトの小さな身体に剣が深々と食い込み、鮮血を流す。男は剣を瞬時に離したようで、剣とノトが床に音を立てて落ちた。
「…ちっ!」
男はすぐさま新たな武器を空間魔法から取り出し、私に攻撃をしかける。
「…っ!闇無限牢っ!」
今回は私もすぐに反撃に出て、その攻撃を無効化しつつ、男を拘束した。
この魔法は私のオリジナルで無数の黒い紐が攻撃を食い、力に変えてその攻撃を繰り出した者に巻きつくというものだ。
「ノア様!ご無事ですか!?」
そのとき、今更になって城の者がやってくる。しかし、その中にアイルはいなかった。それによって、私は大体の事情を察する。
「出て行けっ!入ってきたら即処刑だ!」
「っ!?」
私の声に来たものは狼狽える。私はそれを視界の端に入れつつ、ノトの状態を見た。
「…っ……ノト…」
ノトは微かながら息があった。しかし、今にも死んでしまいそうだ。どくどくと流れる血が、こんな小さな身体にそんなに入っていたのかと思うくらいの量になっている。
そのとき、なぜか私の手の中に猫神の判があった。
「…?」
私は持っていた覚えはない。しかし、それは私のまだ小さな手の中に入っていた。
そして、その目の宝石を少し触るとーー
コロン…
ーーいとも簡単にそれが外れてしまった。
そして、同時に厳かな声が聞こえた…気がする。
「……」
私は、何かに取り憑かれたように、無意識のうちにノトにそれを飲ませる。
『…あー、あ。死に損なっちゃったよ』
「…?」
『ようやく、マトモな王を持てたか』
ノトはどんどんと巨大化して行く。やがて、座り込む私と同じ高さの視線にまで大きくなるとその現象は収まった。
『なあ、ノア。オレの復活を祈ったんだろ?』
「う、うん」
『それは、叶えてやった。今度はお前が俺の願いを叶えろ』
「…?にゃに?」
『死ぬな』
「……」
『永久にだ』
「…わかった」
私はそんなことは不可能だとわかった上で、
その願いを聞き入れた。
『そうか。なら、呪いを受け入れろ』
「…呪い?」
私は、ノトが生きているのならなんでもいい、と言った心境だった。それに、少し時間もない。
「わかった。呪いでもにゃんでも受け入れるにゃ」
『ふっ!いい主だな』
そう言うとノトは満足気に頷いて、
『じゃあ、ゴミ掃除をしてお前の大事な執事を助けに行くぞ』
「うんっ!」
私とノトは仲良く裏切り者たちを処刑した。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
アイルがぺこりと頭を下げる。私はノトを撫でながら笑って手を振った。
「気にしにゃいで。無事に裏切り者を全員消せたんだから、儲け物よ」
先日の騒動はマイモルの息がかかった者たちによる暗殺行為だったようだ。
結果的には、マイモル本人を含め、全滅するということになっているが。
「…しかし…ノアちゃんは、死ねなくなってしまった…」
「それこそ、気にしなくていいのよ?」
私はあの後が自分で自分を調べた。その結果、あれが不死ののろいであることに気がついたのだ。
なんでも、この国の守護神、バステトが気に入る人物が回ってくるまでは交代制をとっていたようだ。
しかし、これからこの国には王は私しかいない。
永久に。
まあ、殺されないうちは。
「国王表明の儀がございますが、何をお話になりますか?」
国王表明の儀とは、今後、この国をどのように呼び、どのように公務を行って行くのかを国民に向けて語る儀式のことだ。
アイルは何度か先ほどのやりとりを繰り返すと納得したようで、公務に戻ってくれた。
「ああ、それはねーー」
「国王ににゃった、ノア・ルー・キャットです。これから、この国は猫国と名乗ることとしました。
私は、楽しい国家を作ろうと思っています。
どんな人でも、辛いことの一つや二つ、あるのだと思います。私も、語れば辛かっただろうと思われるような生活でした。
だけど、どんな状況でも、きっと楽しくて、幸せなことがあるはずなんです。
だから、私はどんなことでも楽しんで見せる。公務もそうして、やって行こうと思います。
だから、皆さんにもそうして欲しい。
楽しいことで満ち溢れた人生を送って欲しいのです。
私は、皆さんが自然にそうできる国家を作って見せます。例え、何年かかろうとも。
皆さんの意見はなるべく取り入れます。だけど、この決意だけは変えません」
私は黒猫を見て、そう言った。
黒猫ーーノトはどうでも良さげに、しかし、私の表明が満足行ったものだったのかのように、どこか誇らしげに国民を見下ろす。
「…これで、表明を終えるっ!」
こうして、猫国は建国され、最年少の王、ノア・ルー・キャットが即位したのだった。
二作目おしまい!
では、三つ目をどうぞ!




